黒ビール 「練乳、っぽい? 後からふんわり抹茶感も」

・一話完結スタイルです。

・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。

・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。


今年の春から社会人になる 舞浜みつき は、ビール好きの教育係 常陸野まなか から、日本には大手メーカーが作る以外にもいろいろなビールがある事や、その場で作られたビールをすぐに飲めるお店が身近にある事を教えられる。

そんなみつきが、ふんわり楽しくお気軽に、先輩や同僚たちといろいろなお店でいろいろなビールを飲むうちに、いつのまにか知識がついたりつかなかったりする物語。


 § § §


(うぅぅ、情けない……)


 舞浜 みつきは凹んでいた。

 部署での個別研修を終え、電話番を任されたみつきは、この日、大変張り切っていた。その張り切りが空回ったのか、電話応答でちょっとしたミスを重ねてしまったのだ。

 周りの先輩たちはそんなもんだよと笑顔を向けてくれるが、大事な会社の顔である電話応答でヘマをしたという思いと、先輩たちの気を使った笑顔が、みつきをさらに凹ませていた。


「みつきちゃん……もう、定時過ぎてるよ……お店、一緒に行こう?」


 みつきの教育係であり隣席の常陸野 まなかは、口下手で人見知りの気がある。そのため、いつもなら自分からはめったに人を誘うことはない。しかし、あまりのみつきの凹みっぷりに思うところがあったのか、この日は自ら誘ったのだった。


「──はぃぃ……帰り支度もできてなくて、すみません……」


 みつきは涙目になりながら急いでパソコンの電源を落とした。


 §


 2人がいつもの定位置に座っても、みつきはまだ凹んだままで、メニューを見る目もうつろだった。そんなみつきをじっと眺めた後、まなかはメニューを見て少し考え、口を開く。


「……みつきちゃん、今日は黒ビール、挑戦してみない? 好みと合わなかったら、別のと交換して私が飲むから……」

「……はい、だいじょうぶです。頑張ります……」


 その返答にまなかは小さく頷くと、店員の鞠花に声をかける。


「マリ姉、2番と、23番と24番。お願いします」


 §


「おまたせ。順番に、2、23、24ね。もう、ここ勧めちゃうのね。まなニャン、やるねぇ」


 鞠花はビールを置きながら微笑むと、別の客が座るテーブルへと去っていった。


「こっちが丹波路さんの抹茶ミルクスタウト。こっちが金しゃちさんの金しゃちブラック。好みと合わなかったら言って。私、どちらも好きだし、交換していいから」

「はい……いただきます……」


 まなかの銘柄説明も話半分に聞き流していそうな雰囲気のまま、みつきはビールに口をつけた。すると、一口飲んで目を見開いて驚いた。


「あっ! 甘!! ええーっ?」


 みつきは今までの落ち込みようがどこかに消えてしまったかのように、味を確認し始める。


「んー……練乳、っぽい? 後からふんわり抹茶感も──。ひゃ! こっちは燻製の味!!」

「……そう。抹茶ミルクと燻製。両方とも、大丈夫だった?」

「はい! びっくりしましたけど、すっごい面白いですねこれ! しかも、甘いのと燻製とずっと交互に飲んでられそう」

「……よかった。元気、出たみたいで」


 ようやく笑顔を見せたみつきに、まなかはようやく安心した表情を見せ、補足といつもの追加オーダーをした。


「……黒ビール、今日の味のようなものの他にも、いろいろな味があるんだ。今度また試してみてね……。すみません、マリ姉、4番追加でお願いします」


 §


 寮への帰り道、スカイツリーが遠くに見える路地を歩きながら、みつきはポツリととひとりごちる。


「……私、黒ビールって、コーヒーみたいに苦味がある、普通のビールよりももっと飲みにくいものだと思ってました……」


 まなかは、みつきの顔をしっかり見つめ、答えた。


「……何でもそうだけど、見た目で苦手って判断するのは、勿体ない、よね……。みつきちゃんは失敗したって凹んだ、かもしれない。けど、部署のみんな、同じ失敗してるから。みんな、懐かしいなって思ってるだけ、だよ」

「──うぅぅ、私、まなかさんや皆さんのいるこの会社に入れてよかったです……」


 まなかは、目に涙を浮かべたみつきの背中を優しく撫でた。空には雲ひとつなく、まるで黒ビールみたいだなとみつきは思ったのだった。

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