恋愛戦闘姫(可憐な乙女な訳じゃない)

九丸(ひさまる)

酔っ払いな戦闘姫 1

「ねえ、マスター、なんかもう一杯ちょうだい」

「誰もいない時は、その呼び方やめてよね」

「じゃあ、ママ、もう一杯」

 あたしが呆れ気味に言うと、マスター、じゃなかった、ママは茶色のお酒をストレートで出してきた。

「ねえ、なんか、凄いキツそうなんだけど」

 ママは、そう言うあたしを見て、

「あんたなんか、それ飲んで、さっさと酔っ払って帰ればいいのよ」

とつれなく返してきた。


 ここは、BAR PERSONA。

あたしの行きつけのお店。

何でも気軽に話せる、おねえのママがやってる、こじんまりしたお店だ。


 あたしは出されたキツそうなお酒を一口飲んで、やっぱりキツいじゃんと思いながら、ママに言う。

「ねえ、何でマスターって呼んだらダメなの?」

 ママはグラスを拭きながら、あたしの顔を見て言った。

「解放されたい時もあるのよ。例え仕事中でもね」

「使い分け面倒じゃない? もうさあ、そういう店でいいじゃん。実際そうなんだしさあ」

 ママはしみじみと返してきた。

「人はね、仮面を付けたり、外したりしながら生きてるのよ。それにね、わたしはこの仕事に、そういうの持ち込みたくないのよ。腕で勝負したいの。わたしの憧れの師匠のようにね」

「でもね、わたしは弱いから解放されたい気持ちにもなるわけよ。だから、あんたみたいなのがいてくれて助かってるのよ」

 助かってるの言葉に、ちょっと嬉しくなったけど、隠すように、お酒を一口飲んで返す。

「ごめん、言ってる意味ぜんぜんわかりません」

 ママはため息をついて、

「だから、あんた位がちょうどいいのよ。わたしには」

と呆れ顔で言った。

 ちょうどその時、ドアベルがなり、一人の男性が顔を覗かせた。

「こんばんは。お邪魔していいですか?」

「どうぞ。いらっしゃいませ。鈴木さん」

ママは渋い大人の男の声で、迎い入れた。

 切り変わりはやっ!

いつもの光景だけど、あたしは心の中で、いつも通りにびっくりする。


 鈴木さんとは何度か、このお店で会っていた。

東京から転勤で来ていて、お店の評判を聞いて訪れて以来、常連になったみたい。

意外と評判いいじゃん、マスター、じゃなかった、ママ。


 鈴木さんは、あたしと三席離して座り、こちらを見て挨拶してくる。

「こんばんは。またお会いしましたね」

 カウンター八席のこじんまりしたお店だから、三席離れていても、そんなに遠く感じず、また近すぎでもない。

やるな、鈴木さん。

ちょうどいい距離感を分かってらっしゃる。

たまにいる、いきなり近くに座りたがる男にはうんざりだ。

その点、鈴木さんはスマートそうだ。

まあ、あたしが鈴木さんを気に入ってるから、多少の贔屓目はあるかもね。


 あたしも、笑顔で返す。

「こんばんは。お会いしちゃいましたね」

ママがこっちを見てたけど、それは無視。

 鈴木さんは、ママにドリンクをオーダーした。

「ギムレットをください」

「かしこまりました」

ママが恭しく答えた。


 鈴木さんは、ママの所作を楽しそうに見てた。

 ママは見た目は四十過ぎの、がたいのいいオッサンだけど、まあ、見ようによっては渋い大人の男に見えなくもないような。

 そんな見た目とは裏腹に、ママのカクテルを作る動作はとても繊細で柔らかく、優美にさえ思える。

見た目からは想像がつかない。

なんていうか、女性的な?

いや、実際心は女だもんね。


 冷えたカクテルグラスに、シェーカーから、白濁した液体が注がれて、鈴木さんの前に、すっと出された。

「お待たせしました」

 ママの渋い声に鈴木さんが続ける。

「ありがとうございます。いただきます」

 ふちの手前まで入ったカクテルグラスを優しく持って、口許に近づけ、一口飲む。

なんか、そんな鈴木さんの姿から目が離せない。

また感じる、ママの視線なんて気にならないほどに。

「美味しいです。この少し感じる甘味が、またいいですね。最近は甘味を入れない店が多いのに。僕はマスターの作る、柔らかいギムレットが好きです」

「ありがとうございます。そう言っていただけると、素直に嬉しいです」

 鈴木さんは、また一口飲んで、ちょっと不思議そうな顔で、ママに話しかけた。

「このお店に顔を出すようになってから、マスターのカクテルはいろいろと飲みましたが、どれも繊細で、何というか、女性的な一面を感じます。あ、すみません。変な意味ではないのですが。とても優しい気持ちになれるような」

 鈴木さん、それ当たりです。

あたしはそう思いながら、ママの顔を見た。

あれ? なんか、顔が赤いような。

「鈴木さんは、感受性の豊かな方ですね。私も作り甲斐があります」

 ちょっと、若干声上ずってるんですけど……。

おい、オッサン! まさか惚れたの!?

