第一章 大陸と海上 BGM #01 “auction & pirate”.《005》




 豪華客船トロピカルレディ号の甲板には大きなプールと、水着で楽しめる立食パーティの会場と、そして何より最大規模の額が飛び交うオークション会場が敷設されていた。


 中心に立つのはパビリオンと呼ばれる、紫のドレスの美女。


 歳の頃は一六、七くらいだろうか。


 妖艶な肢体にどこか青さが残るからこそ、逆に胸の谷間や露出した太股など、その格好の毒々しさが強調されているような、そんな印象を周囲に与える女性だ。


 AI財閥、ホワイトクイーン観光唯一の社外取締役。


 一度のミスで即座に切られる猟犬程度のものだが、それでも肩書きというのはやはり大きい。


 マネー(ゲーム)マスターはあらゆる非合法行為が是とされる金融取引ゲームで、ガンアクションやカーチェイスまで含まれる。だが海の上に出てしまえば、陸の銃も車も怖くはない。そして手元には鳴物入りの『#豪雨.err』がある。


 ここに集まったのは、安全な位置から危険なギャンブルを楽しみたいと願う、真のVIP達。仮想通貨スノウと現実通貨の円が等価値として扱われる以上、ゲーム内での有力ランカーはそのまま世界の実力者のリストと呼んでも差し支えない。


『#豪雨.err』を売買する事によって得られる大金など必要ない。だからこのオークションは、冠にチャリティーとついている。即物的な札束の山なんぞ誰にでもくれてやれば良い。


 重要なのは、それほどまでの人物達と繋がりを持てる事。同じ時を過ごせる事。『実力者のリスト』を手に入れる事。その時点で、すでに十分過ぎるほどのメインディッシュをいただいている。


 金とは、今いくら持っているかが重要なのではない。


 今自分が稼げるのはいくらか。金を生み出す力はどれくらいなのか。


 それが分からなければ、いくら掴んだところであぶく銭から抜け出せない。逆に言えば、この真髄を知る者はこういう答えに辿り着く。


 金は、繋がりだ。


 そして『誰との』繋がりを得られるかで、どれだけ稼げる人間になれるかが決まる。


 燃料を燃やす事を恐れては前に進めない。


 しかしもちろんエンジンを空回りさせても意味はない。


 有象無象に媚びを売っても仕方がないのだ。自分にできる行動回数は決まっている以上、最も強大な力を持つ者に集中して全力でコネを作るべきだ。コストパフォーマンスで考えれば良い。伸び代のある所に力を注ぐのは、至極当然の事なのだ。


 人生は有限だ。


 その有限のリソースを最大限に活用するため、どこを伸ばせば良いか。それを知るためのリストを手に入れる事。それが青さの残る美女、パビリオンの目的である。


 そうすれば。


 成功を収めれば。


 


「レディ、そろそろお時間です」


 傍らに控えていたAI制御のPMC、その一人が恭しく声を掛けてきた。


 そうね、とパビリオンは頷く。


 間もなくオークションが始まる。どこかの誰かが破格のショットガン『#豪雨.err』を手に入れ、主催したパビリオンは真の実力者のリストを獲得する。後の世界がどう変動しようが知った事ではない。『終の魔法オーバートリック』によってゲームバランスが狂って、誰が、どこの国が破算したって。未然に終わったとされるスイス恐慌が再来したって。彼女は、彼女自身がのし上がれればそれで良い。


 マイクを掴み、壇上へ向かい、紫のドレスの美女はこう告げる。


『皆様、お待たせいたしました!』


 極上の笑顔で。


『これより、当クルーズ最大のイベントである、チャリティオークションを開催したいと思います。皆様、扱うものはもう分かっていらっしゃるのではと思いますが、今回の品はこちらになります! かのクリミナルAOの「遺産」の一つ、「#豪雨.err」です!!』


 破滅の鐘を鳴らすように。


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