第114話 二つの感情
「光一君が目を覚ましたって本当ですか!!」
涼子さん達が帰った後、お姉さんが関係各所に俺の意識が戻った事を電話で報告してくれたんだけど、その報を聞いて美都勢さんと紅葉さんが、電話連絡してから10分と掛からず部屋に駆け込んで来たので驚いた。
後ろに控えていた紅葉さんは俺の元気そうな姿を見て、目に涙を浮かべてふるふると震えている。
そのふるふる間隔がどんどん短くなっていき、とうとう感極まったのか、その場で泣き崩れてしまい、慰めるのに苦労した。
美都勢さんも『大切な人が先に行くのはもうこりごりです』と少し怒りながらも、涙を目に浮かべ喜んでくれている。
「本当に心配をお掛けしました。肩の腫れはまだ有りますけど痛みは大分治まってます。しかし、連絡から早いですね」
俺の言葉に安心した様で、美都勢さんは胸に手を当てホッと息を吐いている。
でもどうやってここまで来たんだろう?
隣県の屋敷からここまで、
「いつあなたの目が覚めても大丈夫なように、久し振りに昔の屋敷で寝泊りししていたんですよ。と言っても、先程まで学園で仕事をしていましたが」
「あぁ、あの屋敷は売り払った訳じゃなかったんですね」
「あらあら、何で昔の屋敷を知っているのかしらね、光一君は。ふふふふ」
「あっ、いや、その、はははは」
やばいやばい、気になっていた夢の中での二人の住まいに関しての情報が聞けたので、つい気が緩んでしまった。
既に事情を聞いていたお姉さんは、呆れた顔で俺の事を見ている。
それから、医者が来て色々と検査や診察を受け、改めて俺の身体は特に命の別状はない事が分った。
一応大丈夫だとは思っていたけど、先程の黄檗さんとのやり取りも有り、お姉さんの優しい嘘と言う一抹の不安も無きにしも非ずだったので安心したよ。
足の怪我の回復具合も良好で、この様子だと金曜日には退院出来るだろうと言われたのでそうさせて頂く事にした。
「本当に申し訳ありませんでした。牧野様……」
「怪我の事なら、あの時はお互い必死だったんですから良いですって。それより牧野様はやめて下さいよ」
何故か先程から紅葉さんは俺の事を『様』付けで呼んでくるのでとっても恥ずかしい。
やめて下さいと頼んでも、『いえいえ、将来お仕えいたしますので』と言って聞いてくれない。
俺が倒れる前にチラッと聞こえて来た、美都勢さんと言っていた俺に仕えるとか言うのって本気だったの?
俺って一般人なんで使用人とかちょっと困るんだけど。
なんか、いつも一緒に行動するって、それもう恋人みたいな物じゃん。
「あの、牧野様……。これを。 本当はあの場でお返ししたかったのですが、渡しそびれてしまって申し訳ありません」
紅葉さんがお付の人となった生活をアレコレ考えていると、紅葉さんが深刻な面持ちで俺に返したいと言う言葉と共に、USBメモリと思しき物を俺に差し出して来た。
何だろうこれ?
俺は差し出された物を受け取った。
本体に『16G』とか書かれているのを見るとやはりUSBメモリのようだ。
何で紅葉さんは俺にこんな物を渡すんだろう?
紅葉さんの申し訳無さそうな表情とUSBメモリを見比べていると、俺の中に一つの答えが浮かび上がって来た。
……え? まさか、そんな?
「もしかして、これって?」
紅葉さんは俺の問い掛けにコクリと頷いた。
「はい。金曜日の夜に私が生徒会室のPCや写真部のカメラから消去したデータ一式です。これをお返ししようと持ってまいりました」
「え? どうして? 消したのになんで持っているんですか?」
「それは……。その、私も学園の卒業生なんです。ある事件で親を亡くし孤児となって一人震えていた身寄りの無い私を美都勢様は拾って下さって、その御厚意で学園に通わせて頂いておりました」
美都勢さんを恩人としてあそこまで慕っていたのは、育ての母だからと言う事だったのか。
そう言えば、幸一さんが孤児に対しての奨学金制度って言うのを美都勢さんにお願いしていたよな。
俺の親父は爺ちゃんが面倒見てくれたから良かったものの、紅葉さんはそんな当ても無く一人淋しく震えていたのか……。
本当に可哀想に……。
当時の紅葉さんの事を思うと胸が締め付けられた。
でも、それとこれとどう繋がるんだ?
「ふふっ、懐かしいわね。森の中で急に木の上からあなたが降って来た時は、さすがの私もびっくりしましたよ。猿かと思ったら、ボロボロの毛皮を纏った女の子なんですもの」
「まぁ、美都勢様ったら。あの頃は日々食べる為に野山を駆け巡り、獣を狩らねば生きていけませんでしたから、衣類は寒さを凌げれば良かったんです。毛皮も幼子の手製でしたのでボロボロなのは仕方有りませんよ」
んんっ? 今物凄いパワーワードが羅列されなかった?
