「星が美しい夜は、なんだか泣きたくなりますね」  (お題:「星が美しい夜は、なんだか泣きたくなりますね」「もう!私、今日学校休みます!」)

 「もう!私、学校休みます!」

 何の接点もない彼女が、突然、僕にそんな事を言ってきた。


 もっと言うのであれば僕は日陰ひかげ者で、彼女は人気者だ。

 話す事も無ければ話すきっかけもないし、お互い興味なんてない物かと思っていた。


 「は、はぁ…。そうですか…」

 なんと返したら良いか分からず、僕は適当な言葉を返す。


 「だから今夜は、坂の上の病院で星を見るの!」

 僕の街には海まで続く、長い長い坂がある。

 その頂上付近には、桜が綺麗な病院があるのだ。


 病院の敷地は広く、院内以外の敷地を解放している。

 その為、お花見や、お祭り、どんど焼きなど、色々なイベントが行われる場所ではあるのだが…。


 「そうですか…。楽しんできてくださいね」

 僕には全く関係のない事だ。


 そもそも、数年はあの場所に行っていない。

 なんせ、長い坂道の頂上にあるのだ。行くのが億劫で仕方がない。

 ……それに、幽霊の噂もあるしね。


 加えて言うなら、クラスの人気者に話しかけられているこの状況自体が、面倒なのだ。


 「いやいや!待ってよ!女の子が一人、夜の星空を見に行こうとしているんだよ?!ここは付いて行きましょうか?ぐらい言うべきじゃないのかな?!」

 きびすを返した僕の肩を彼女が掴む。

 今目の前に鏡があれば、今世紀最大に面倒くさそうな顔をした僕が写るだろう。


 「…はぁ。…僕は性別で相手を区別しないので。それとね、男女の関係で言うのであれば、男の子と二人きりで夜の星空を見に行くのも、危ないからやめた方が良いと思うよ」

 僕は観念かんねんして、彼女の方へ向き直ると、言いたい事を言わせてもらった。


 しかし、彼女はそんな僕の言葉を気にしたような様子はなく「まぁ、まぁ、そんな硬いこと言わずに…」と、笑って僕の肩を叩いてくる。


 痛い。

 僕は非難めいた視線を送る。

 しかし、彼女はまたしても、こちらの反応を無視して「じゃあ放課後、校門でね!」とだけ言うと、廊下の向こうに駆けて行ってしまった。


 あれかい?返事をした時点でアウトだったのかい?

 悪質勧誘にも程がある。


 逃げ出してやろうかとも思ったが、あの調子じゃ校門で出待ちされているだろう。

 それに、もし一人で夜空を見に行って、何かあったら後味が悪すぎる。


 あの女は僕のそんな性格を理解しているのだろう。

 流石はクラスの人気者。その観察眼には脱帽だつぼうだ。


 しかし、何故僕なのだろう。

 そんな事を考えていると、あっという間に放課後になった。


 案の定、彼女は校門で待ち構えており、待ち合わせ相手の僕には否応いやおうにも視線が集まる。


 それでも周りを気にしない彼女は僕の手を引き、長い坂道を登り始めた。


「子どもが生まれそう?!…はい、はい、はい…。分かりました!今からそちらに向かいます!」

 スーツ姿をした男性が、焦ったような、戸惑ったような、それでいて嬉しそうな表情で、電話をしていた。

 僕達はその横を駆け抜ける。


「もう!クマ吉のせいで学校遅れちゃったじゃない!」

「何言ってるのさ!起きなかったのは自分でしょ?!」

 妖精と口喧嘩をしている魔法少女が目に映る。

 なんだかんだ、とても仲がよさそうだった。


「あ~。今朝のにゃんこだ~」

「小春…。奇抜なマグロの解体ショー。終わっちまうぞ?」

「あぁ!そうだった!じゃあね!にゃんこちゃ~ん」

 仲のよさそうな少女二人組が、足早に駆けて行く。

 そんな二人を猫は見守る様な視線で見送っていた。


「カァ。カァ」

 カラスが路地裏のゴミに群がっている。

 …あれ?一瞬だけ、カラスが人になったような…。

 気のせいか。


「悪かったって、いい加減、機嫌直せよ」

「そうだよ。たかがチビって言われたぐらいで…」

「たかが?!」

 男子高校生、三人がしょうもない事で言い争っている。

 僕も友達がいればあんな日常を送っていたのだろうか?


