第3話 霊媒師

「それなあに?トランプ?」

珠理ちゃんが素っ頓狂な声を上げた。


「名刺。」

20枚の名刺を扇みたいに広げ持ったまま、ダラァと机に突っ伏した。本当に疲れた。

「知ってる。いつものことだもの。」


「いつものことなの。」


机に向かって言っているから、グモグモと彼女に聞こえているかどうか分からない。


「いつものこと。私に相談してくる人たちは、初めは必ず大量の名刺を見せて言うの。これ何って。」

とても楽しそうに聞こえる。それと同時に疑問が湧いて来た。

「あなたって一体何者なんですか?」


身体を起こしてかしこまって彼女に言った。

「私は、見習いの霊媒師。」

聞き慣れない言葉にポカンとしてしまった。それを見た彼女がううんって感じで頷く。


「何それ?」

僕が言った。

「幽霊と人を繋ぐ夢のような職業かな。それ以外は今は秘密。」

そう言って自分の唇に右手の人差し指を立てた。言えないというジェスチャーらしい。


「あ、そう。」

「何それ聞いておいて、私に興味ないの?」

顔を近づけて来た。しつこく聞いて来ると思っていたらしい。だったら絶対に聞いてあげない。


「ないと言えばウソだけど、別に秘密を無理に聞こうとは思わないからね。そんなことより僕って本当に幽霊見たの?」


「はあ、今さら何言っているの?そんなに現実が信じられないの?見たんでしょう。」

脅しのように聞こえた。はいと言わされた。


「見たけど、見ましたけど。でも、それ以来一切見てないし。何かの間違えじゃないかなあ。」


「なんて、甘い願望。いい、幽霊を見るには、いろいろと条件があるの。疲れていたら見やすいとか、見やすい場所とか時間帯があるとか、霊感が強い人と一緒に居るとか、そういうのが重なって見える場合があるの。たまたまそれが重なっていないだけよ。」


「じゃあ、僕が幽霊を見たのは、珠理ちゃんがいたから、偶然見えたんだ。」

嬉しそうだな、自分の声を聴いて純粋にそう思った。

「それは、あると思う。私は、普通の人の何十倍も霊感強いから、見えやすくなっていると思う。」


「やっぱり。」

なんか勝った気分だ。

「なに、笑っているの?言っておくけど、私と一緒に居て見えない人には絶対に見えないからね。見えるってことは、見えるってことなんだからねえ。」

彼女は興奮していた。何を言っているのかよく分からず、首を傾けた。彼女がさらに言った。

「それに、達也君が実際に幽霊を見えるかどうかが問題じゃなくて、見えることを知られてしまったことが問題なの。」


「何のこと?ていうか誰に。」


「幽霊たちに。」

にやっと彼女が笑った。いたずらに成功した子供のように悪そうな笑顔だ。

「いまさら聞くけど、私があなたは幽霊を見えるってなんでわかったと思う。」

じっと見てきた。目を逸らそうとするけど合わせてくる。あきらめて目を合わせた。白い歯を見せくちゃっと笑っているけど目だけは真剣だ。100点満点の作り笑いそう思った。気をつけないとその目に吸い込まれそうだ。

「僕の視線を見てだと思ったけど、その言い方だと、幽霊に教えてもらったの。」

真似して笑ったつもりが、贋作とすぐにばれただろう。

「うん。バカそうだけど以外に頭いいんだね。正しく言うと幽霊が話しているのを聞いただけどね。」


目を大きく開け驚いたふりをした。心の底から彼女は僕をバカにしてくる。話すのがとても嫌になる。


でも、彼女の世界に肩まで浸かりたいと思っている自分も居た。彼女は幽霊以上に不思議な存在だ。


「幽霊の声が分かるの?」


「分かるのは分かるの。あと、話せる幽霊もいるしね。達也君はそこまで霊感強くないから無理かもしれないけど。」

とても適切に答え、さらにこちらが話しやすいように冗談ぽく言う。完全に彼女のペースだ。


「別に、話したくないよ。幽霊なんかと。」

嫌々答える。話の内容が嫌なだけ、そう感じるようになってきた。彼女は心理学でも勉強しているのか?


