【Second Season】第五章 夜のテレビは脱皮する BGM#05”Killer Stunt”.《002》
サーバー名、プサイインディゴ。始点ロケーション、常夏市・半島金融街。
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ようこそ蘇芳カナメ様、マネー(ゲーム)マスターへ。
◆◆◆
「何だ、カナメ君。呑まないのかい? まさか車と銃の街だからカラフルなドリンクには手を出さないなんてお利口な事を言うつもりじゃないだろうね。どこまで行ってもここはゲームの中だぞ。肉体的な制約は脇に置いて、もっとバーチャルを楽しまなくちゃ」
「……それ以前に今さらっと入れた謎の粉は何だフレイ(ア)」
「ああっ!? それを口に出すのは無粋じゃないかカナメ君! 今のはマジックショーの最中にタネを明かしてしまうようなマナー違反だぞ!!」
「やっぱりあんたが差し出してきた食べ物飲み物は口にしないものとする」
半島金融街のバーだった。
昼時なので、泡が乗ってる飲み物やカラフルな混ぜ物というよりも、ランチで稼いでいる全年齢な感じのラインナップである。
ただそれにしては、顔ぶれに統一感がありすぎた。カナメ以外には、誰も彼もゴージャス仕様の礼服やドレスの男女ばかりなのだ。もちろん中心に立つのはこの男(?)。こいつが関わってくるだけでランチ一つに人生がかかってくる。
フレイ(ア)。
質屋を営む人間で、主に常夏市半島金融街で(実質的にはギャンブルや借金のカタなどで)やり取りする商品で確実な儲けを出す、財宝ヤドカリなる有力チームの長だ。仮想通貨スノウとリアルの円がそのまま両替できる事を考えると、まあ、国際的なギャングやマフィア程度の影響力は持っていると見て良いだろう。
豪勢な白のジャケットに、くっきりと自己主張する長い金髪。
胡散臭い笑顔さえなければパーフェクトな、オッドアイに泣きぼくろの優男。
本拠地は大都市の地下に埋められた河川、暗渠を行き交う巨大な潜水艦のはずだが、たまに太陽の下に出てきたと思ったらこれだ。天日で干した程度ではその性質は変わらないらしい。いや、ひょっとしたらこの店舗自体も質屋の王として差し押さえた不動産かもしれない。
ありとあらゆる事象を恋と愛で測る。
それで世界トップクラスの大富豪にまで上り詰めた、ある種のモンスターである。
彼(?)は白手袋をはめた両手を顔の前で合わせ、何やらおねだりするような仕草で、
「あのカナメ君がマギステルスを置いて一人でわたしと会ってくれたんだ。それなり以上には期待をしているんだよう。どうだろう? 今のは見なかった事にしてわたしからの一杯をぐぐっと呷っていただくという方向では……」
「まとまらない」
「男の体が不満だというのなら、女の体にチェンジもするが? 上と下も君が選んでくれて構わない」
「そういう問題じゃない。おいよせやめろ、戻れフレイ(ア)。調子が狂う!」
「戻るも何も、わたしの本性がどちらか知っているのかい? ベッドの上に飛び込んでくれれば、一晩かけて教えてあげても良いんだが。君に可愛い恋人がいたって一向に構わないんだッ! さあカナメ君、わたしと内緒の恋をしよう?」
「フレイ(ア)」
たしなめられるようなカナメの一言にますます唇を尖らせ、白い礼服とウェディングドレスを行ったり来たりさせている美男子(?)は何やら難しい調子で語る。
「それにしても、だ。……男と女、女と男、男と男、女と女。それなりに網羅したと思ったが、恋の道とは極めるにはまだまだ深く、そして広い。この組み合わせのいずれにも当てはまらないとは、ふむ、君もなかなか業が深い所に立っているな、カナメ君」
「フレイ(ア)、ちょっと待ってくれ。その生暖かい視線について説明をしてくれ」
「大丈夫だ! わたしはどのような形であってもそこに本気の恋と愛があるなら肯定する!! 重要なのはハートだよ! むしろご教示いただきたいくらいだ。男と女よりも熟や幼の線引きが大事なのか、あるいは対等ではなく主と従をはっきりさせないとダメなのかな。いやいや、人そのものではなく、コスチュームやシチュエーションがトリガーとなっている線もあるな……。とにかく君の見ている世界を知りたいッ!!」
「そろそろ本題に入りたい。頼む時短のチケットなら買う、ここでスノウを積んでも良い」
「わたしにとってはこっちがド本命で、君の手伝いをするのは口実なんだがね」
