【Second Season】第六章 伝説と呼ばれた少年達 BGM#06”Dead Shot”.《007》



 刺し違えてでも殺す。


 この怪物を、ミドリやツェリカの前にだけは立たせない。


 そんな選択肢すらカナメの頭に浮かんだ時だった。


「……?」


 しかし実際には、いつまで経っても鉛弾が肉を引き裂いて骨を砕く衝撃はやってこなかった。


 片膝をついたまま短距離狙撃銃を構えるカナメの、さらに前。


 いきなり飛び込んできた影が一つあった。


 オールバックにした長い黒髪に、理知的なメガネを掛けた女性。


 その耳に引っ掛けたイヤホンから、こんな音声が洩れていた。


『今だ、やってくれ』




 ギンッ!! ガキキキキッキキキキキキキキキキキキキキキキキキキン!!!??? と。




 ただの銃声にしてはおかしな、妙に甲高い音が混じっていた。


 まるで刀と刀をぶつけ合うような。


 それもそのはず。


 突然割って入った白いブラウスに黒のタイトスカートの女性は、そのアサルトライフルの連射でもって真正面から飛んできた鉛弾を一発残らず正確に撃ち落としていたからだ。フルオート時のブレすら照準補正に利用されるのか、あるいは回転する弾丸の軸をずらして弾道を曲げるのか。何にしてもまともな銃ではない。繊細な金細工のカチューシャもモバイルグラスも、黒系のパンストさえも伝線一つ許さない。


 背中側のベルトから銃器を外して振り回しているのは、スナイパー時代からの癖か。


「り、」


 息を呑んだ。


 彼女はこの手で撃ってフォールさせたはずだったのに。


「リリィキスカ!?」


 くすりと笑う吐息があった。


 まるで、自分の名前を覚えてくれていた事そのものに喜ぶように。


 死人の復活もまた、ゲームならではの醍醐味なのか。


「『遺産』か」


 ブラッディダンサーは鼻で笑っていた。


 そんなものよりウェアラブルスピーカーから響くハードロックの方が価値があるとでも言わんばかりに、


「つまらねえ。道具さえありゃ誰でもできるパラメータ頼みのテクじゃねえか」


「余裕ぶっている場合? 私の『#飛燕.err』はあなたの弾丸を片っ端から撃ち落とすわよ。当然、狙いをあなた自身の眉間に移してやっても構わない」


「はん。だが万能って訳でもねえんだろ? そうでなけりゃ真正面に立つ理由なんかねえ。細かい使用条件までは知らんし興味もない。『正面』にさえ気を配ればそれで良いんだ」


 ばばんっ!! と。


 乾いた銃声を炸裂させたブラッディダンサーだったが、彼の拳銃は真上に向けられていた。運動会の号砲のようだったが、違う。


 あらゆる弾丸を撃ち落とすはずだった、リリィキスカ。


 その肩から赤い血が噴き出している。


「ぐっ!?」


「跳弾。真正面がダメなら、よその角度から襲い掛かりゃ問題ねえ。その調子だと、照準を覗いた時の範囲内で標的を自動識別して勝手に撃ち落とすって感じだったのかね。直感のゴリ押しでクリアしちまった後に攻略法の検証なんかしたって意味ねえが」


 とっさにカナメがメガネの少女を真横へ押し倒した。


 そうでなければリリィキスカは次の一撃でへその上、体の重心に近いため最も避けるのが難しい臓器である胃袋を貫かれていたかもしれない。


「馬鹿なヤツ」


 鼻で笑うような言葉があった。


「どこまで行ってもマネー(ゲーム)マスターは殺しのゲームだ。ディーラーを守りたけりゃ、盾になって庇うより真っ先に俺を殺すべきだったぜ、カナメ」


 しかし、だ。


 代わりに撃たれた割には、カナメはまだフォールしない。


 さてブラッディダンサーは死臭のない理由に気づいたか。うずくまった彼が膝を立て、太股に巻いたモバイルポーチとスマートフォンを使って弾丸を抑え込んでいたという事実を。


 ブラッディダンサーの二丁拳銃は、銃本体は九ミリの高速連射、足りない威力についてはグレネードで補強する構造だ。一発だけなら、防弾ジャケットごと胴体を吹っ飛ばすようなマグナム系とは違う。


