第104話 思い違い
「馬鹿になんてしていません! それに金曜日の事は偶然だったと、これで分かって貰えたと思います!」
俺は美都勢さんの怒号に対抗する様な大きな声でそう言い切った。
俺にはもう残された時間が少ない。
少し強引だけど、まずは勢いに乗って金曜日の事は誤解だと言う事を前提とさせて貰おう。
……あれ? 美都勢さん、どうしたんだ?
どうやら美都勢さんは、自身渾身の殺気に怯まずに俺が言い返して来た事が信じられないのか、とても驚いているようだ。
聞いていた美都勢さんの今の性格や、今までの経験を照らし合わせても、この反応はおかしい。
夢の中の美都勢さんも他人に言い返されてこんな態度を取る人ではなかった。
いや、考えるまでも無いか、その理由は、俺が幸一さんに似ている事。
やはりその事が、それ程までに彼女の心に大きな影響を与えていたんだ。
先程の会話にしても、俺が幸一さんと瓜二つじゃなかったら、痴話ゲンカまがいの言い合いを始めるなんて失態はせず、そもそも俺の言葉なんてのがその心に何処まで響かせる事が出来たんだろう
そして、今の俺に対して放たれた怒りの言葉も、明らかに悪手と言えるお粗末なもので、主導権自体は俺が握ったままだ。
どうやら、既に一度心を許した綻びは怒りだけでは戻らなくなっているようだ。
今も放たれている殺気の中には、当初存在していた憎悪が別の感情に変異しつつあるのを感じる。
それに美都勢さんの殺気がどれだけ強かろうと、その変り様に悲しみを抱いている俺には効かない。
殺気が強ければ強いほど、俺の中では愛おしさに変換されるんだ。
これら全て
俺の力じゃない。
だけど、そう卑怯では有るんだけど正直助かった。
客観的に現状を顧みると、幸一さん以外にこの人を根本的に救う事なんて無理だったんじゃないかと思う。
いや、芸人先輩が言ったように説得だけなら、俺の力だけでも、もしかしたら出来たかもしれない。
そもそも、俺が幸一さんに似ていなかったら、金曜日の事もここまでの怒りを買う事も無かっただろうし、幸一さんと同じ感性を持った少年が、美佐都さんの感情を取り戻し、その二人で部活紹介写真の許可を嘆願しに来たとすれば、そのまま許可を貰えていたと思う。
それこそ、美佐都さんを救った事を美都勢さんに感謝されてね。
しかし、今の俺達の目的はそうじゃないんだ。
美都勢さんの心の傷を知らないまま説得したって、それは美佐都さんを助けた事への代償として、遺言を妥協させる結果にしかならなかったと思う。
それは、幸一さんの遺言を裏切ったと言う新たな心の傷を刻み、後悔の渦に放り込む様なものだ。
俺が見た不思議な夢は、今の今幸一さんが与えてくれた
そのお陰で俺は俺のままで戦える。
美都勢さんの誤解を解き、皆が心から笑って暮らせる未来を掴む事が出来る。
後は俺がどれだけ意識を保っていられるかだ。
「そ、その話はもう良い! それにどちらにしても、あの忌々しい光善寺家の策略には違いない! 予想通り、失敗と気付いた途端行動に出て、親族会議が終わるまでにお前達はやって来た。お前の父親の時に反省したかと思えば。あの人の親友の家系と言う事も有って温情を掛けてやったのに、まだ私を謀るとはもう我慢ならん!」
「違います! 光善寺家の策略とかでは有りません。彼らは本当に前回の時に反省して手を出さないでいるつもりだったんです。俺が今この場所に居るのは、あなたの親族からの『たすけて』と言う言葉を受け、仲間達の想いに勇気を貰い、自分の意思でやって来ました」
「お前の意思だと? しかし、紅葉からの報告は聞いているぞ。お前は既に光善寺家の娘と接触して何らかの情報を得ていたと。お前の意思の決定権は既に光善寺家の思惑の内だろう!」
「え? それはちょっと待ってください!」
「な、何を?」
本筋から離れるのでどうしようかとは思ったんだけど、俺の行動が芸人先輩の手の内とか言われるのは、さすがに腹が立つので反論させて貰おう。
俺の反論に、何故かあからさまに動揺している美都勢さんの態度も気になるが、俺は想いのままに言い放つ。