獣を狩っていた? 紅葉さんの強さって野生育ちだからなの?
それに、一人震えていたと言うのは寂しいからじゃなくて、言葉通り気温が寒かったからって事?
なんか想像してたのより随分たくましく生きていたっぽいんだけど?
俺が二人の会話の情報処理をフル回転で行っていると、紅葉さんは先程の話の続きを語り出した。
俺的にはそちらより野山を駆け回っていた話の方が興味深々だったのだけど……。
「だから、本当は美都勢様が写真の件で苦しんでいる事は知っていました。今の志を失った部活紹介写真の事も、私自身生徒として実感していたんです。でも美都勢様は無くなられた幸一様との約束も大切になさっていた事も分かっていたから、どうしてあげたら良いのか私には分かりませんでした」
そう言うと紅葉さんは悲しそうな顔をして、自分の胸に当てた手をギュッと握り締めた。
まだ少し先程の事に思考を持っていかれているけど、紅葉さんの悲痛な想いは俺にも痛い程良く分かる。
「金曜日に美都勢様より、牧野様の行動調査と想定通り遺言を蔑ろにしていた場合の対処を依頼されました。調査の結果、丁度会報データが完成したと言う事を突き止めて、その深夜に生徒会室に乗り込んだんです」
金曜日にドキ先輩が生徒会室の外に誰か居たと気にしていたのは、やはり紅葉さんの事だったのか。
しかし、紅葉さんの気配にドキ先輩が気付いてくれて良かったよな。
「そして、現物を目の当たりにした際、私はその写真の数々に目を奪われました。あまりの素晴らしさ、後輩達が生き生きとしている姿に思わず見惚れてしまったんです。音声データにしても、美都勢様から聞いていた幸一様の理念を体現しておりました。これなら美都勢様の心をお救い出来ると直感しました」
紅葉さんは、とても嬉しそうに俺達の撮った部活写真やインタビューを褒めてくれた。
それに、そのデータを見て美都勢さんの心を救えると思ってくれたのか、何か嬉しいな。
けど、なら何故あそこまで過剰演出をしてまで俺達の心をくじこうとしたんだろうか?
「その時、私の心に二つの感情が芽生えました」
「二つの感情? ……ですか?」
紅葉さんはかなり思い詰めた顔をして、唇をきゅっと噛締める。
「一つは牧野様達の事を尊敬する気持ち。美都勢様の心をお救いする為の考え得る最良の一手。これならば長年苦しんでいた美都勢様をお救い出来る、と。そして……、そして、もう一つは……、牧野様、あなたに対する嫉妬です。いえ憎しみと言ってもおかしくないかもしれません」
「え? 嫉妬? 憎しみ? どうして?」
紅葉さんは少し泣きそうな顔をして目を伏せる。
嫉妬や憎しみってどう言う事だ?
「私が美都勢様にお仕えして、ずっとお救いしてあげたいと思っていた事。写真の事もそうですが、美都乃様と美佐都様の事も美都勢様はずっと後悔して苦しんでおられた。私がどうにかしてあげたいと思っていても、私ではどうにも出来ないと諦めていた事なんです。それら全てを、たった一週間で、いえ、美佐都様も美都乃様もあなたに出会っただけで、変ってしまった。それに中立を保っておられた美呼都様さえ、あなたの味方に付いたんです。このまま会報を完成させると美都乃様まで救ってしまう……。私がずっとしたかった事を、たった一週間でやり遂げるなんて! 私は自分の無能さを嘆くより、あなたに嫉妬して、そして憎んだんです」
「ええと、何かごめんなさい」
最後の方は、激昂と言ってもいいくらい声を荒げて言葉を吐き出した紅葉さんに思わず謝ってしまった。
いや、俺が悪い訳じゃないとは思うんだけど、俺自身この一週間の御陵家に対する一連の出来事は、信じられない事の連続だった。
木曜日にあの気の側で見た男の人……、今だから分かる。
あの人は幸一さんだった。
そして、それから夢を見出したんだ。
あの夢自体は、幸一さんの贈り物だと思う。
ただ、改めて今思うとこの一週間の事は、どこから幸一さんの意思が介在していたんだ? と言う疑念を抱かずにはいられない。
演説の時? それともギャプ娘先輩を助けた時から? ……いや、母さんが幸一さんの夢を見た時から俺の運命は決まっていたんじゃないだろうか……と。
親父がこの問題を解決する為に俺を作ったなんて事を考えたけど、実は幸一さんによって、俺は御陵一族の問題を解決する為だけに生まれて来たんじゃないのか?
だとしたら、解決した俺はこの後何をすれば良いんだ……?