 ヤツが舌打ちする。


「チッ!!」


 金属のツメを弾くような音が響いたのはその時だった。


 丸めた自分の体で銃本体を隠し、腋から通す格好で消音器と一体化した銃口を正確に向けながら、カナメはそっと囁いた。


 撃ち合いにおいては最強格のディーラー、ブラッディダンサー。


 無音で空気を裂いた四五口径の弾丸が、正面からこめかみの肉を削りにかかる。


「もう少し横、だろ?」


「ははっ……!!」


「段々修正できてきた、次は目玉かな」


 激昂しているのか、あるいは笑っているのか。ブラッディダンサーは傷口に掌すら当てなかった。傷の痛みよりも、闘争本能が勝っている。恐怖など元々一ミリも感じていない。ヤツは二丁拳銃を向け直し、揉みくちゃになったままカナメとリリィキスカは共に自らの銃口を強敵へ突き付けていく。


 互いの射線が交差する。


 あれだけの猛獣なら、遮蔽物などなくとも左右に飛び回るだけでカナメ達の連射を避けてしまうかもしれない。だけどここまできて、何もしないでただやられるなんて選択肢はない。


 諦めない者だけが、この冷酷なゲームで自分の居場所を作れる。


 ほとんど止まった時間の中で、ブラッディダンサーの咆哮が場を支配した。


「楽しいぜえカナメ! その調子でお荷物女をグレネードの爆発からも守ってみせろや!!」


?」


 絶望の中、おかしな声があった。


 冥鬼は最初からしゃべらない。同じマギステルスのシンディは撃たれて固まっている。リリィキスカはあんな男言葉は使わないし、ブラッディダンサーでもない。そして当然カナメでもなかった。


 なら、誰が?


 答えは南米ギャング風の薄手のスーツを纏った男の、さらに背後にあった。




「訂正でもしたらどうだい? おかげで僕の存在には気づけなかったんだから」




 ごちり、と。


 冷たい金属音があった。最強の怪物、その背中から。


「……リリィキスカ君はイイ女だろう? だからこうして、僕みたいなカスタムマニアが一発お見舞いするチャンスをいただけた」


「たか……」


 だけど、だ。カナメはその偉業よりも前に、まず耳にした声色に目を見開いていた。二つの銃と二つの砲を自在に操る怪物が霞んで見えるほどの、存在感。


「……マ、サ……?」


「クリミナルAOだよ、カナメ。そして今までよくぞあのおてんばを守ってくれた。やっぱり君は、僕の英雄だ」


「『#幽寂.err』だあ?」


 一方だ。


 ブラッディダンサーは機嫌の悪くなった肉食獣にも似た唸りを発していた。


 ヤツはAIどもに協力して『遺産』やその『リスト』を回収して売り渡していた側だ。当然、名前や形、そして効果についても並のディーラーよりは詳しいのだろう。


 射程は五メートル、弾は二発しか入らないが、代わりに銃口で直接狙った人間以外の全員の認識から逃れてしまう、くらいは。


「こそこそ逃げ回るだけの『遺産』で……ッ、この俺を殺せるとでも思ってんのかあ!?」


 咆哮と共に、爆発したようにブラッディダンサーが回った。


 拳銃本体よりも巨大なグレネードの砲身でもって襲撃者の手首を打ち、二発しか入らないカードサイズの懐中拳銃を叩き落とす。そこで終わりではない。ブラッディダンサーは二本の腕で二つの銃と二つの砲を同時に操る怪物。逆の手で掴んだ拳銃でもって額の真ん中を照準しようとする。


