第92話 恐怖


 歩みは、二人…。人では無いなら、二匹。その間を詰めていく。



 近付いてくる白頭巾を観察し、

(後、一歩。後、一歩だ。)

 自分は冷静だと、言い聞かせる。



 踏み出された一歩。


 それが二匹の間の距離を、間合いに変えた。


(入った! まだ、白頭巾は間合いの外のはずだ!)

 内心はほくそ笑む。


 歩を止め、

「この位置で良いか?」

 見上げる白頭巾だったものが確認した。

 

 逆立つ毛が座喚いた。


 抑えていた恐怖が噴き出し心を染め上げる。


 恐怖とは斯(か)くも、人を…。否、人狼でさえ凶暴化させるものなのか。


「うぉぉぉぉぉ!」

 声ではない、絞り出したのは音。それと共に振り上げる右腕。

 狙いを付け渾身の力で白頭巾だったものへ放つ。


 人間なら斬り裂くどころか、真っ二つになる程の狂気の一撃は破壊力のみならず、暴風を纏う。


 対する白頭巾だったものは、ゆっくりと左の人差し指を挙げる。




 鏡。


 見ていたレイモンド神父は、そう感じていた。


 白頭巾だったものが挙げた左の人差し指が鏡に触れ、映された像が銀の牙。

 そんな風に見えるほど、穏やかに銀の牙の一撃を止めていた。


 ただし、纏っていた暴風は白頭巾だったものに襲いかかった。


 が、頭巾を揺らす暴風を微風(そよかぜ)と愉しむ様な笑み。


「それで本気かのう?」

 嘲笑い、右足を踏み出す。


 そこは、白頭巾だったものの間合い。


 ゆっくりと挙げた右手を抜(ぬ)き手にし、銀の牙の胸に当てた。


 そして、刺したのではなく、挿し込んだ。

 まるで、引出しが収まるが如く、最初からそこに入るのが当たり前の様に何の抵抗も無く。


 挿し込んだ手が目的のモノを、探し当てる。


 挿し込んだ時と同じく、何の抵抗も無く引き出した。


 違っていたのは、その手に脈打つ心臓が握られている事。



 まさか、自分の心臓の鼓動を見る事になるなどとは思ってもみない銀の牙。


「グッ…。」

 慌て、両手で胸を押えた。


 一歩…。


 二歩…。


 三歩…。


 よろけ、下がった歩数。



 白頭巾だったものは、銀の牙の心臓を両手で頭上に掲げ、

「これで我慢するかの。」

 天を仰ぎ、掲げた心臓に向かい大きく口を開いた。


 握り絞る。


 血の滝。


 降り注ぐ血を口で受け止めた。


 大半は口へ。


 残りは顔を伝い頭巾へ。


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