温泉回と醸造場巡りと自作ビール「知らない、天井っス……」

・一話完結スタイルです。

・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。

・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。


ビールが苦手気味だった新社会人”舞浜みつき”が、先輩や同僚たちと、日本各地で作られたおいしいビールと出会ううちに、いつのまにかビールを好きになったり、それなりに知識がついたりつかなかったりする物語。


 § § §


 新社会人の舞浜みつきは、寝ぼけながらクッションに顔をうずめていた。

 肌触りのよさにさらに密着させると、すりすりと頬ずりをする。


(んー……うちにこんな柔らかなクッションあったかなぁ……? なんだかいい匂いもするし……)


「──ぁん」



(どうしようこのクッション、なんだか色っぽい声をだすなあ……?)


 寝ぼけた頭でぼんやりと考えていたみつきだったが、クッションがしゃべるわけないじゃん! と思った瞬間、昨晩の出来事が脳裏に蘇ると、状況を理解して上半身を起こした。


(そっか……昨日はみんなでビールの醸造場巡りて、工場見学して、たくさん試飲して……旅館に戻ってからもまた飲んで──)


 そう思い返しながら周りを見回すと、並べて敷かれた布団が視界に広がる。

 その中には、自分が昨日割り振られたはずの布団も。


(あっちゃー……ってことは、今いるこの布団は……)


 恐る恐る視線を下げると、会社の社員寮の先輩の寝姿が、自分のすぐ隣に。

 艶っぽい姿をその場で見せているのは、管理部門で秘書業務を担当している栗色の長髪のお姉さま、軽井沢夏夜、通称カヨちゃんである。

 自分が先ほどまで顔を埋めていただろう箇所も露わになっており、見えてはいけないものも若干視界に入る。


(──ッ!!)


 思わず赤面したみつきは、証拠隠滅、証拠隠滅……と心の中で唱えながら、急いで夏夜の首元まで掛け布団をかけた。


(ふぅ、セーフ)


 息を吐いて気持ちを落ち着けると、改めて周囲を見回す。


(あれ、カヨちゃん先輩との間にまなか先輩が寝てたはず、、、もしかして、気が付かずに先輩を乗り越えたんじゃ?!)


 背筋が冷えるみつきの耳に、お風呂の湯船からお湯が溢れ流れるような音が微かに届いた。


(あれ? 確かあっちは……)


 もぞもぞと布団を抜け出し、着ている浴衣を整えると、音のする方へと向かう。

 そこは、障子風の仕切りで区切られた、部屋付きの露天風スペースである。


 ──さらさらさら……カコーン……


 お湯をかけ、桶を置いたかのような音が聞こえてくる。

 みつきは仕切り越しに、ためらいがちに声をかけた。


「あの、まなかさん……ですか?」


 一瞬の静寂。そして想像通りの声が返ってくる。


「……あ、ごめんみつきちゃん、起こしちゃった……かな?」

「いえいえいえ」


(さて、それじゃあ私はどうしょうかなあ?)