「ああ」


 だけど。


 ブラッディダンサーの背後を取ったもう一つのモンスターは、笑みすら浮かべて告げたのだ。




「だから、『#幽寂.err』に頼らない」




「なっ!?」


 やはり、逆の手。


 そちらには極限まで簡略化された、T字のサブマシンガンが握られていた。


 カナメの予測では、おそらく『遺産』の効果は同時に重ね掛けできない。だけど一方で、片方を見せびらかしながらもう片方の恩恵を受ける、といったアクションは取れるはず。


 つまり最初から、自力で接近していたのだ。


 多くの『遺産』を持ち、同時に『遺産』について詳しい獲物にしか通用しないフェイント。


 対ブラッディダンサー、専用。


 だだんっ!! と。


 真正面から怪物の脇腹を撃ち抜いたにも拘わらず、実際に鋭い破裂音が響いたのはブラッディダンサーの背中側だった。


 首回りに装着したウェアラブルスピーカーからあれだけ撒き散らされていた音楽が、途切れる。


 二丁拳銃の怪物が、呟く。


「『#導火.err』……?」


「配管、燃料タンク、車、ストーブ、ガスボンベ、銃弾、手榴弾まで。引火する物質なら一発で確実に爆発させる。爆破アクションは撃ち合いゲームのロマンだろう?」


「……対艦用の……『遺産』」


「『魔法』だよ怪物。タンクローリーやコンビナートの丸いガスホルダーなんかの保護機構があってもお構いなし。当てられる距離まで近づければ、戦車の燃料タンクでも戦艦の甲板にある魚雷発射管やミサイル発射管でも容赦なく吹き飛ばす『魔法』だね。……とはいえ爆発規模を考えると、一緒に巻き込まれるリスクも高いんだけどさ」


 この場合はウェアラブルスピーカーと繋がっている、スマートフォンのバッテリー。


 脇腹を貫いた弾丸が、さらに追い討ちで背中の電子製品を破裂させたのだ。


「お……っぶっ……」


 無敗の象徴たるあのブラッディダンサーに、風穴を空けた英雄。


『遺産』を手に取った、炎と爆破の支配者は宣告する。


「……腹に、背中。これで僕とカナメの分は終わった。このまま連射で僕が殺してやっても構わない。だけど今回は特別に、よそに譲ろう。君を殺したい人は僕だけでもないはずだから」


「チッ!!」


 舌打ちし、ブラッディダンサーは振り抜いた右の拳銃をタカマサに向けたまま、左の拳銃をよそに振った。二つの拳銃に二つのグレネード。カナメ、タカマサ、リリィキスカ、冥鬼。その足で踏みつけているダウン状態のシンディも含め、ヤツならその全員を一人で始末できたかもしれない。


 しかし。


 しかし。


 しかし、だ。




 最後の一撃は、壁をぶち抜いてやってきた。


 怪物ショットガン『#豪雨.err』を構えたマギステルスのツェリカからだ。




 片腕で霹靂ミドリの肩を借りて。


 たとえもう片方の腕だけでも、無理矢理にリボルビング式の巨大なショットガンを構えて。一発撃ったその反動で真後ろに仰け反りながらも。


 それでも解き放った、壁を丸ごと突き崩すほどの一撃。都合二〇〇〇発もの鉛の散弾が、横殴りの雨のように襲いかかる。


「ごっ」


 どんなに孤独な王様でも。


 マネー(ゲーム)マスターを銃撃戦だけで圧倒する戦闘狂でも。


 かつて伝説的なチーム・コールドゲームを引き裂いた圧倒的な腕を持っていても。


 ここで飽和していた。


 新たなマギステルスの登場には、対応しきれなかったのだ。


「ぶごふあっ!! あぶっふ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 男が浸っていた世界が壊れる。


 先ほどのバッテリーに続いて、首の後ろに装着していたウェアラブルスピーカーが砕けて飛び散ったのだ。


 絶叫と共に宙を舞い、『遺産』を収めたガラスケースへまともに飛び込んでいく。その場に座り込む事もできず、ギザギザになったガラスに立ったまま縫い留められているようだった。全部真っ赤になっていた。薄手のスーツは元の色が分からなくなるほど汚れている。


 無音の世界で、だ。


「……君のマギステルスはどうした、ブラッディダンサー」


 ぽつりとこぼすようにタカマサが言った。


 全部分かった上で。


「アヤメちゃんから奪ったシンディじゃない。君が元々契約していたウンディーネだよ。一体どこへやった?」


「だから、言ってんだろ……」


 息も絶え絶えに、口から血の塊を吐きながら。


 それでもブラッディダンサーは笑っていた。


「AI社会とか世界の危機とか、ほんとにどうでも良い。俺はただ、目一杯このマネー(ゲーム)マスターを楽しみたかった。それだけだったんだ」


「……、」


「人間だのマギステルスだの、どうでも良かった。だけど『真実』ってのが見えた時に、俺達は決裂しちまった。マギステルスってのは撃ち殺してもダウン……一時間くらい固まるだけだろ。縛っても殺しても止められねえ。ああ、そうだよ。ああ、だから」


