第93話 決着


 喉が鳴る。


 飲んでいる。


 口に注がれた人狼である銀の牙の鮮血を。


「うへ。不味い。」

 渋い顔になった。

「やっぱり、血は乙女か健康な若い男に限るな。」

 左の袖で口元を拭う。


 『しまった!』の顔。


 拭った袖口が赤く染まっていた。


 次は『後悔』の顔になるのは必然だろう。



 差し出した右手には、赤身のボロ雑巾。

 元、銀の牙の心臓が乗っている。


「ほれ。」

 掛け声と共に、今度は握り潰す。


 最後に、グッと力を入れたのは、手首の腱の動きで解る。



 開く指が起こす風に乗り、心臓だったものが黒い粒子となり舞い上がる。


 それは、儚い黒い雪。


 瞬く間に、空気に溶けていく。




「おや?」

 銀の牙を見て驚く。

「死なんのか?」

 軽く首を傾げた。



 銀の牙は、肩で荒い息をした。


「ふむ。」

 目を閉じ、集中しているようだ。


 しばらくの後、

「なるほど。」

 目を開き、

「心臓が二つあったか。まだ、心音が聞こえるわ。」

 耳を澄ませていた。

「流石、上級人狼と言う事か。」


(バレてしまった。)

 心臓の秘密がいとも簡単に。


「中々、面白い体だが、我の手間が増えただけだな。」

 右足から踏み出し、銀の牙へと歩む。


「来るな!」

 左手で胸を庇い、右手は突き出し制しながら、左右に振る。

「近付くな!」


「これ以上、手間をかけさせると殺すぞ。」

 それは、苛立ち。



(いや、殺すために銀の牙に近付いているはずなのに…。)

 その台詞にレイモンド神父の心の中で、いつもの様に笑っていた。

 白頭巾を感じながら。




「来るな!」

 右手を振り続ける銀の牙。


 呆れ顔のまま、歩みを進める白頭巾だったもの。


 その一歩が、またもや二匹の間を間合いに変えた。

 距離にして、白頭巾だったもの足の長さ一つぶん先程よりも長い。



 目だけで確認する。先程から、灼熱の痛みを与え続ける左肩に刺さる銀の短剣の位置を。


 銀の牙が、『来るな!』と、また右手を左に振る。


 返す手には、銀の短剣が握られている。


「その呼び名。その目。その牙。何より、その行動!」

 振り下ろされたものの軌道は、白頭巾だったものを真っ向から両断する。


「お前も、銀で殺せる!」

 銀の牙は、白頭巾だったもの正体に気が付いたように思えた。




 無音。


 手応えは無かった。


 見事過ぎる切り口は、流れ出すはずの血に気付かせなかった。

 更に、痛みを忘れさせた。


 刹那の後。


 自らの仕事を思い出したかのように、血は噴き出し、痛みは脳へ届く。



 銀の牙は右手の代わりに噴き出す血液を見た。


「グオオオォ。」

 反射的に、左手で右手首を押さえ 止血する。



 理解を超えた出来事。



 苦しみの中、銀の牙が見たのは…。


 白頭巾だったものの振り上げた右手。それは手刀の形をしていた。


 白頭巾の天に向けた左手の上に乗っていたのは、銀の短剣を握ったままの自分の右手。


 そう、白頭巾だったものは振り下ろした銀の牙の右手首を手刀で切り離し、左手で受け取っていた。



 銀の牙の右手をニ、三度軽く投げ上げもて遊ぶ。


 『ポィ』と表現されるほどに簡単に、右手は床へと投げ捨てられた。


「本当に、面倒な奴じゃ。」

 その冷たい声は怒りの感情を乗せていた。



 銀の牙の目が見開かれた。


 気が付かなかった。この場にいる誰もが。


 銀の牙の懐に白頭巾だったものが立って居た。

 そう…、立って居るのではなく、立って居たのだ。


 またも差し出された右手は指先から銀の牙の胸に挿し込まれた。

「少し、大きいな。」

 左手も添えるように挿し込まれる。


 両手で握ると、そのまま引出(ひきだ)しでも抜くように引っ張り出したのは、前と同じ。

 脈打っているのも同じ。



『パン!』

 それは、手の平が打ち合わされた音。

 握られていいたはずの、脈打つ心臓が潰される抵抗などみせなかったように。


 だが、血の詰まった肉の袋からは押し出され飛び散った。

 結果『べったり』と粘る赤い液体を浴びる羽目になった。


「また、服が汚れてしまったではないか!」

 自分の所行の結果を相手に押しつけ怒っていた。



 よろよろと後ろに下がる銀の牙。

 その右手首から噴き出していた鮮血は、心臓が無くなったからなのだろう、今は止まっている。


 下がる背中に柱が当たる。

 その反動で、前向きに床へと倒れる。


「今度は、死んだか。」

 受け身は、取らなかった意味を知っていた。

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