第56話 助ける


 苦痛は時間を引き伸ばし、一瞬の永遠を作り出す。


 不意に、肩を叩かれ永遠が終わったと知った。


 目を開けると、

「大丈夫?」

 白頭巾が心配そうに覗き込んでいた。


「はい…。大丈夫です。」

 なんとか、そう答えられた。


 断末魔の元はと見ると、黒い粒子となり霧散しながら空気に溶けて消えていた。



「残りの一匹。」

 白頭巾が子人狼へ向く。


 その声に釣られ見る神父。


 そこには、苦痛に耐えられなくなったのか人狼の姿ではなく、人間の姿の子供が息も絶え絶えに横たわっていた。


「やったね。」

 喜びの声を上げ、

「人狼の姿だと、心臓が筋肉と骨でガッチリ守られるから杭打機使わないとなのよね。」

 地面に突き立つ杭打機を見ながらながら、

「これ、再装填が面倒で…。」

 ボヤいた。


 おもむろに子供に向かい歩き出す白頭巾。


 近付くと、はっきりと判る。


 銀の輝きを持つ黒い糸に絡まったまま、相当藻掻いたのだろう子供の体には無数の線が走っている。


 そして、その虚ろな目は何かを訴えかける。


 近付く白頭巾に、微かに動く口から聞いた。

「お姉ちゃん。助けて…。」

 それは、見た目と同じ子供の声。


 片膝を付き、顔を寄せ、

「大丈夫よ。お姉ちゃんが助けてあげる。」

 優しい声だった。

「本当…。」

 苦痛の中に一瞬の笑顔。

「本当よ。」

 安堵し目を瞑る子供。



「グァァァァァァ!」

 悲鳴と共に極限まで見開かれる目。


 その開かれた目が見たものは、心臓を貫く鈍く月の光を反射する短剣と、それを握る右手。

「その魂。人に還りなさい。」


「ど、どうして…。」

 苦しみと疑問が声になっていた。


「言ったじゃない。助けるって。」

 話している間に空にしたあの小瓶を見せ、

「人狼の呪縛から助けてあげるわ。」


 子供には小瓶の意味は判らなかったが、それが今の状況に関係あると理解した。


 白頭巾を見る目が、人のものから獣へと変わり睨む目になる。

「人間がぁぁぁぁぁ!」

 伸ばす右腕は、毛に覆われ長い爪は獲物を求める。


 後少し。


 迫る爪の先端。


 触れる。


 そして、先から崩れ行く。


 まるで黒い雪。


 それは、積もる事無く空気に溶ける。



 短剣を引き抜き鞘へ戻す。


 子供だったものは支えを失ったように一気に地面に崩れ、霧のごとく広がり、やがて消えた。


 残されたのは、あの銀の輝きを持つ黒い糸だけ。

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