結局グラマラスな美女(?)で安定したオッドアイの誰かさんはどこまで本気か分からない事を呟いてから、ゆっくりと腰掛けた。
カウンターのスツールではなく、すぐ近くに置いたスーツケースに。
そして内側からどんという鈍い音と、むーむーという呻き声が洩れてきた。
「……フレイ(ア)」
「おや、君の方から脱線するつもりかい? こんな席に仕事の話を持ち込んでしまってすまないね。これはお仕置き中。このわたしの経営する質屋に贋作なんて持ち込んで小金を引き出そうする者がどうなるかくらい、ネットに流れる都市伝説でも追い駆けて学習してきてほしかったんだけど」
道理で潜水艦から出てこない『財宝ヤドカリ』の主が表をほっつき歩いている訳だ。
普段だったらあの潜水艦に入るだけで一〇〇万は取られるというのだから、おかしいとは思っていた。
何やら店の出入口の方からは、静かに待機しているセーラー服を纏う赤紫の粘液状マギステルスが主に代わってこちらへ視線を投げて小さく頭を下げてきた。その肩に担いでいるのはロケットランチャー。しかも攻撃ヘリからぶら下げるような、二〇発以上の発射筒を束ねて蜂の巣状に整えた代物だ。あれだけの火力の塊なら、たとえ戦車が突っ込んできたって大雑把に乱射するだけで、押し返すどころか木っ端微塵にしてしまうだろう。
マネー(ゲーム)マスターに警察はない。
リアルでできない事でもサラリとできるが、そうした結果発生するリスクも自分で呑まなくてはならない。戦車を返り討ちにするほどの高火力で身を固めるフレイ(ア)は誰もが羨む財力の持ち主だが、逆に言えばこれくらい警戒しなければ表を歩けない程度には恨まれてもいる。ここは、金を稼げば自然と高い難易度に放り込まれるゲームでもあるのだ。
ウェディングドレスなフレイ(ア)は怪しさ一二〇%の椅子の上でくつろぎ、色っぽいほくろに彩られた目元を緩ませながら、
「こういうのは鍵をかけないまま街中引きずり回すのがポイントだ。この手の輩には直接的な打撃よりも、目に見えない羞恥心を煽るのが一番の薬になる。カナメ君、ここはどうか変な正義は出さないであげておくれ。くっくっ、何しろアレは裸よりも恥ずかしいからねえ? こんな所でスーツケースを開けたりしたら、きゅっと身を小さくしている奥ゆかしいマダムは衝動的に自殺してしまうかもしれない。誰の目にも入らなければ、それで丸く収められる話なんだ」
まあ、蘇芳カナメは博愛主義者ではない。これがいわれなき制裁なら見せびらかすようなものではない事をしてしまうかもしれないが、きちんとした罪状があるのなら助けに入る理由は特になかった。冷たいようだが、何でもありのマネー(ゲーム)マスターで実際に何でもありをやってしまったらどうなるか、そのリスクくらいは計算しておくべきだ。
「殺すなよ」
「もちろん。元から空気が不足する作りじゃないし、ペットボトルの水と冷却スプレーも一緒に入れてあるよ。不燃ガスだから静電気で爆発する展開もない。やだなあカナメ君、こういうのは生き恥で体の芯を焼き焦がすのが面白いんじゃあないか」
「なら今度こそ本題だ」
「……君のそういう、白と黒ではっきり切り分ける考え方が好きだ。コールドゲームはなくなったけど、死神の部分が完全に消えた訳ではないらしい」
自前のスーツケースの上で長い足を組み直し、くつくつと金髪美人(?)は笑っていた。カウンターに肘をつくと、ちょうど大きな胸が乗っかる形になる。
それから、
「例のチームで良ければ、ここ最近で確かに色々な商品を買い込んでいるね。わたしが経営している質屋の方でも、主に『買い』としてお世話になってくれている。詳しい商品一覧はいるかい?」
「いいや。活発であるのが分かっただけでも結構だ」
「『遺産』を直接売りに来るほど馬鹿ではなさそうだがね。そんな事すれば店に入るか出てくるかのタイミングで襲われる」
「もっとまともな使い方を考えついたんだろ」
「コピーの写本でも良い、彼らが別の『リスト』を持っていると?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ま、すでに賽は投げた後だが」
カナメはそれだけ言った。
「どちらにしたって利用価値がある。それだけで事件に巻き込まれるのがマネー(ゲーム)マスターってヤツだろ?」
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