第一章 大陸と海上 BGM #01 “auction & pirate”.《007》





 もちろん、パビリオンとしても事前にリスクの管理は済ませていた。


 ハードエンゲージブリッジ。ここが一つの山場になると。


 ばづんっ! と少し離れたデッキの床にオレンジ色の火花が散った。外したのではなく弾道修正用の試し撃ちだと気づいた直後、狙撃用のライフル弾がAI係員の頭へ奇麗にヘッドショットを決めてきた。


 ざわつく船内だが、壇上に立つパビリオンは動じない。


 マイクを手に、さらに『平常運転』で語りかける。


『一五番は二〇本、二〇本が入りました! 他には、ハイ! 五九番が二三本、四〇番が二五本、七二番が二八本! 他にはございませんか!?』


 一本辺り一億スノウ、つまり二八本で二八億円だが、まだまだ安い。ショットガン『#豪雨.err』は、その気になればマネー(ゲーム)マスターを利用して個人を企業を国家を自由に選んで破算させられる悪夢のマスターキーだ。その利用価値は『放射線を一切出さないクリーンな核兵器』よりもなお高い。敵対者を確実に社会から葬り、かつ、抱えていた資産を、権利を、領土を、無傷で獲得できる究極のサイバー経済兵器。しかも一回こっきりではなく、何度でも繰り返し扱える……となれば、一〇〇億を積んでも全然足りないだろう。


 一方で、たった一度のミスで切られるとはいえ社外取締役、猟犬ディーラーとしてAI財閥経営陣に食い込むパビリオンにはそんな即物的な金は必要ない。俗を極めた札束の山をポンと取り出せる本当の実力者のリストを手に入れ、強固な人脈を築きたいのだから。そうすれば、


 そして、


『来ました! 一気に一〇〇本、七番が一気に一〇〇!! さらに一三番が二〇〇本! よろしいですか、これは最後のチャンスです。世界のマスターキーを得る絶好の機会! ハイ九九番が三〇〇本! 三〇〇本入りました!!』


 真の実力者達が見ているのは、大陸間の国際経済の歯車だ。それを支配し、掌握する権限の争奪戦、つまり形を変えた戦争だ。そこには個人の命運など、狙撃に脅える心など入り込む余地はない。その程度で怯んで後ろへ下がる輩は、そもそもパビリオンの『リスト』に載る資格もない。


 もちろん。


 事前にリスクマネジメントを行い、橋からの狙撃では角度的に実行不可能な位置にVIP達を集めてはあるが。


 豪華客船トロピカルレディ号が巨大な橋の真下を潜ろうとする。


 橋の高さは海面から三〇メートル近くあるが、広いデッキの上に階段状に三段重ねに船室を積んでいるため、これでも抜けるのは割とギリギリだ。


『よろしいですか! 待ちのリミットは一二〇秒です、このままでは九九番に決ま……ハイ二〇番、三〇一本、三〇一本です! 細かく刻むか、大きく引き離すか!! 皆様いかがなさいましょう!!』


 マイクパフォーマンスで顧客の購買意識を煽りながら、パビリオンはほくそ笑む。


(さて、後は破れかぶれでマシンごと飛び降りてくるパターンかしら。とはいえ、船内はPMCが一〇〇〇人。乗り込んできたところで蜂の巣にされるだけだけど)


 と、そんな風に思った時だった。


 ハードエンゲージブリッジの方で動きがあった。


 橋の縁で、トラックがぐらりと揺れる。こちらに後部を見せたまま、シーソーでも倒すようにバランスが崩れる。かと言って自由落下する訳でもなく、垂直に車体を立てた状態で橋の側面に張り付き、ピタリと動きを止めていた。


(ワイヤーやウィンチで支えている?)


 そして、真下を向いたトラックの荷台の扉が大きく開け放たれた。


 中に隠されていたもの。


 今度こそ自由落下で落ちてくるものの正体は……、


(対艦、ミサイル!?)



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