 「うぉぉぉぉ~~~!」

 そんな事を思っていると、上の方から凄い勢いで自転者が駆け下りてくる。

 危ないなぁ…。と思いつつも、その楽しそうな、生き生きとした横顔に僕は嫉妬してしまった。


「皆!元気にやってるかぁ~い!」

 町内放送で、元気の良い少女の声が鳴り響く。

 彼女は地域ラジオを放送しているうちの学校の学生だ。

 よくもまぁ、恥ずかしげもなく、大勢に向かって自分の声を届けられるものである。


 僕はそんな街並みを、彼女に手を引かれ、ぐんぐんと登って行く。

 綺麗に着飾ったご婦人がいて、ぶつぶつと呟く、電波な少年がいて、赤ん坊を大事そうに抱えるアンドロイドがいる。

 皆それぞれに、それぞれの世界があって、色々と感じながら生きているのだろう。


 僕は顔を彼女の方へ向ける。

 彼女はどう思って、何を感じて、今、僕の手を引っ張っているのだろうか。


 振り返ることなく、前へ進み続ける彼女。

 何処までも進み続けられそうな強さを感じる。

 それと同時に、一度止まったら、この坂道から転げ落ちて行ってしまいそうな、もろさを感じた。


 疲れないのだろうか?

 いや、そんな訳はない。

 それでも、止まってはいけない。そう、自分に言い聞かせているようだった。


「ついたぁ~!」

 そんな彼女が満足げな声を上げ、足を止める。

 もう目的地に着いたのだ。


 彼女は僕から手を離すと、芝生の上に寝転ぶ。

 まるで、自由気ままな猫の様だった。

 少しでも心配した僕が、馬鹿だったのではないかと思う。


 そうだ、結局、他人は他人でしかない。理解などできないのだ。

 僕は頭を空っぽにして彼女の横に身を投げる。

 芝生はちょっとチクチクした。


「もうすぐ日が暮れるね」

 彼女が呟く。


「そうだね」

 僕は相槌あいづちを打ちながら、空を見上げ続ける。


「とりゃ~~~!」

 何処からか、少女の声が響いてきた。

 僕がそちらに顔を向けると、車椅子に乗った少女が全力で突っ込んでくるではないか。


 慌てて身を起こそうとするも、間に合わない。

 僕は身を転がし、車椅子を避ける。

 そんな僕の姿を見て彼女は盛大に笑った。


「ちょっとは心配してくれてもいいんじゃないかな?!」

 僕が非難の声を上げるが、彼女は「ごめんごめん」と言つつも、笑い続けた。


 その内に、少年が来て「車椅子の女の子を見ませんでしたか?」と聞いてくる。

 僕と彼女は、無言で同時に同じ方向を指さす。

 何故かそれがおかしくて、僕達は笑い合った。


 少年はいぶかし気に顔をしかめるが「ありがとうございます!」というと、その方向に駆けて行く。

 あの少年も大変そうだ。


 「全く、振り回される身にもなって欲しいものだよ」

 僕が呟くと、彼女は「全くね」と続けた。

 僕は顔を顰めて彼女を睨む。お前の事だよ。と。


 「あはは。ごめんごめん。…でも、ついてくる貴方も大概たいがいよ?振り切ろうと思えばいつでも振り切れたじゃない」

 そんな事は出来ない。

 それは僕を観察している彼女が一番知っているはずだ。


 「何よ、その顔は。私が計算付くで、行動していると思っているわけ?」

 急に喧嘩腰になる彼女。

 僕は驚いて、少し引いてしまう。


 「くふふっ。まぁ、その通りなのだけどね」

 彼女は表情を緩めるとそう言った。

 今の威圧も僕をおちょくる為の物だったらしい。


 「でもね…」

 僕が文句を言おうと口を開く寸前、彼女は呟いた。

 そのしおらしい表情に、僕は咄嗟に口をつぐむ。


 「にゃはは…。ごめんね。文句が言いたかったよね。でも、これだけは聞いて」

 僕はどんな顔をしたら用か分からず、首だけを縦に振る。