?」


 息を呑む音があった。


 カナメでもミドリでもない。マギステルスのツェリカのものだ。


 ブラッディダンサーは小さく笑って、


「……半島北部の郊外だ。合成樹脂で蓋をした」


「鉄塔の下?」


「チッ。行った事あるのかよ……」


 それが男の決意だった。


 人間とマギステルスが争う事になれば、どうしたって暴力の出番になる。そして最強のディーラーは、何をどうしたって勝って『しまう』。


 ブラッディダンサーは、単純な銃撃戦だけを考えれば自他共に認める最強のディーラーだ。


 いったん戦いが始まってしまえば、どんな相手でも必ず撃ち殺す。


 それが他に替えの利かない大切なパートナーであっても。


 勝ちを譲る、という選択肢を選べない。


 目に入れても痛くないほど可愛がってきたマギステルスから額に銃口を押し付けられたとして、そこから体が勝手に動く。ほっそりとした人差し指が引き金を引くより一〇倍速く、その銃を押さえ付けて目玉や喉の奥にでも指先を打ち込んでしまう。


 どうしても。


 どうしてもどうしてもどうしても、最強のディーラーは己の敗北を認められない。少しずつ、少しずつ、この手で壊されていく相棒を眺めるくらいしかできなかった。


 一方で、だ。


 殺せばダウン。マギステルスは最大一時間で復活する。


 分かっていても、割り切って、この手でトドメを刺してしまう事だけはできなかった。


 生かすに生かせず、殺すに殺せず。


 勝ちも負けも決めたくない、唯一の相手だったのだ。


 だから。


 もう傷つけなくても済む方法を選択した。矛盾している。先延ばししている。生き埋めにされたマギステルスが無事なはずがない。これは守る事になっていない、それでも。おそらくは他の誰にも理解のされない、しかし誰よりもこのゲームを愛していた男なりのやり方を。


 あの女は、殺すのも殺されるのも許さない。


 たとえ狂ってでも、恨まれてでも、それ以外の選択肢を掴みたかった。


 世界でたった一人だけ。


 その男が契約した、ウンディーネのために。


「人類の未来なんかどうでも良い」


「……、」


「もう一度、彼女と共に歩けるのなら。人間が勝ってもAIが勝っても、俺はただ、あいつと目一杯ゲームを遊べりゃそれで良かった……。だからさっさと、最短で世界のケリをつけて、対立状態を解除しちまいたかったんだがな」


 彼はぐるりと辺りを見回した。


 お互い体の中まで鉛弾で蹂躙されても、それでもパートナーを守るため命を懸けて戦い続けた人間とマギステルス。


「認めるよ……」


『真実』を知ってなお共にある蘇芳カナメとツェリカを見て、何を思ったのか。


 彼はゆっくりと笑って、垂れ下がったままの拳銃に指を掛けた。


 今まで以上に獅子の嗅覚が痛みを訴えた。




「俺は、お前達が羨ましかった」




 カナメとタカマサはほとんど同時に右手を跳ね上げ、その銃口を突き付ける。


 無音のまま、眉間に一発四五口径をぶち込んだ。


 ほとんど即死に近い状況だったにも拘わらず、それでも怪物の人差し指がわずかに動く。


 シュコンッ!! という太い音があった。


 最悪の戦闘狂がギザギザのガラスケースに埋まって磔にされたまま、至近、自分の足元の床へ向けてグレネードを撃ち込んだ音だった。


 その後に起きたのは明白だった。


 エンディングテーマなんか何もない、無音の終わり。


 結局、ブラッディダンサーという男は他の誰にも殺せなかったのかもしれない。


 凄まじい爆発と共にカナメ達は薙ぎ倒され、そして、ある怪物ディーラーは粉塵の中へと消えていったのだ。


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