第一章 大陸と海上 BGM #01 “auction & pirate”.《013》




「ふう……」


 そして、一人橋の上に残った一本三つ編みの少女、『銀貨の狼Agウルブズ』メンバーのザウルスは自前の四駆の運転席で息を吐いていた。


 ダッシュボードに置いたフライドポテトを軽くつまみながら、彼女はフロントガラスに表示されたウィンドウの数々へ目をやっていた。


 通信障害によるサーフライディングプロジェクトの空転。


 AI財閥側は海底の光ファイバー網からよそへ通信インフラを再設定する事による早急なオンライン会議復旧の準備を求めたようだが、そんな簡単に進めば誰も苦労はしない。混乱の間に生じたロスはおよそ四分三〇秒。


 それだけあれば十分だった。


 そもそもこちらはAI財閥を倒産にまで追い込む必要はない。人事部に揺さぶりを仕掛け、パビリオンのミスを追及させて首を飛ばせればそれで良い。一人一七億。取引額の大きさがリストアップの筆頭に『銀貨の狼Agウルブズ』を置き、次なる社外取締役のスカウトメールを勝手に飛ばしてくれる。


 そして隠し味は例の対艦ミサイル。


 海底ケーブルを切るだけなら安価な魚雷でも良い。何だったらダイバーを潜らせてワイヤーカッターで切断しても構わない。なのにどうして一発二億スノウもするミサイルを持ち出したのか。


 答えはシンプル、


「ひっひっひ。通信障害の原因がホワイトクイーン絡みの飛行機工場で製造されたミサイルだって分かったら、AI財閥はこう思うはずだよなあ? 船の襲撃も通信障害もみんな社外取締役パビリオンのデマカセで、ヤツは自社の倉庫から引っ張り出した兵器群で攻撃を繰り返しているだけだって」


 基本的に会社が保有するPMCなどの戦力は私有地や社用車などを守るためにしか使えない。が、VIPを狙った弾丸がよそのディーラーに直撃する流れ弾までゼロにできない。船を狙ったつもりのミサイルが海底ケーブルを傷つけた体裁にすれば、AI財閥の製品で通信インフラを破壊する事も可能なのだ。


 これで不信感はマックス。


 ぴこんっ、という軽い電子音と共に、一通のメールの受信を確認した。


 パビリオンから『銀貨の狼Agウルブズ』へ、全ての権限が委譲されてしまうスカウトメールだ。


「これでホワイトクイーン観光の社外取締役はいただき、と。……これでようやくあの船が手に入ったかー」


 オークション会場にも、『#豪雨.err』にも手が届かなかった。


 ならばそれを守る船ごと『まとめて』もぎ取ってやれば良い。吹けば飛ぶように軽い社外取締役として船を丸ごと手に入れれば、『契約』に従って動いている一〇〇〇人のPMCの主従の権利もまとめてスライドさせられる。


 SSM68F対艦ミサイルの値段は、一発二億スノウ。『銀貨の狼Agウルブズ』の参加メンバー一〇名は一人頭一七億を拠出したが、その全てをミサイル購入に投じた訳ではない。実際にはその八割以上を金融取引に回し、巨額の富を動かし続けてきたのだ。全てはAI財閥、ホワイトクイーン観光のリストアップのてっぺんまで上り詰めるために。


 一本三つ編みのザウルスはコキコキと自分の首を鳴らしながら、


「『#豪雨.err』手に入れたら窮屈な契約に縛られまくる社外取締役なんてソッコーおさらばだけど……でも祝杯パーティくらいこの船でやらせてくれないかなあ。ジェット水流のお風呂とかプールとか使い放題で、ああもうレストランなんかフレンチの三ツ星クラスが揃っているのにい!!」


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