ちょっと、待ちなさいよ! あたしが先に目をつけたんだからね!

ん? でも、まあ、心配することもないか。

鈴木さんにその気があるわけじゃないだろうし。

まさかないよね……。

 とりあえず、そんなことは置いといて、せっかく近づけるチャンス到来。

何回か会ってるけど、そんなに話してないし、この機をものにするべし。

 あたしは、鈴木さんに話しかけた。

「お仕事帰りですか?」

会話の入りはシンプルに。

あたしの持論だ。

「はい。ちょっと長引いてしまって。高橋さんも仕事帰りなんですか?」

鈴木さんは、こちらを向いて、にこやかに答えてくれた。

 よし。名前は覚えてもらってるみたいだ。

「わたしは、ちょっと飲みたい気分になって。それで」

 言いながら、視線は鈴木さんからさりげなく外して、手元のグラスに落とす。

わざとらしいと思うでしょ? でもね、これくらい分かりやすくやらないと、相手の気は引けないからね。

「どうかされたんですか? あまり元気なようには見えませんが」

 ほらね。心配してきたでしょ。心配はさせるものなのよ。

「ちょっといろいろあって。人間関係って難しいなあって」

 悩んでる理由は人間関係がいい。どうとでも応用きくしね。

 あたしは鈴木さんに視線を戻して、訊いた。

「鈴木さんは、人間関係とかで悩むことないですか? わたしは就職して四年目なんですけど、上手くいかないことも出て来て」

 ここでさりげなく、こっちの年齢のヒントを出す。

だって、ストレートに訊きづらいでしょ? 男の人って。

「そうですか。僕も就職して六年になりますが、悩むことはありますよ。仕事には慣れていくけど、その分、人間関係が重くなっていくような」

 これで鈴木さんの年齢もだいたい分かったわ。

相手の情報が欲しい時には、自分の情報も小出しにする。これもあたしの持論。

「そうなんです。些細な事なんですけど、最近ぶつかることがあって。わたしって、ぜんぜんダメだなあって。自信なくしちゃいました」

 ここで、はあ……っとため息を。

だから、こんだけオーバーじゃないと、伝わらないんだって!

 鈴木さんは、ちょっと間を置いて、優しい声で言ってきた。

「そんなに落ち込まないでください。僕じゃ力になれるか分かりませんが、良かったら話してください。きっと少しは楽になりますから」

「いいんですか?  聞いてもらっても」

「もちろんです。もし良ければ、お隣に行っても構いませんか?」

よし! きましたあ! あたしはそんなことをおくびにも出さずに、

「はい」

と、ちょっと切なげに返事をする。

まずは、接近戦に持ち込むことに成功。

「マスター、すみません。席を移っても構いませんか?」

「ええ。構いませんよ。どうぞ、グラスはそのままで。こちらでお持ちしますので」

 ママの返事に頷いて、鈴木さんは、あたしの右隣に移ってきた。

「失礼します」

 そう言った鈴木さんが近い。

あたしはちょっと見とれてしまった。

 鈴木さんは、そんなにイケメンってわけじゃないけど、いや、世の男性半分に割ったらイケメンだろうけど、なんていうか、雰囲気がたまらない。

知的で、優しそうで、包まれてしまいそうな。

ただの顔だけイケメンにはない、奥深さがあるような。

何か分からないけど、ほのかな甘い香りや息づかいが感じられる、そんな距離。

ちょっと、久しぶりにドキドキしてきたわ。

いや、仕掛けたのはあたし。

そんなこと考えてる場合じゃない。

 そんなあたしを、ママの声が引き戻す。

「お持ちしました。どうぞごゆっくり」

 ママの視線が痛い。刺さりまくりなんですけど。

 グラスを置いて、去ろうとするママに、鈴木さんが声をかけた。

「マスターもこちらで一緒に一杯いかがですか。高橋さんは、きっとマスターに聞いてもらいたくて、今夜は来たんだと思うんです。僕がでしゃばっちゃいましたけど。人生経験豊富なマスターの意見は、ためになるはずですから。そうですよね、高橋さん」

 おい、鈴木。あたしはそんなことは望んでない。

あたしはあなたと喋りたいの!

オッサンの話なんて、どうでもいいわ!

「分かりました。鈴木さんにそこまで言われては。では、私もお話を伺わせていただきます。よろしいですか、高橋さん?」

ここで、断る術をあたしは持っていない。

勝ち誇ったような、ママの視線を受けながら、

「ええ、もちろんです。マスターも一緒に聞いてください」

と、あしたは笑顔で答えるしかなかった。

心の中では、憤怒の形相で。


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