第七章 これからも色々大変です。

第112話 絶対に忘れない

 

「……う~ん、……あ、あれ、ここは?」


 目が覚めると、そこは知らない部屋のベッドの上だった。

 辺りを見回すと、どうやらの御陵邸ではないようだ。

 点滴が吊るされているのが見える。

 何かとても長い間眠っていた感じだ。


「あっ! コーくん! 目が覚めたの! 良かった~!」


 起きた事に気付いたお姉さんが、嬉しそうな声を上げてベッドの側まで走ってくる。

 今この部屋にはお姉さんしか居ないようだ。

 窓から入り込む日の光からすると昼間のようだな。

 ここはどこだろう? 病室……? にしたらやけに広いような気がする。


「おはよう、お姉さん。俺どれくらい寝てた?」


「今日は火曜日よ。今昼の二時だから、ほぼ二日寝ていた事になるわね。精密検査で問題無いって言われてたけど本当に心配したんだからね」


 お姉さんが目に涙を滲ませながら、凄く嬉しそうにそう言った。

 そうか……、火曜日か。


 え? 火曜日?


「会報! 会報はどうなったの? 確か今日配布だったはずだよね?」


「もう、コーくんたら、いきなりその話? 安心して、ちゃんと生徒配布分は間に合ったって、さっき美佐都ちゃんから連絡が来たわ。コーくんが目覚めたら真っ先にそれを聞くだろうから伝えてって。ふふっ、本当にその通りね。今日の放課後皆で出来上がった会報を持ってお見舞いに来るって言ってたのよ。目が覚めて本当に良かったわ」


 ギャプ娘先輩が……、そうか。

 会報間に合ったのか、良かった。


「ここは学園の麓にある病院よ。コーくんも知ってるでしょ? 理事ちょ……、あぁ創始者は『目が覚めるまでずっとこの屋敷で面倒見る』って言っていたんだけど、皆もお見舞いに来たいだろうし、通いやすい学園の側でって皆で説得したのよ」


 やぱり病室か……、それによく知っている病院だ。

 俺が居ない間に、新しく建て替わったみたいだけど、病院名は俺が居た頃から変わっていないし、通院した事も有ったっけ。

 病室がやけに豪華なのは美都勢さんが手配してくれたからかな?


「そうなんだ。お姉さんにもだけど、みんなにも心配掛けたな。ごめんね、それにありがとう」


「コーくんたら……。そんな事言われるとママ涙が止まらなくなっちゃうじゃない」


 俺の言葉に感激したのか、お姉さんは大粒の涙を流している。

 あっ、ママじゃないですけどね。

 ママ繋がりと言えば……。


「そう言えば、親父や母さんには連絡した?」


 二人とも赴任して間もないから忙しいだろうし、あんまり心配掛けさせたくないんだけど。

 慌てて俺の見舞いに戻ってくるなんて事になったら迷惑掛ける事になるよな。

 一人暮らし早々こんな大怪我したなんて、下手すると『やっぱり一緒に住もう』とか言い出しかねない。


「光にぃには連絡したわ。倒れた事も凄く心配してたけど、創始者の事を話したらとても喜んでいたわよ。『さすが僕の息子だ。僕が諦めた事をやり遂げるなんて』ですって、ただ、その後『息子の力を信じてやれなかったんて、僕は駄目な父親だ』と凹み出して、慰めるのが大変だったわ。あそこまで凹んだ光にぃは、後夜祭の生徒会旗焼却事件以来かしら? あの日は帰ってくるなり部屋の隅っこでずっと三角座りしていたのよ」


 そうか、親父は喜んでくれたのか。

 俺の力を信じられなかったって言うのは、信じる信じない以前に仕方無いよね。

 こんな事になるなんて、誰にも分かりっこないよ。

 しかし、最後の凹んだ話って確実に学園長のアレ初体験逃亡が原因だよな……。

 やっぱり凹んでたんだ、親父可哀想に……。

 しかし、それが無かったら俺が誕生してなかったかと思うとちょっと複雑だよな。


「ん? 親父って言う事は、母さんには連絡しなかったんだ」


「う~ん、それなんだけど、あの日の夜に美貴さん自身から電話が来たのよ」


「へ~凄い偶然だね」


 本当にナイスタイミングだな。

 母さんは親父と違って、あちこち飛び回っている筈だから連絡出来なかったのかなと思ったら、向こうから掛けて来たのか。


「なんかね、『お疲れ様、頑張ったねって言っておいて。今すぐ帰って看病して上げたいけど、ごめんなさい』だって。後を託されたわ」


「そっかぁ~。まぁ仕事だから仕方無いよ」


「それより不思議なのよね~。電話出た途端、いきなりその言葉を言ってきたし、こちらの事情も分かってる風だったからびっくりしたわ」


「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ親父から聞いたのかな?」


 そう言えば一緒にブラジルで住むとか言っていたから、お姉さんからの電話で事情を知った親父が母さんに話したのか。


「いや、それが光にぃに連絡する前だったのよ。誰から聞いたのかしらねぇ? 切る前に『母さんはいつでも見守ってるからねって伝えて』と言っていたわ」


 ……ゾゾゾォォーーー。


 何それ怖い! 何で親父より早く知っているの? それに『いつでも見守っている』って?

