【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《012》


   12


 第三工業フロートはその名の通り、海に浮かぶ巨大なメガフロートである。

 よって、蘇芳カナメがレッドテリトリーのどこに身を潜めようが、押さえるべき場所を押さえておけば出入りは監視できる。一つは陸路。半島金融街といくつかの島を結ぶ環状橋の上下線の出入り口については顔認識に対応したカメラと爆弾を連動させ、標的が近づいたタイミングで起爆するように調整しておけば良い。Mスコープの腕なら認識ミスによる誤爆はありえない。

 問題は、二つ目の海路。

 表向き放棄された元空港に港湾施設はない……という事になっているが、実際には食パンの耳のようなメガフロート外周に、出処の怪しいヨットやモーターボートはいくつも係留してあった。

 ここを使われると面倒だ。

 面倒ならどうすれば良いかは明白であった。

「ひっ、ひいい!!」

 派手なビキニのボトムに分厚い胴衣の組み合わせ。ただし前を開けて胸の谷間を全部さらしているのは海難事故用の救命胴衣ではなく、分厚い防弾ジャケットだろう。

 情けない女の悲鳴を覆い隠すように、派手な爆発が立て続けに連発した。軽機関銃を使った、舐めるような一直線の掃射。ザウルスと組んでいる人狼型のマギステルス、シャルロットが腰だめに連射しているのだ。不自然に係留してあったモーターボートが一つ一つ丁寧に吹き飛ばされていく。海鳥がぎゃあぎゃあ騒いで慌てて飛び立っていった。

「シャルロット、待て。おあずけ」

 ザウルスが適当に呟くと、最後の一隻の手前で掃射が止まる。

 中途半端で終わるのでは人狼少女も欲求不満なようで、低い唸りを出している。

「うー……」

「分かった分かった。ほらご褒美だ、拾ってこい!!」

 苦笑したザウルスはバットの釘のない面を使ってあらぬ方向へボールを打ち出した。快音のノックと共に、きゃんきゃん歓喜の声を上げながらシャルロットがメガフロートの上を走り出していく。

 遊びのようだが、実際にそれで敵対チームが壊滅している。

 着物の雪女が、岸からそっとロケット砲を構えていた。

 その女もまた、愛用の水中銃なんかとっくの昔に取り落としていた。残された船の上で、女は両手を前に突き出して、青い顔をしながら必死に叫ぶ。あの威力なら一発でモーターボートごと粉々だ。

「すとっぷ、ストップだ!! あたし達が何したってんだ!?」

「ザウルス」

 Mスコープがぼそりと呟くと、くるんと回した釘バットを肩で担いだ一本三つ編みの少女は軽く辺りを見回して、

「……これ以上増援が来るって感じでもなさそうだ。この辺で打ち止めかね」

 どっちみち、フラック00の根城では蘇芳カナメを取り逃がした。退路を封じるのと並行して、ヤツが狙うであろうモバイルを先回りして確保しておく必要がある。

 と、そんな事情を全く知らない女は恐る恐る両手を上げたまま、

「あ、あたし達はスラムの人間だよ……。あちこちに落ちてるプルタブやペットボトルのキャップをかき集めて、船で運んで外の資材屋に売り飛ばしているだけだ!! こんなトコ襲って何になる? お宅らが用意した爆弾の方がはるかに値が張るでしょうよッ!!」

 そもそも金目当てではない二人には、知った事ではなかった。

 が、

「ガラクタのリサイクルビジネス、ですか……」

「え、ええ!!」

 退屈そうにロケット砲を保持している雪女の方をチラチラ見ながら女はすっかり裏返った声で応じる。

 着物の少女のすぐ隣、メガフロートの縁で屈み込み、落ちていたペットボトルのキャップを指先で摘まんでいたMスコープは視線も上げずに口を開く。

 細かい所が気になるのか、キャップについた値札のラベルや製造年月日や工場を示す印字を指先でなぞりながら、

「……その割には、密輸用とはいえ随分豪華なモーターボートを使っていますね。そもそも自転車やスティックボードしか見当たらないレッドテリトリーではエンジンの存在自体が珍しい。まして、今沈めていった一隻一隻で、小さな一軒家くらいなら手に入ったでしょうに」

「っ!?」

 びくりと女は体を震わせて、

「アンタ達……まさか、『仕組み』を知ってて吹っかけてきたの?」

「……、」

「待てよ、待って!! 分かっていたら交渉してたっ。ねっねえ!! だったら話は早い、分け前の二割までならくれてやっても良いから見逃し……ッ!?」

「あれえ? フラック00とかって野郎は三割までって言ってたっけか」

 吐き捨てるようなザウルスの言葉に、女は口をぱくぱくと開閉させた。

 もう言葉は出ない。

 値段交渉での設定ミス、それはマネー(ゲーム)マスターでは致命的だ。特に自分の命を買い戻す時には。


「即答でぶっ殺したけどな」


 ぶずずぶずっ!! という釘打ち機の圧縮空気の音と共に、両足に鉄釘を刺された女がモーターボートから海に落ちた。ただでさえあの防弾ジャケットは重たそうだし、足の怪我と合わせて泳ぐ事ができなければあのままフォールだろう。なまじ即死できなかった分だけ苦しい終わりが待っているかもしれない。

 戦利品なのか、雪女は団扇のようなものを握ってご満悦だった。正確には卓上扇風機とミストシャワーを組み合わせた個人冷却器だ。Mスコープはディーラー本人を無視して勝手に財産を増やすマギステルスを見てそっと息を吐きながら、

「ディーラー・シビレエイを撃破。語源は魚雷でしたっけ?」

「フラック00は高射砲の水平射撃だろ。じゃあラスイチの幹部は空軍関係かもな」

 ザウルスはシャルロットが拾ってきたボールを軽く真上に上げると、バットの釘を打っていない面で鋭く打ち込む。やはり、快音のノックだった。船のデッキに残っていたスマホが砕け、大きく跳ね上がった残骸が海へ落ちていく。海に落ちたボールまで拾いに行こうとした人狼少女の首根っこは押さえておく。

 ラスイチ。

 これで再戦のお膳立ては整った。

「車は目立つって話で始めてみたけど、自転車ってのも悪くないな」

「そうですか……。ぼくは結構普通に息が上がるんですけど」

「頑張れ男の子☆」

「な、何でさっきから、ザウルスは当たり前って顔して後ろの荷台に乗っているんですか」

「私は射手なんだから仕方がないだろ。お前トラップ専門で射撃は下手くそだし」

 ちなみにもう一台では人狼の後ろに雪女がちょこんとお行儀良く横座りしていた。無人と無人の組み合わせ。こう、電動アシスト的な意味で決定的に配分が間違っている。

「ど、どうしてこんな事に……」

「ふんふふん。まあ良いじゃん、アンタにとっても幸せな話かもしれないんだし」

「?」

 おんぼろ自転車を漕ぐのに必死なMスコープは気づいていないようだ。一人の女の子であるザウルスがバランスを保つため、後ろからぎゅむとしがみついている事の意味に。

 しかしおかしい。少年の背中の感触はなかった。

 ザウルスの胸がぎゅっと押し当てられているのは膨らみ切ったリュックであった。口を小さな三角にする一本三つ編み少女は、そこでリュックの上に乗っている変な人形と目が合う。

「……、」

「待ってください後ろで何してるんですザウルス? あっああ! ぶちぶち音が鳴っていますけどまさかぼくのコレクションに手を出してはいませんよね? ねっ!?」

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