そう思うぐらい感情をぐらぐらと揺さぶられ、思っている以上に気を許してしまっていた。詐欺師のやり方だ。僕はそう思った。


突然彼女が軽く叱りつけるように語尾を荒げて言った

「幽霊なんかとはなによ。膝の上に、幼稚園ぐらいの少女乗せているくせに。」

慌てて椅子から飛び立った。背もたれに足が引っかかりイスごと倒れ尻もちをついた。彼女も慌てて立ち上がり見えない何かを優しく掬った。ミニ柴を抱えるみたいな腕の形をして、何もない何かを見つめていた。


「もう、何しているの。可愛そうじゃない。」

軽く睨みつけて来た。大丈夫?と言ってくれるのを期待した自分が悲しくなってきた。


「何の話しているの?」

胸の前の体から少し離した所で手のひらを体側に曲げ組んでいた。腕は軽く曲げて肘から先は水平でそこに何か乗せることが出来そうだ。僕には何も見えずただ、腕と体の間には彼女のふっくらとした胸で膨らんだ制服が見えるだけだ。


ゆっくりとそのまま座った。左腕で何かを包み込んでいて、右手は顎の近くで手のひらを下にして浮いていた。


「言ったじゃん。膝の上に幼女が座っているって。急に動いて床に頭ぶつけたじゃん。大丈夫だよ。痛いの痛いの飛んでいけ。」


彼女は何かを撫でている。見えないけど分かった。

「え、そこに居るの?」


彼女の左腕のあたりに手を置こうとした。

「あまり、こっちに来ないでね。彼女あなたのことすごく睨んでいるから。噛みつかれるかもしれないよ。」

慌てて手を引っ込めた。


「幽霊ってそんなに怖いの。怖くないっていったのに。」

震える声で言った。彼女は北国の1月の風のように睨んだ。


「あなたが彼女を床に投げ捨てたからでしょう。そんなことして怒らない方が不思議だよ。幽霊のことあなた何も知らないし、それに知っているその知識ってほんの一部の悪い霊のことだけ。多くの幽霊たちは良いものなの。良いものっていうか純粋。本当に純粋。楽しい時は楽しく嫌なものは嫌。嘘をつけなく、全てを信じて何も疑わない。」


愛猫を膝の上に乗せているみたいに、手を動かし時折それを見ながら話した。ただ、僕にはそれが見えないのでただの奇行にしか見えない。さらに彼女が続けた。


「ひどい幽霊もいるけど、それは、人間も同じことでしょう。集団があればそこに悪いものは絶対にあるに決まっているわ。そこに良いものがあるから。それに一般的に悪霊と言われているのは、人間だったのが幽霊になった場合。それは、とても稀なケース。稀なケースだけど有名だね。多くの人たちの幽霊信じるか信じないとか、心霊スポットに居るのはこの場合のこと。その幽霊たちは強いからね。霊感がほとんどない人たちでも見えるときがあるから、そればっかり目立ってしまうの。」


その悲しそうな表情は幽霊に同情しているからだろうが、僕には一切理解できなかった。怖いものは怖いただそれだけだ。


「ほとんどの幽霊は私たちに何もしないよね。」


彼女がふふと静かに笑い始めた。そして僕の頭の上に視線を持って行った。突然すぎて憑依されたのかと思い、恐る恐る聞いてみた。


「後ろに誰かいるの。何笑っているの?」


「いや、後ろにおじさんが面白くて。私の話にずっと頷いているの。それで、頷くたびにあなたの肩の上に当たっているの。たぶん、わざとでしょう。私を笑わせようとしてね。」


