第80話 攻防 その一


 銀の牙は、左手で鎖の長さを調整し、右手で小さく振り回し反動を付ける。

 そして、睨み観察していた。


 僅かに、白頭巾の右肩が沈む。右膝にためを作っていた。


 それを見逃さない銀の牙は、左へ飛ぶと判断し体を僅かに左に開き対応する。


 銀の牙が僅かな動きに合わせ、白頭巾は左足を浮かせた。高さにして紙一枚分。

 今、体重を支えるのは右足のみ。更に右膝をほんの少し曲げためを大きくした。


 白頭巾は右へ飛ぶ構えから、浮かせた左足で床を蹴り左へ飛ぶ。それは、銀の牙の右側。


 白頭巾の動きに反応!

 反動を付けた鎖を回転から解き放つ。


 人狼と言えど、人の形は関節の作りも似る。

 投げた手の外側へと回る動きへの対応は困難。

 鎖の先端は白頭巾が占拠していた空間へ虚しく到達した。


 銀の牙の投擲の姿勢を右側から見る白頭巾。

 構え合わせた銃口。同時に引き金に力を入れる。



 連射式銃の放った弾丸の軌道に舞う毛。


「自慢の尻尾が台無しですよ。」

 左の目尻と口元に怒りが浮ぶ。


「ごめんなさいね。体を狙ったんだけど、動くから。」

 右の目と口に笑いが浮ぶ。



 それは、ほんの少し前。


 白頭巾の放った弾丸を避けるように、銀の牙は鎖のを追いかけ前に飛んでいた。

 結果、狙わられた空間に残っていた尻尾に弾丸が当た。



「でも、お嬢さんの言っていた事が身に沁(し)みましたよ。」

 油断なく振り返り、『ジャラジャラ』と鎖を左手首辺りから巻き付けた。それ肘の近くまで届いていた。


「でも、まだ使うのね。」

 油断なく。


「ええ。何事も試行錯誤が大切かと思いまして。」

 丁寧な怒り。


「そっ。」

 その声は連射式銃の発射音に掻き消された。



 鎖の巻かれた左腕を体の前で振り、

「やはり、銃はお上手ですな。」

 したり顔。


「ありがとう。」

 悔しそうに。


「正確に狙った所を撃ってくるので、受けるのは簡単ですよ。」

 銀の牙は、わざと弾丸を左腕の鎖で受けていた。

「これなら、鎖に使われる事なく、鎖を使えます。」


「この連射式銃を攻略したって事かしら?」

 一瞬、手元に視線を送る。


「そう言って頂けると。」


「じゃあ、今度は私が鎖を攻略すれば良い?」

 煽る。だが、目線は観察を忘れていない。



「是非…。」

 仕返しとばかりに言い終わる前に右手を振りかぶり、渾身の力で投げた。

 飛翔する黒き塊は、白頭巾の胴体へ目掛けた必殺の一撃となる。


 想定した。

(上ならば、空中での動きは限られる。)

 何度も。

(後ろには、跳ぶより鎖の欠片が飛ぶ方が速い。)

 何度も。

(前は、もう間に合わない。)

 何度も。

(左右なら、どちらかの爪の餌食にできる。)

 対応できると踏んだ。


 だからの必殺の一撃。


 自然と体が前のめりになり構えた。



 白頭巾が選んだのは…。


 下!


 左足はそのままの位置に、右足を後ろに滑らせ床に座る。所謂(いわゆる)前後開脚の状態。

 更に、上半身は前に伸びる左足に付け、低い体制を作り出す。


「な、何ぃ。」

 想定を超える白頭巾の動きに銀の牙の反応が刹那遅れる。


 それを見逃す筈(はず)の無い…。いや、その身に刻み込んだ修練が引き金を引いていた。

 銃口を振り回しながら撃ち続ける。上下左右の広範囲に弾丸をばら撒き銀の牙に対応させない。



 遅れた反応。


 それでもと、体を捻り左半身になりながらも右に飛び、左腕を振り弾丸を弾く。


 引き続けられる引き金は追い打ちとなる。


 着地。


 体重を後ろにあずけ、量ひざを折る。そのまま、背中から床へと回転し、銃口に対する面積を減した。


 転がり、転がり、起き上がる。その姿は四足。狼の立ち姿。

 低い姿勢は低重心となり、四つの足は機動性を高める。

 そして、銃口と目線を合わせる事を嫌い、刹那同じ場所に留まらぬ速度で移動する。


 目的地、柱の陰に身を飛び込ませた。

 その代償は体に刻まれた銀の弾丸の痕。その上、かすめた痕は数しれず。

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