(未完)この世は不思議で満ちている
お前、平田だろう!
第1話 いつか帰りたかった日
「……ホンマに戻ってこれたんやな」
ベタな異世界ファンタジーをリアルでやって、それで帰ってきた。神様に言われて呼び出した王女が悪いことを企んでいる……わけでもない。魔王を倒したら、そんなヤバい奴を国に置いておけない……と言われるわけでもない。ただ本当に必要とされて鍛錬を重ね、魔王を倒す力を備え、各地に散った魔王四天王を下し、最後に魔王を葬った。
現代日本では過剰なくらいに禁忌とされる『殺し』を異種族とはいえ、何千・何万と命を奪って、その屍の上に平和をもたらすことに成功した。今では、必要とあらば他人を手にかけることすら平然とできるだろう。それほどの経験をおおよそ3年。19になるまで行い、地球へと帰ってきた。
「……そういや、俺引きこもりやったな。全然忘れてたわ」
部屋はごみで散らかり、パソコン、ゲーム、マンガ、アニメと『オタク』と言えば、というお題で必ず思い浮かぶものがこの部屋にはあった。
「俺今どないなってねやろ?」
鏡、鏡と部屋に置いてある姿見を探し、その身をさらした。そこに映る少年の姿は、灰色の上下スウェットに身を包み、生え始めた無精ひげ、ぼさぼさの髪。そして……
「めっちゃデブやん」
パンパンの顔をした自分の姿であった。
―――
いわゆるキラキラネームである。えらく古風な苗字に、何考えて付けたのか由来のまったくわからない名前。小さいころは良かった。周りで困惑するのは先生と同級生の親だけである。『神童』と呼ばれるほどの明晰さを出すほどの少年だった。だが小学校5年くらいになると徐々に同級生の意識は変わってくる。
「アイツの名前、おかしくね?」
クラスに一人くらいいる、ちょけた男子がいじり始めたのだ。もともと関東に住んでいるのに、関西弁を話す時点で妙な注目を集めていたのに、『神童』という二つ名を大人に呼ばれていることが、気に入らなかったのも原因だったと思われる。
だが、そんなクロウを支えてくれていたのは、隣に住んでいた幼なじみの女の子。
―――藤ヶ谷
クロウにとって、初恋の娘であった。
本来なら、何やら気恥ずかしくなり距離が出来たりするものだが、クロウと結はそんなこともなく、健やかに微妙な関係性は保たれていた。そんな期間がしばらく続き、どちらかが告白するのも当然と言えば当然。嫌われていないどころか好感をもたれていることが、確かに分かるほどの距離感にクロウは思い切った。そして気持ちを確かめ合い、お付き合いすることになったのだ。それが中二の夏。
だが、名前いじりは続いた。別に何もしていない。そんな名前になったのは自分のせいじゃない。なのにねちっこく言ってくる者はいた。それはやがて、結というそばに必ずいてくれる存在がいても耐えられないほどになっていった。だがクロウはなんとか耐えた。何と言っても結という支えがいたから。高校進学すればそんな子供っぽいいじめはなくなるんじゃないかと。
その後クロウと結は同じ高校に進学することになるが、同じ中学から進学した者がそのいじめをそのまま高校でもつづけた。知らない連中ものっかり、クロウはついに力尽きた。進学早々1か月、GW明けという五月病のタイミングで部屋にこもりだすことになった。
結は毎日、水鏡家に来た。「一緒に学校に行こう」「大丈夫、あたしが付いてるから」そう言ってクロウの部屋の前から語りかけた。だけど長年にわたる名前いじりはクロウの心を意外と蝕んでおり、結の言葉が届くことはなかった。
毎日来ていた結は、やがて1日おき、2日おき、1週間おきと徐々に感覚が広がり、いつしか来ることはなくなった。
なんやかんやで来てもらうことを期待していたクロウは、それを寂しいと思いながらも、どうにもできない自分を不甲斐なく思っていた。そんな時、召喚されたのである。
召喚されたのが7月17日。もうすぐ夏休みというタイミングだ。TVをつけると、朝の情報番組がやっていた。
「今日は7月17日。学生さんはもうすぐ夏休み! いや~うらやましいですねぇ……」
クロウの主観的に久しぶりに見る朝の顔。なにやら貼り付けたような笑顔がうっとおしいなと思わないでもなかったが、聞いた覚えのあるオープニングにクロウは確信した。
「召喚された日に戻っとんな」
ぷっくぷくの自分の姿と、聞き覚えのあるオープニング。ようやく帰ってきたと、実感したのだった。
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