第一章 大陸と海上 BGM #01 “auction & pirate”.《011》





「……、」


 カナメは『銀貨の狼Agウルブズ』のメンバー達と共に、豪華客船最上部の屋根へ降り立っていた。車から、降りる。あるいは真下の甲板から、あるいは船室横のサイドデッキから、あるいは同じ屋根へと、完全武装のPMC達が軍隊アリのような密度で迫り来る。


 だがおでことメガネのリリィキスカも、角刈りの大男のチタンも、リュックに猫背のMスコープも、動じる事はない。


 何故ならば、




 ガシャガシャガシャ!! と。


 直後に、PMC達は奇麗に反転し、パビリオンやVIP達に銃口を殺到させたからだ。




「なっ、あ……?」


 意味が分からないのは紫のドレスの美女だ。


 一体何が起きた? どうして自前で最強の戦力であるAI制御のPMC達が社外取締役であるこちらに銃口を向けている???


「どうして、こんな……あ、あなた達!! 早く侵入者を始末なさい!! どうなっているの!?」


 PMCは答えない。代わりに告げたのは屋根の上に立つカナメだった。


「やめておいた方が良い。今、下手に突っかかるとそのまま撃たれてフォールするよ。そいつらの制御はこっちに移っているんだからさ」


 ざわり、と群衆の間に緊張が走る。


 そんな馬鹿なと思いつつも、無数の銃口を前に自分の体で反抗を試してみたいと思う者もいない。その無言の圧が、意識の深い所での理解を証明していた。


 身動きの取れないパビリオン達とは対照的に、『銀貨の狼Agウルブズ』は屋根から悠々と飛び降りる。階段状のデッキを一つずつ。そして同じオークション会場まで辿り着く。


 無数の兵士達の間を、王様でも気取っているかのようにかき分けて。


「どういう、事……? サイバー攻撃でも仕掛けてAIの制御を乗っ取ったって言うの!?」


「そういう小細工ができるようなら、スノウがドルや円並に重宝される訳がないだろう。あらゆるハッキングやサイバー攻撃が成功した事例は一度もない。それが『この世界』の強みなんだからさ」


 ならどうやって、と呻くパビリオンに、リリィキスカは鼻先で小さく笑った。


「一つ、あなた達を守っていたのはあくまでAI制御のPMC、つまり企業間の『契約』に基づいて敵味方を識別していたプログラムの傭兵に過ぎないわ」


 続けて、猫背にリュックのMスコープ。


「二つ、豪華客船を管理するホワイトクイーン観光では面白い計画を進めていた。サーフライディングプロジェクト。航空、船舶、ホテル事業。財閥のAI経営者がそれぞれ持っている会社の完全一本化を進めるといったものです。い、今まさにその大詰めの段階をオンライン会議で進めているんでしたよね」


 角刈りの大男、チタン。


「三つ、じゃあ、もしも大事な大事なそのオンライン会議を邪魔する事ができたら? グループ全体が大荒れになるんだ、AI財閥所有のこの船だってどこの誰に権限があるのか、しっちゃかめっちゃかにゃならねえか」


 あっ!! とパビリオンはようやくの声を上げた。


「四つ、対艦ミサイルは船を狙うためのものじゃない。遅発設定を施した上で、水圧にも耐えられる誘導兵器が必要だった」


 カナメが最期の答え合わせをする。


「狙いは海底ケーブル。半島金融街側の通信の要で、かつ、ここ最近じゃ衛星通信網に切り替えるか否かで話題になっていたインフラだ。だから水平に撃つんじゃなくて、垂直に落とす必要があった。これを引き千切れば、ホワイトクイーン観光がオンライン会議で進めていた、例のプロジェクトを阻止できるんだからさ」


「……、待って。阻止された場合はどうなるの? 航空、船舶、ホテル事業。AI財閥のホワイトクイーン観光は全部一本化して支配下に置くって話だったわよね!?」


 顔を真っ青にするパビリオンに、カナメは壇上に立てかけてあったものを掴む。


 クリミナルAOの『遺産』の一つ、『終の魔法オーバートリック』。ショットガン『#豪雨.err』。


 その砲身に軽く口づけしながら、彼は簡潔に答えた。


「パビリオン、あんたは社外取締役、AI財閥に雇われた例外的な猟犬ディーラーだ。四角四面のAI連中にはできない柔軟な対応ってのを求められている、な。それが現場にいながら重要なオンライン会議の妨害を阻止できなかったとしたら? ゲームを円滑に進める意味でも、どうせたった一度のミスですっぱり首を切られる契約だったんだろう。向こうのAIは取引価格の多いディーラーをリストアップして上から順にスカウトの声を掛けていくものらしい。ちなみに俺達は一人一七億。あんたさえ居座っていなければ、いつ『銀貨の狼Agウルブズ』にお呼びがかかってもおかしくなかったかもな」


「しまっ……」


 パビリオンが『トロピカルレディ号』やAI制御のPMCを支配下に置いているのは、言うまでもなく彼女がホワイトクイーン観光の社外取締役だからだ。


 目の前で起きたミスにより、その権限を全て奪われたとしたら?


 挙げ句、機械的に次の社外取締役を決める人事部が今まさに敵対するディーラー集団『銀貨の狼Agウルブズ』に声を掛けてしまったとしたら?


 メガネのおでこのリリィキスカはくすりと笑って、


「そちらの身辺調査は『機械的』でしょう? 上っ面さえ何とかできれば、敵対構造なんて露見しない。そういうメンバーをお留守番させて、声がかかるのを待っているのよ」


 そもそもAIだけで構成された半自動的な一般企業は、社員どころかバイトとしても人間など雇い入れない。パビリオンがAI財閥の中に食い込んでいただけでも異常事態なのだ。


 一回のミスで切る。


 そういうインスタントな契約だったからこそ、ゴネて阻止するのも難しい。


 カナメはこう宣告した。


「さあ、全部ひっくり返そう。ここはマネー(ゲーム)マスター。堅実な稼ぎなんてリアル世界のサラリーマンが目指すべきだ。ハイリスクハイリターンの戦いはこうでないとな」


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