 ひとまずまなかの居場所を確認してホッとしたので、二度寝でもしようかなあと思っていたみつきに、まなかがおずおずと提案を投げた。


「あっ、もしかして……。えっと……もしよかったらだけど、いいよ。おいで……」

「えっ? あっ! はい、それじゃあお言葉に甘えて……」


 突然のお誘いに、思わず情景反射で答えるみつき。

 みつきはただただ、お風呂に入っているのがまなかかどうか確認のつもりだったのだが、まなかの先読みをせっかく不意にするのもどうかと思い、お誘いを受けることにした。

 脱衣スペースには、まだまだ未使用のフワフワタオルがたくさん残っているので、浴衣を脱ぐだけで済む。


「お邪魔、しまーす……」


 みつきが仕切りを開けると、ちょうど体を洗い終えたまなかが、湯船に浸かるところだった。

 途端に、浴槽の檜の香りが広がる。

 先に入っていてごめんね? というような顔を見せながら、まなかが声をかける。


「やっぱり、たくさん入りたいよね……温泉……」

「はい! そうなんですよ。私、温泉はたくさん入りたい派なんですけど、昨日はたくさん飲んでたからちょっと我慢してて。朝起きたら入ろうと決めてたんです!」


 みつきは気恥ずかしさを隠すように、テンション高めに掛け湯をし、湯船に入る。


「ふわぁー」


 浴槽は広く、女性が3人で入っても余裕がある広さである。

 湯船の向こうには水平線が広がり、波の音と湯船に注ぐお湯の音が静かに流れる。

 まなかは笑顔を浮かべた。


「ふふふ……思わず声、出ちゃうよね」

「へへへ」


 みつきは照れ笑いを浮かべると、昨日までの出来事を振り返った。


「それにしても、ビールを作ってる工場ってたくさんあるんですねえ。しかも、たくさん試飲できたり、いつのまにかマリ姉が途中で抜けてビール作りにいっちゃうとか、いろいろ想定外でした。宿でもクラフトビールが出てくるし!」

「そう……だね。この辺りは美味しいビールを飲む作る醸造所さんがたくさんあるから……かな? マリ姉はお仕事柄、全国の醸造所さんとお付き合いあるから、おススメの醸造所巡りルートとか温泉宿とか、入れこんでてくれたのかもね」


 タイミングを計っていたかのように、露天風呂と脱衣所を結ぶ仕切り戸が開く。

 顔を覗かせたのは話題の人、川越毬花だ。


「呼んだ?」


 そう言うが早いか、脱衣所から全裸で飛び出すと、一気に湯船に飛び込んだ。

 お湯が一気に溢れ出る。


「あはは、ごめんごめん」


 悪気がなさそうに謝ると、豪快にわははと笑い声をあげ、さっきまでの会話が聞こえていたのか補足を始める。


「ここの宿、たくさんのブルワリーさん、あ、醸造所のことね? にオススメされたところなの。ずっときたかったんだけど、こんなにいい部屋、何か機会がないと勿体なくてねー。いやー、それにしてもブルワリー 巡り、楽しかったねえ」

「はい、楽しかったです! 結構全国各地にあるんですか? もっと行ってみたいなぁ……」

「そーだね、いろんなとこに結構あるよ。でも、クラフトビールって少規模で作ってるとこも多いから、工場見学的なことをしてないとこもあるの。問い合わせるのが負担になっちゃうこともあるから、サイトとかで確認するといいかな。ちなみに、見学とまではいかないけど、作ってる様子が窓越しに見えるお店、都心にも結構あるんだよ? 君たちの寮の近くにもね、まなニャン」


 まなかが無言で頷くのを横目に、毬花は説明を続ける。


「ちなみに昨日途中で抜けちゃったのは、ビール作りっていうか、設計? したビールの途中の状態を確認にね。作り始めはずっと前だし、出来上がりもまだ先なんだけど、急に思い出しちゃってちょっと味見しに」


 手を合わせて謝罪のポーズを見せる毬花に、みつきは質問を投げかけた。


「もう、はぐれたかと思って心配したんですからね! むー … でも、ビールって個人でも作れるんですね!」

「うん、私の場合は店で出すためのオリジナルビール作りだけど、結婚式とかの記念とか、ビール好きが集まって個人で作る人もいっぱいいるよ」


 2人の会話に、まなかが横でさらに強い勢いで首を縦に振り、目を輝かせながら口を開く。


「ビールの種類、味、苦さとか、いろいろ選べるんだよ。フルーツ果汁を混ぜたりできるところもあるんだよ……」

「へぇぇ、凄いんですねぇ。私もいつかビール作り経験してみたいなあ。ちなみにマリ姉はどんなビールを作ってるんですか?」


 みつきのといに、毬花は急にスイッチを入れて営業スマイルを浮かべる。


「それはご来店いただくまでのお楽しみですお客さま。樽がつながったら連絡入れるから、ね」


 みつきとまなかは思わず顔を見合わせて、さすがマリ姉と笑い合うのだった。


 § § §


 川越毬花の妹、瑠璃は、部屋の露天風呂から聞こえてくるかしましい笑い声で目を覚ますと、昨晩から絶対に言おうと思っていた言葉をつぶやき、再び目を閉じるのだった。


「知らない、天井っス……」

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