 え? え? もしかして母さん(心の悪魔)って……。

 いやいや、そんな事は無いよね。うん。これ以上深く考えないでおこう……。


「どうしたの? コーくん? 顔色悪いわよ?」


「いや、何でも無いよ。ははははは」


「そう? あぁそうだ、お腹空いたでしょ? 今リンゴ剥いてあげるわ」


「ありがとう」


「皆感謝していたわよ。コーくんのお陰で皆が幸せになったって。ママとして鼻が高いわ」


 お姉さんはベッドの横のお見舞いの品と思われるフルーツバスケットからリンゴを取り出してリンゴを剥きながらそんな事を言って来た。

 しかし、俺はすぐにその言葉には答える事が出来ない。

 リンゴを剥くお姉さんの姿を見ながら、今回の事を振り返る。


 入学式にギャプ娘先輩に出会い、生徒会と繋がりを持った。

 その後、生徒会に入る事となり、創始者とその旦那さんの遺言である紹介写真の件に携わる事になった。

 色々な人達の助けを借りながら、やっと創始者の説得に成功して、皆が楽しく暮らせる今に辿り着いた。


 簡単に言えばこんな感じだ。

 時間にして一週間ちょっとの短い期間に起こった出来事。

 だけど、そこには創始者とその旦那さん、そう美都勢さんと幸一さんの出会いから始まる86年と言う長い月日を掛けて折り重なり、綴られて来た沢山の人達の想いが詰まっていた。


 ふと、思う。

 無事に解決したとは言え、今回の事は、本当に俺のお陰と言えるのだろうか?

 俺がした事って何だろう?


「お姉さん。聞いてもらえる? 今から話す事はちょっと信じられない事なんだけど」


「……ええ、良いわ。話してみて」


 俺の中で収めるには、少しばかり大きすぎる。かと言って、他の誰にも言えない事だ。

 お姉さんは、俺の言葉に何かを感じたのか、リンゴを剥く手を止めて優しい笑顔で俺の方を見る。

 俺は、夢で見た幸一さんの悲しいけれど、とても幸せな物語を話した。

 起きたら全て忘れているかと思ったけども、輪郭はおぼろげとは言え思っていたよりも覚えていたのに驚いた。

 いつかは消えるかもしれない。だけどその前に聞いて欲しかったんだ。


 俺の理解者であるお姉さんに。


 お姉さんは特に驚きもせず、俺の話す物語に耳を傾けていた。



「信じられないだろ? 俺も信じられないんだけど、皆の話から答え合わせする度にそれが事実だったって分かって行ったんだ」


「ふふっ。あたしは信じるわ。コーくんの言う事なんだもん。……で、あたしにその話をしたと言う事は、コーくんはこう思っているのね。『全て夢のお陰で、自分は何もしていない』って」


 さすがお姉さんだ。俺の事は何でもお見通しだな。


「そうなんだよ。俺がたまたまその夢を見たお陰で、美都勢さ……創始者を説得出来たんだ。それが無かったら、そう金曜日に夢を見なかったら、今まで曲がりなりにも平和だった学園の輪を乱して、皆を不幸にしてしまう所だった。もしかしたら、それを見兼ねた幸一さんがそうならない様にと、この夢を見せてくれたんだと思う」


 お姉さんは何も言わず、俺の言葉にうんうんと相槌を打っている。


「それに会報が間に合った件だって、千花先輩やそのお母さんが動いてくれてなかったら詰んでたし、日曜日に解決出来たのは、結局俺以外の周りの人達が全部お膳立てしてくれたからなんだよ。俺の役に立った所と言えば幸一さんと顔が似ていたくらい。いやそれが拗れた原因でもあるし……俺の力で説得してやるなんて思っていた事が恥ずかしい」


「……(皆が協力してくれたのは、その中心に居たのがコーくんだったからよ)」


「え? お姉さん何か言った?」


「ん~ん。何でもない。助けて貰えるのも十分コーくんの力なのよ?」


「そうかな~。でも、それで俺のお陰と言われてもなんだか納得出来ないや」


「そうね~、今コーくんがそう思っているのなら、いつか、心から自分の力を信じる事が出来る様になるまで頑張りなさい」


 お姉さんは笑いながらそう言って俺の頭を撫でてくれた。

 そうだな、だってこの一週間、色々な人に色々な事で感謝されたけど、どれも自分の力のお陰なんて思えない。


「分かったよ。人から感謝されるなら自分が納得する形で感謝されたいもんね。と言っても今回みたいな事って、そうそう無いだろうけどね」


「ふふっ、安心して。望まなくても面倒事の方がコーくんに助けを求めてやってくるわ。今回程度の事なんて幾らでも機会はあるわよ」


「何それ! 俺ってトラブル引き寄せる磁石か何かかよ! さすがに今回レベルの事はもう勘弁してーー!」


 俺の言葉にお姉さんは笑い出した。

 そうは言ったけど、俺の大切な場所、大切な人達を脅かす事が起こったのなら俺は何度でも立ち向かってやる。


「大丈夫よ。コーくんなら、何が来ても解決出来るわ。でもね、コーくんの周りにはあたしが居るし、皆も居る。そして、あたし達は全員コーくんが困っていたら助けてあげたいと思っているわ。コーくんが皆を助けたいと思っている様にね。その気持ちだけは忘れちゃダメよ?」


「……うん。分かった。忘れないよ」


 そうか、皆も同じ気持ちなのか。

 自分の大切な場所、そして大切な人、それらを守りたいという気持ちは誰にでも有るんだ。

 そして、それを一人だけで守ろうとすると美都勢さんの様にそれに囚われてしまう事になる。

 そして守りたいを、自分の手で傷付けてしまう事になってしまうんだ。

 お姉さんが言いたかったのは、一人だけじゃない、皆で一緒に前に向かって進む事なんだ。


 うん、絶対に忘れない。

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