震撼

判家悠久

第1話 2018年9月1日 始業前 東京都港区高輪 鴉鷺商事本社 サバイバルコンペティションフロア 前兆

 2020東京オリンピック景気に、俺達のプロジェクトは波に乗った。


 まず俺は鴉鷺商事株式会社名古屋支店勤務だった。一年下の山県が根気よく、名古屋拠点のともしびホテルに営業攻勢を掛けて、トップダウンの元、通信関連機器を一手に任された。

 そこに至る経緯はこんな感じだ。面子は同じ名古屋支店の、俺販売補佐の三船救真、営業の山県和雄、山県の後輩正木美智雄、庶務の和泉彰子女史になる。名古屋名物の手羽先を囲んではああだこうだで、俺が実行可能な採算案を策定、それを和泉女史がとんとんと提案書にまとめあげ、駄目元で山県と正木が、ともしびホテルにプレゼンテーションをしたら、難無く稟議が通ってしまった。とは言えMVPは、他ならぬ山県の根気強さに他ならないが。


 商談を成立させたポイントは、ホテル施設内の通信機器の何らかの5%の不具合を如何に素早く交換出来るかだった。ここは鴉鷺商事の伝手の東南アジア各工場との親和性が有る。機器の不具合もほぼ無いものの、トータルケアプランの名の元に、七面倒くさい手続は排除して、機器の警報が出たら、東南アジア工場即時手配され、それによってサービスマン自動手配。これで大量在庫の陳腐化も無く、あらゆるロスを排除し、互いの最適化を叶えた。ここ先進さも好印象だった様だ。


 しかし、いざ2018年立春のプロジェクト立ち上げ以降、発注・手配・システムバグチェックとなると、名古屋支店は手狭になった。

 幾日も渡り名古屋支店に泊まっては、見かねた支店長が高輪本社に相談したところ、緊急措置として俺達山県三船和泉正木の本社栄転が決まった。幾多とあるプロジェクトで抜群の成績のみ敷居を跨げる、あのサバイバルコンペティションに参加かと、名古屋支店全員が万歳三唱で送り出してくれたが、気掛かりは和泉女史だった。

 同期の和泉女史は結婚3年目、子供はいないもの、さすがに俺達は気が引けた。だが和泉女史は、そこを容易くも宜しくとばかり。


「…本社のサバイバルコンペティション手当と、週末の新幹線チケット確保はあると、旦那に話したら、行って来いだって。ねえ、男ってそんなものなの…」


 俺は答えに貧しては、流石に東京オリンピック前には納品・設置・警報システム最終バージョンも終って、名古屋に帰れるだろうと繰り出し、ここは旦那の家事再教育って事で良いんじゃないかで終らせた。

 まあ余りにも、素っ気ない事を言っては、和泉女史から一瞥を食い、これだから三船はのいつもの顔された。つい思うのだが、何が正解がなのだろう。エスプリジョークとはとても思えない。


 そして現在の光景が戻る。

 ふと、歴戦の猛者サバイバルコンペティションの一同が占める高輪本社フロアに、鴉鷺商事オリジナルの朝の体操の音楽が鳴り始めると、憎たらしい程の笑顔で山県が隣りに密着してくる。共に体操し筋を伸ばしながら。山県がただデレる。


「三船さん、やっぱりあの尻、昨日のレイカですよね。いやー、大塚のキャバクラも侮れないですね」

「おい、和泉女史に聞こえるぞ」

「小声ですから、聞こえませんて。で、」

「まあ、そこはいいや。レイカは確かに孫さんだよ。いくら化粧しても、地の声色は変えられないさ」

「いやいや、それですけど。高飛車な派遣社員の中の、その、最もの孫さんですよ。無いですって、別人の余地有りますよね。何か、信じられないな」

「山県、あの地味な服装でごまかされるな」

「そうかな。普通ですよ、同じフロアの人間と、ばったりアルバイトのキャバクラで会ったら驚きますよね」

「それだけ、深い事情があるって事だ」

「えっつ、何か知ってるんですか」

「さあな、女はここからが怖いぞ」

「またまた、」


 朝の体操が終ると、毎朝のサバイバルコンペティション統括部長民澤さんの長い訓示が始まる。まあ、あの白髪混じりの立派なあご髭から出る言葉は、冗長過ぎる向きはただある。今日はまたピケティの話だ。日本の社会保障は万遍なく頂くが持論らしいが、その消費税増税で現場がどんなに苦い顔しているか分からないものか。さて、どうなのかな民澤統括部長。


 不意に皆が固まり、民澤統括部長が咳払いをすると一気に話をまとめ上げる。


 そして、遠くからの視線に業務管理部の孫紅華の口角が上がった頬笑みが、俺に向けられる。これは明らかな宣戦布告の始まりだろ。

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