桜散る  (お題:桜・車椅子・キャンディー)

 「退院おめでと」

 彼女がキャンディーをくれた。


 甘いくて酸っぱい、ストロベリーミルク。

 彼女は病院から出る事ができない。

 それは、多分。これから一生だ。


 「ちょっと外に出てみない?」

 彼女がそんな事を言いだした。


 僕は「いいよ」と答えると、彼女の車椅子を押す。

 外はもう春だった。


 「暖かいね」

 彼女が言う。


 「そうだね」

 僕は短く返事を返した。


 風が吹く。

 彼女のなびく髪に見とれていると、視界を桜の花びらがおおった。


 「えぃ!」

 彼女は僕の握力が弱まったその隙に、車椅子を発進させる。


 「あ!待って!」

 僕は直ぐに追う。


 ここは丘の上にある病院。

 彼女の進む先にあるのは坂道なのだ。


 「やっほ~い!」

 彼女は叫びながら加速して行く。


 「待ってよぉ~~~!」

 僕は必死で追いかけた。

 なんせ、その先には崖があるのだから。


 「いっけぇ~~~!」

 彼女は躊躇ためらうことなく、崖に向かう。

 その声はとても楽しそうだった。


 「よし!」

 僕は車椅子の取っ手に手を伸ばす。


 「そうはいくかっ!」

 彼女は華麗かれいなドリフトさばきで、桜の花びらの様にひらりと身をかわした。


 今までに無い様なはしゃぎ様。

 まるで、枝先から落ちて自由になった花びらのようだった。

 

 「大好きだったよ」

 彼女がひらり宙を舞う。

 一瞬、こちらを振り返った彼女は花が咲いたような笑顔だった。


 そんなの…。そんなのって、あんまりだ。

 自分だけが良ければそれで良いのか?

 残された人はどう思う?

 僕は君がこんなにも大切なのに。


 「言い逃げなんて許さない!」

 僕は勢いそのまま、崖から飛び降りる。

 今度は逃がさないよう、全身で彼女を包み込んだ。


=========


 「全治、一ヶ月です」

 呆れたように看護師さんがそう言った。

 僕は病院に逆戻り。


 「また一ヶ月、延長ね」

 病室に戻ると、彼女が悪戯っぽく笑っている。


 「大体、あんたね。普通、あそこで跳ぶ?あたしの華麗なる自殺劇が台無しじゃない」

 彼女は呆れ顔でそう言った。

 それには流石の僕もカチンとくる。


 「あそこでお前が死んだら誰の責任になると思ってるんだ!ふざけるなよ!」

 僕は怒鳴りながら彼女に近づく。

 このおてんば娘に今日と言う今日は言ってやらねば!


 彼女を見下ろす僕。

 口を開こうとした瞬間、不意に彼女が立ち上がった。


 「痛っ!」

 甘酸っぱい、いちごみるくと、鉄臭い血の味が口の中で混ざる。


 「責任取ってよね」

 車椅子に座り直した彼女が唇から血を流しながら、にこやかに言った。


 それは彼女を助けてしまった責任だろうか、それとも、好きさせてしまった責任?

 はたまた、今の頭突きに近いキスの責任かも知れない。

 …まぁ、どれも一緒か。


 満開の桜が風にさらわれてゆく。


 僕はあの風の一つを止めたに過ぎない。

 きっと、何度止めたって、最後には全てを攫う風がやってくるだろう。


 彼女は美しく散りたかったのだろか?

 でも、そんなことは認めない。

 僕を魅了した責任だ。


 春の終わりはもう近い。

 それでも僕は、最後の一瞬まで、その散り様を見届けよう。


============

※おっさん。の小話


 今回はお題が甘そうだったので、お話は苦くしてみました。


 彼女の華麗なる人生脱出劇は彼に阻止されてしまいましたね。


 その事が不幸だったのか、幸福だったのかは彼らにしか分かりませんが。


 二人の関係に幸あれ!



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