 「私だって、皆の感情が読み取れるわけでもないし、その意をんで行動できるわけでもない」

 それはそうだ。複数人と会話をしながらそんな事ができる訳が無い。

 ましてや、彼女は一人だ、複数の要望にこたえられるわけがない。


 「でもね。頑張ると、ある程度できちゃうんだよ。後もう少し、もう少しで、完璧に手が届く…。そんなはずないのにね」

 彼女が悲しそうな顔で笑った。


 「もう疲れちゃったんだ」

 そういうと、彼女は夜空を見上げる。

 まだ日は沈み切っていなかったが、徐々にせまる闇に、星たちが輝きだしていた。


 「貴方といると疲れないわ」

 星空から視線を戻せば、彼女と目が合った。


 「だって、貴方はクラスカースト最下位!私の方が強いからね!」

 思わず僕はその憎らしい笑顔にデコピンをくらわす。


 「いったぁ~い!はい、セクハラ!逮捕!」

 なんだよ、面倒くさい。

 もう、それなら逮捕で良いよ。


 「ふふふっ。そうやって面倒くさがる顔も可愛いわ。それでいて困っている他人を放っておけなくて、どこまでも親身になってしまう」

 そんな事は無い。

 僕が顔を顰めると、彼女は「意地を張る姿も可愛い」と言って、無邪気に笑った。


 「人は変わっていくものよ。簡単に裏切るし、見て見ぬ振りもする。だから、今の貴方もその内、変わって行ってしまうのかもしれない」

 …まぁ、それは否定しない。


 人は変わる。親友だと思っていた奴とだって、連絡は取らなくなるし、子どもの頃、大好きだった車だって、今ではさほど興味がない。


 でも、変わらない部分ってあると思うんだ。

 例えば僕は生き物が好きだ、本が好きだ、絵が好きで、ゲームが好きで。それが無くなったら僕が僕じゃなくなってしまう気がする。


 「それでも、変わって行っちゃうのよ」

 彼女は視線を星空に戻した。

 日は完全に落ち、空には星たちがまたたいている。


 「星たちは変わらないのにね」

 僕はポツリと呟く。


 「変わっているわよ。私達が見えないだけで」

 それもそうか、もうあの光る星は数万年前に消滅して、存在していないのかもしれないのだから。


 「消えたのに気づかれないなんてさびしくない?」

 彼女が問うてくる。


 「別に…。僕は良いよ。それでも」


 彼女は「私はさみし~~~!」と叫ぶ。

 僕には理解できないが、多分、そう言う世界もあるのだろう。


 「だから、星が美しい夜は、なんだか泣きたくなるの」

 そうかぁ~。

 そういうモノなのか。

 まぁ、彼女がそう言うならそう言う事にしておこう。


 「でもね、貴方といると寂しくない」

 何だそれ。

 僕は疑問符を浮かべながら横を向くが、彼女の視線は満天の星空に釘付けだった。


 まぁ、良いか。

 所詮しょせん、他人なんて理解できるものではないのだ。

 僕は僕のしたい様にするだけだ。


 それがいつか変わってしまう思いでも。

 僕は欠伸をかみ殺すと、無邪気に笑う彼女の横で、今だけは、いつまでも星空をながめ続けた。


==========

※おっさん。の小話


 今回は今までの作品全部詰め合わせてみました!


 それぞれのENDや展開を知っていると、考える部分もあるでしょうが、この少年からしたら皆、赤の他人で、唯のモブです。


 それぞれに人生がある。

 それぞれに考えがある。

 それぞれに想いがあって、それぞれの未来がある。


 他人なんて理解できるわけないじゃないか。


 僕は僕らしく生きよう。


 今までの総集編って感じで、出してみました。


 どうもうまく纏まらない…。


 でも、それも、僕らしい、かな?

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