もし、そうならギャプ娘先輩だけじゃなく皆からの好意をそのまま受けていて良いんだろうか? そう言う絶望にも似た気持ちが湧き上がっている。
「い、いえ、私の未熟さから勝手に思った事です。今はそんな気持ちは微塵も有りませんよ! むしろお慕い申しております! あっ、あの、その将来お仕えするご主人様としてって事です!」
顔を真っ赤にして、今は違うと自爆気味に語ってくれる紅葉さん。
なんですかその言い方?
将来にお使えするご主人様って言葉も一般人の俺としては、なんか夫とか旦那とかそんな風に聞こえて、まるでプロポーズされたみたいで凄くドキドキするんだけど。
「私にとって美都勢様の言葉は絶対だったんです。私の感情などどうでも良い。
「そうだったんですか。だからあの時……」
屋敷で出会った時から、紅葉さんはどこか言葉と態度がチグハグな印象を受けた。
激しい怒りを俺に向けながらも、所々どこか試そうとしていると言うか、何かを求めているような意志を感じていたんだ。
それに大広間に入る時には、明らかに俺に美都勢さんを救って欲しいと言う願いにも似た眼差しで俺を見ていた。
「そんな事より、何でその事を皆の前で言わなかったんですか? 言っていたらあそこまで責められはしなかったでしょうに」
「あの時千林さん達のお陰で、既にデータが意味を成さなくなっていたのも有るのですが、私が牧野様を傷付けてしまったからです。本当は傷付けるつもりはなかったんです。でもあの時、憎しみの方が勝ってしまい傷付けてしまった。本当なら許される事では有りません。だから私は全ての罪を告白し、皆の前から去ろうと思ったんです。けど牧野様は私を引き止め、そして許して下さった。本当に……本当にありがとうございます……」
そう言うとまた目に涙を浮かべた紅葉さんだけど、今度は泣き崩れたりせず、感謝の気持ちを込めた優しい笑顔で何度もお礼を言ってきた。
美都勢さんも『苦労を掛けたわね』と紅葉さんの肩を抱き締める。
この光景を見ていると、幸一さんの思惑だろうとなんだろうと、この一週間の俺が行ってきた数々の出来事は無駄じゃない、本当に良かったと心から思う。
こんな光景が見れるなら、悪い事じゃないんじゃないか?
いや、まだ俺にはそこまでの発想の転換までは至れないな。
けど、データが帰ってくるのは嬉しいサプライズだ。
萱島先パイは喜ぶだろうな……。
あっ!
「あ、あの紅葉さん? 中身全部見たんですか?」
カメラのデータの中には俺の情けない土下座姿やドキ先輩からのホッペにチューとかその他色々俺の恥ずかしい写真も含まれていた筈!
俺の言わんとする事を察した紅葉さんは、こっそりと耳打ちしてきた。
「え? ええ。 ははっ。あの、皆さんには内緒にしておきますよ?」
「ひゃーーー! 忘れてくださいーーーー!!」
「何々コーくんどうしたの?」
「な、なんでもないよお姉さん! ね? 紅葉さん?」
「え、ええ。牧野様の土下座とかキスの場面とかそんな物は有りませんでしたよ?」
「な、何ですってーーーー!?」
「紅葉さん! それ内緒じゃないじゃないですか!」
「あっすみません。牧野様!」
この人、水流ちゃんレベルでうっかりさんだーーーー!
俺の心の黒い闇はまだ晴れないけど、これでまた普通の学園生活がやって来る。
まぁ週末までは入院なので普通じゃないけどね……。
取りあえず早く家に帰ってのんびりしたいよ。
あっ、そうだ……、今思い出したけど、味噌煮込みは冷蔵庫に入れておいたとは言え、もうご臨終だろうなぁ。
最高の出来だったのに勿体無い……。
「あぁコーくん? 味噌煮込みはちゃんと冷凍しておいたわ。安心して」
「え? 本当? ありがとうお姉さん! 退院したらご馳走するよ!」
お姉さんに感謝だ! あと黄檗さんにも食べて貰いたいな。
などと話していると、横で聞いていた美都勢さんと紅葉さんも食べたそうにしたので、落ち着いたら家に来て貰いご馳走すると言うと二人共とても嬉しそうに喜んでいた。
またまたペコモンGetかな?
しかし、早く放課後が待ち遠しい。
お姉さんお話だと、完成した会報を持って皆が来てくれるとの事だ。
俺を信じて励ましてくれた皆にお礼を言いたいし、完成した会報も早く見たい。
美都勢さんは、自分で持って来たかったが、さすがに俺に最初に会報を渡す役目は曾孫達だろうと自重したと言っていた。
そうだな、幾ら美都勢さんとは言え、俺達が皆で頑張って作った会報だ。
こればかりは、生徒会の皆から渡して欲しいと思う。
本当に早く会いたい。
……そして、それによって俺の心の闇は皆と会って晴れるんだろうか? それとも……?
けど、そんな不安は心の奥に伏せ、今はただ四人での楽しいお喋りの時間を過ごそうと思った。
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