白ビール 「わ、こんなに白いんだ……!」
・一話完結スタイルです。
・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。
・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。
今年の春から社会人になる 舞浜みつき は、ビール好きの教育係 常陸野まなか から、日本には大手メーカーが作る以外にもいろいろなビールがある事や、その場で作られたビールをすぐに飲めるお店が身近にある事を教えられる。
そんなみつきが、ふんわり楽しくお気軽に、先輩や同僚たちといろいろなお店でいろいろなビールを飲むうちに、いつのまにか知識がついたりつかなかったりする物語。
§ § §
今年から新社会人となった舞浜 みつきは、配属部署での個別研修に慣れず、朝から頭を酷使してお疲れモードだった。定時になってようやく集中が解けると、先日知ったフルーツビールの果物の甘さや美味しさを思い出し、隣席の常陸野 まなかに上目遣い気味におねだりをした。
「まなかさん……今日もアフターファイブ、しませんか? あのお店で」
みつきの教育係であり、寮の隣人でもあるまなかは、タイピングしていた手を止めてみつきの顔を眺める。リップサービスからではなく、本当に行きたくて言っているのだと顔に書いてあるような表情が見て取れた。
「……少しゆっくりめで帰り支度しててくれる? あと5分で、これ片付けるから」
§
30種類ものビールの注ぎ口が見える、カウンターの一角に2人は並んで座る。
「まなかさん、フルーツビールの次に挑戦してみるといいジャンルってないですか? この前飲んだフルーツビール、すっごく美味しくて、他にも美味しいジャンルのビールがあるんじゃないかって……」
みつきの質問に、少し考えながらまなかは答えた。
「……味の好みは人それぞれだし、体調によっても感じ方違うの。だから、絶対にこれ、っていうのは言えない……んだけど……。白ビールっていうジャンルはどう、かな? バナナみたいな優しい感じがあって、疲れた時は、私も飲みたくなる。今日なら銀河さんのとか、やくらいさんのがいいかも……」
新人研修の疲れも配慮したビール選びに、まなかの思いやりを感じとり、みつきは顔をほころばせる。
「うぅぅ、沁みます、まなかさんの優しさ。その優しさ、両方ともいただきますっ!」
疲れからか、若干妙なテンションとなっているみつきに苦笑を送りながら、まなかは店内に視線を向けた。
「……マリ姉、8番と13番、あと15番をお願いします」
§
「わ、こんなに白いんだ! だから白ビールなんですね。いただきまーす……」
2杯受け取ったビールの色に驚きつつも、みつきはすぐにビールを口に運んだ。
「凄い……全然苦くない! フルーツビールだけじゃないんですね、苦くないの。こっちはなんていうか、じんわり染みる優しい感じというか……あれ、こっちは少しピリッとするっていうか……」
「……先に飲んだのは、バナナみたいな香りって表現されることが多い。後に飲んだのはコリアンダーっていうスパイスが使われてるの。どちらも白ビールのジャンルの中の、ヴァイツェンっていうビール……」
「えっ! 同じビールの名前なのに、こんなに味が違ってもいいんですか?」
「うん。作り手さんによって全然味が違うの。面白い……よね?」
まなかは、悪戯っぽい表情を微かに浮かべ、さらに言葉を重ねる。
「ちなみに、ヴァイツェンでも色が黒いのがあるんだよ......」
「えっ? 白ビールなのに黒? むむむ......」
そんなやりとりを聞いていたのか、まなかがマリ姉と呼んでいる店員──鞠花さん──がやってきた。
「あはは、この前言ったように、ビールって、沼でしょう? でも、楽しみ方なんて人それぞれだから、自分が好きなビールを見つけて、美味しく飲んでくれればいいの」
鞠花の言葉に、まなかがその通りだと言いたげな顔で頷いている。
「ところでみつきちゃん、どちらのヴァイツェンも大丈夫だった?」
「はい! 今日も2杯ともいただきます!」
「そう、よかった。横のお姉さんが、もう一杯頼んでいいか不安そうな顔してたから。ね? まなニャン?」
「……そんな顔、してないです……21番追加でお願いします……」
後輩の前であだ名を呼ばれたのが恥ずかしかったのか、まなかは少し俯きめながらも追加オーダーを頼んだ。
§
寮への向かう道すがら、隅田川にかかる橋を渡りながら、まなかはみつきにふと話しかけた。
「……ビールの知識があれば、楽しみ方もその分広がると思う。だけど、楽しみ方は本当に人それぞれ。だから、ゆっくり無理せず見つけてほしい。仕事もそう。無理せず」
「はい! ビールも仕事も楽しめるように頑張ります!」
「……頑張り、すぎないでね」
こうして、みつきのクラフトビールデビュー2日目の夜は更けていった。
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