第101話 別れ


 出された洋菓子。


 それは、この楽しい宴の終わりの合図。


「ご馳走様。」

「ごちそうさまー。」

 白頭巾とペーターの二人が会の終わりの言葉を口にした。


 感想。


「美味しかったわ。」

「うん。」

 ペーターも賛同した。


「そう、言って頂けると用意した者も喜びます。」

 笑顔で返す市長。



 片付けられた食器の代わりに、白頭巾の前に運ばれてきた大きいな革袋。


「お約束の報酬です。」

 市長の説明。


「では。頂戴いまします。」

 とだけ。


 てっきり、中を確認すると思っていた市長。

「確認は良いのですか?」


 白頭巾の口元に浮かぶ邪悪な笑み。そして、視線は相手を値踏みし絡みつく。

「必要なところに、お金を使えない街は、ほっといても滅びるわ。」


 『ゾクリ』と市長の背中に流れる冷たいもの。


 不意に、

「冗談よ。信用してるから。」

 邪悪さが消えた。


 しかし、今のは本気だったと思うのは、行動を共にした神父。


「ハハハ。」

 乾いた笑いが市長から漏れた。



「神父さん。これを。」

 白頭巾がポケットから小袋を出し渡した。


「何でしょう?」

 受け取ると、大きさの割に重いと感じた。


「開けてみて。」

 言われた通りに小袋の口を開く。


 中に見えたのは、金色の輝き。

「お金…。」


「教会の補修の足しにして。」

 にっこり。


「よろしいのですか?」

 戸惑い聞いた。


「言いわよね。ペーター。」

 顔を覗き込み聞いた白頭巾。


 呆気にとられ固まっていたペーターは反応が遅れ、

「えっ。」

 驚き、

「はい。」

 困り、

「良い。」

 何とか、

「です。」

 言葉に詰まり、

「よ。」

 答えた。


「ありがとうございます。白頭巾さん。」

 礼を言った。


「あら。」

 邪悪な笑み、

「お礼ならペーターに言って。」

 視線を送った。


『はっ!』

 そう表現される表情になったペーターが白頭巾を見る。


 その視線を無視し、

「だって、ペーターのお小遣いだから。」


 今度は『やられた』と雄弁に語る表情。

「ご主人様を、一瞬でも尊敬した僕が間違いでした。」

 項垂れた。


「ペーターさん。良いのですか?」

 慌て、聞いた神父。


「良いですよ…。」

 語尾に元気が無くなり、

「一度、良いって言ったのを取り消すのは、男らしくないから…。」

 諦めが更に声を小さくしていた。

「それに、教会が少し見ない間に、凄いボロボロになってたので…。」

 精一杯、言った。


 こっちは、

「あれは、事故よ。」

 しれっと言った。



 そのやり取りを見ていた市長は、笑っていいのか、呆れていいのか、困った表情で呆然としていた。




「神父さん。今度は私から…。」

 声の調子が変わったと感じられ、ペーターも口を閉じた。


「喜びはね、皆で分けると増えるの。悲しみはね、皆で分けると減るのよ。」

 全身を貫く衝撃。その一言は、神父の心を見透かしていた。


「マーシュ神父が最後にやった事は、許せないかもしれないけど、街の人は知らないんだし。」


 心にかかる霧が晴れていく。


「それに、誰だって心に闇はあるのよ。」

 間を取り、

「私にだってね。」

 神父に片目を瞑り目配(めくば)せする白頭巾。俗に言う[ウインク]。


「そうですね。」

 ようやく、今回の事を受け入れられそうだと。

「マーシュ神父様のお葬式をやります。」


 それには笑顔で答えた。




 徐(おもむろ)に、床に置いていたバスケットに手を入れ、

「そうそう、私ね。」

 取り出したのは、

「もう、白頭巾じゃないの。」

 赤い頭巾。それも、鮮やかな赤ではなく、くすんだ赤。

 被り、

「赤頭巾になったのよ。」


「はぁ…。」

 市長と神父は赤い頭巾を見詰めたが、意味不明だと顔に書いてあった。


「私達はね。狩った怪物の返り血で染まった頭巾を被るのよ。」

 確かに、その頭巾は前は白だったと思う二人。

「お前ら怪物の血で彩られた頭巾を被った狩る者がいつでも倒すぞとね、高らかに掲げ存在を示すのよ。」


 その言葉に、住む世界が違うと感じる市長。


「そろそろ、行くわ。」

 バスケットを手にし、立ち上がる赤頭巾。


 勢いよく立ち上がった神父は椅子を後ろへ跳ねさせた。

 そして、椅子と床が摩擦の力を借り音を出す。

「赤頭巾さん。ま…。」


 神父のその台詞を、右の人差し指を立て制し、

「私達とは、二度と会わない方が良いのよ…。」

 笑顔を向ける。


 神父には、その笑顔がとても悲しいと思えた。


「見送りはいいわ。」

 部屋を出る赤頭巾にペーターが続く。




 そして、廊下から聴こえる二人の会話。


「とりあえず…。」

 赤頭巾の言葉を続けたペーター、

「帰ります?」


「そんなわけないでしょ。」


「じゃあ、何処へ?」


「服を買いに大きな街へよ。」


「やっぱり、そうきましたか。」



 二人の笑い声が遠退くと共に、終わったと思うのは市長…。


 そして、レイモンド神父の心に浮かぶ思いは…。









 それは、伽話(とぎばなし)。


 子供が寝る前に、親にせがんでしてもらうお話…。




 むかし、むかし。


 そのまた、むかし…。


 あるところに、白(しろ)いずきんをかぶった、それはそれはかわいい女(おんな)の子(こ)がいました。


 その子(こ)は、白(しろ)ずきんとよばれ、たいそうかわいがられていました。



 あるとき。


 白(しろ)ずきんは、としおいたおばあさんにかわって、まちにおつかいに行(い)きました。


 そのまちには、わるいおおかみがかくれてすんでいて、まちの人(ひと)をおそっていました。


 白(しろ)ずきんは、おばあさんのかわりに、わるいおおかみとたたかいました。


 そのとき、わるいおおかみのきずから出(で)た血(ち)が、白(しろ)いずきんにかかり赤(あか)くそまりました。


 なんということでしょう。


 白(しろ)ずきんが、赤(あか)ずきんになったのです。


 そして、赤(あか)ずきんは、わるいおおかみをやっつけました。


 おつかいをおえた、赤(あか)ずきんはいいました。


「わたしが、あたらしい赤(あか)ずきん。おまえらバケモノ(ばけもの)を、かるものだ!」



 まちにへいわがもどり、人(ひと)たちは、たいそうよろこびましたとさ。

 


 めでたし、めでたし…。





〜 おしまい 〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る