全然おもしろくない。さっきから、鳥肌が止まらない。


「これで分かったでしょう。幽霊は見えない人には絡まないの。幽霊にも人間を見える幽霊と見えない幽霊もいるけど、こんなに絡んでいることは、達也君のことを確実に見えているってこと。幽霊が見えるのは霊感がある人だけ。今、達也君は確かに見えてないけど、幽霊に見えているってことは、分かるよね。」


分かりたくないけどそうしか考えられない。幽霊って思った以上に人懐っこいんだなあ。なんてカワイイんでしょうと思うことは到底できそうにない。


「まあ、こんなに絡んでくる幽霊は珍しいだけどね。よかったねえ。」

無邪気に笑った。嫌味で言っているのではなく、本当に良いことだと思っている顔だ。だからとても彼女は厄介だと思った。


「良くない。」

彼女を睨みつけた。八つ当たりだと思ったが特に彼女は何も反応しなかった。珠理ちゃんは相変わらず膝の上を不自然にあけて、手を動かしていた。


「ねえ、こっち来て。」

手招きした。そうされても一歩もイスから動かなかった。


「大丈夫よ。もう怒ってないから。ねえ。」

お願いするように、こちらに手を合わせてきた。そこまでされると心が動く。それに彼女がわが子のように大切に膝に抱えている幽霊に見て触れてみたいそう思っていた。


 どうしようか迷っていると、早くしてと彼女に急かされたので慌てて立ち上げり彼女のところへ行った。


「気を付けてね。膝の上に彼女が寝ているから。」

彼女の後ろに周り込んだが何も見えない。全て彼女の演技なのではないのかと思っていると彼女が言った。


「私の肩に手を置いて。」

ダークブラウンのシュシュで肩甲骨まである長い髪を一束にした。

戸惑ったがここでぐずぐずしていると嫌らしい想像しているのと誤解されそうだから、すうと彼女の右肩に置いた。


制服の柔らかさが彼女の肌と温もりと勘違いしドキドキした。


「可愛いでしょう。チーちゃんだって。」

お母さんのような優しい声で言った。彼女の長く真っ直ぐなまつ毛の先に背中を丸めて彼女にしがみつきいている幼女が寝ているのが見えた。紺色と白の横の縞模様の半そでに、白と黒チェック柄の長ズボンを履いていた。

年齢は3歳ぐらいだろう。幽霊には見えない。ぷっくりとしたほっぺに赤みがあり、触れれば温もりを感じそうだ。


夏の太陽に干したてふとんと甘酸っぱい汗のにおいが混ざった香りが、鼻に染みてくる。その匂いに気が付いたころには、舐められそうなほど近くに彼女の耳があった。


勢いよく彼女から離れた。


驚いた様子でこちらを見る彼女の膝は不自然にスカートが折れているだけで先ほど見た彼女は居なかった。


珠理ちゃんと目が合った。最初から見てないみたいに黒板のシミをじっと見つめた。そっと下を向いた彼女を視界の端に入れながら。じんわりと耳が熱くなった。


「珠理ちゃんって大変だね。幽霊に絡まれて。」

沈黙がいたたまれずに言った。喉に何かが詰まって最初の5文字を言った後、一度咳をして言った。余計に緊張してしまった。


「こんなことは初めてよ。話しかけられることはたまにあるけど、こんなに触れ合ったのは初めて。」


何も変わった様子は声から感じなかった。別に彼女には伝わっていなかったらしい。ほっとしたがちょっと悔しかった。


「人間に触れる霊って少ないの。いくら、私が霊感が強くても。じゃないと学校の廊下なんて歩けないわ。もう帰らないと。学校にはたくさんいるからね。」

ゆっくりと彼女が立ち上がった。チーちゃんはしっかり抱かれているのだと見えないけど分かる。こっちを振り返らず教室から出た。慌ててカバンを持ち、彼女が座っていたイスを元に戻して後を追った。

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