「言わして貰いますが、光善寺先輩から御陵家の話を聞いたのは今日が初めてです。そもそも木曜日に会いに行くまで先輩も会おうと思ってなかったようですし、その時も終始ボケるあの人に俺がツッコミを入れる漫才みたいな事しかしていません。 その後の打ち上げの時も、特に何するでも無く寿司だけ食って帰りましたし、俺の意思決定権を譲ったつもりもないです。俺があの人の思惑で動いてるなんて言われるのは心外ですよ!」
それに光善寺家は当初、俺を学園から遠ざけようとしていた事でも分かる通り、今の状況を心の底では望んでいたとしても、誘導する意図は無かっただろう。
学園長にしても、俺を守ろうとする過剰反応が動機だったし、その後の俺の行動が、この計画を始動させる切っ掛けとなったんだ。
結果的に何も知らない俺が取った行動の数々が、光善寺家や学園長の願いと合致していただけだ。
今日初めて光善寺家の悲願を託されたけど、それにしたって、俺を励まして再び立ち上がる力をくれたみゃーちゃんや、助けを求めて来た橙子さん、今も俺に謝りながら泣いている美佐都さん、それに生徒会の仲間達や、俺の願いを聞いて歓迎写真を撮らせてくれた先輩達全ての想いに励まされて、俺は自分の意志でこの場所に来る事を望んだからだ。
だから、誰かの差し金でここに居るなんて、そんな言葉……。
美都勢さんでも言わせない!
美都勢さんは俺の反論に対して、聞いた当初は目を丸くして驚いていたが、急に顔を伏せた。
「くっ、ボケとツッコミに漫才って……」
どうしたんだと思っていると、ボソッとそう呟いた。
その様に俺も含めて、親族一同が美都勢さんに注目する。
顔を伏せている為、表情が見えずその意図も分からない。
俺達は息を飲んで美都勢さんの言葉を待った。
「お前と言う奴は何処まで……、だからお前とはもう会いたくはなかったのよ。やっぱり、金曜日に感じた、あれは……あの気持ち……」
美都勢さんは、意味の分らない事をボソボソと呟いた。
相変わらず顔を伏せ、時折肩を僅かに震わせている。
「……では、お前の行動には、光善寺家やお前の父親の思惑は関係無かったと言うのか?」
顔は伏せたまま、俺に問いかけてきた。
その言葉には先程までの怒りの感情は消えている。
ただ、なぜこんな質問をしてくるのか不思議に思った。
伝え聞いている創始者としての美都勢さんにしても、夢の中の美都勢さんにしても、こんな単純な質問を無防備に他人にぶつけると言う事をするとは思えなかった。
昔から基本自分が決めた事は他人の意見など聞く耳持たない。
こんな質問に、『はいそうです』なんて答えて本当に信じてくれるのか?
いや、信じてくれるかなんて関係無いな。
俺は精一杯心を込めて正直に想いを語ろうと思う。
「はい! そもそも俺がこの学園に入って来たのも俺の意思です。親父は俺がこの学園に入るのに反対していました。光善寺家からもこの学園に入学させない様に言われていたみたいです」
「そうか……しかし、お前の容姿は父親譲りだから仕方無いにしても、その名前はどう言う事だ?」
俺の説明に納得した?
なんで、こんなに素直に信じるんだ?
こんな他人の意見を素直に信じる美都勢さんなんか見た事……、そうか、見た事有ったよ。
俺の反論に驚いた顔を見せた時から違和感を覚えていたけど、やっと思い出した。
この反応は幸一さんに対してのものだったんだ。
幸一さんにだけは素直に言う事を聞いていた美都勢さん。
たまに言い争いになっても、最後は美都勢さんから折れてくれたんだ。
もう彼女の中で俺の事は、幸一さんと同一視されているのかもしれないな。
そうか……、なら、俺はこのまま俺の想いを語らせてもらおう。
「この名前は親父が反対するのを押しのけて、母親が付けたと聞きました。だからこそ、本当は親父も光善寺家もこの学園に入学させたくなかったようです。実際光善寺家からの依頼で、親父から色々と受験勉強の妨害をされましたが、最終的に試験に受かりこの学園に入学出来ました」
「なるほど。……では、報告書の写真はどう言う事だ? なぜあんな不細工な写真を使った?」
相変わらず美都勢さんは俺の言葉を疑う事も無く、納得するような言葉を吐きながら次々に質問してくる。
「ぶ、不細工……。まぁ否定できませんが、あれは別に光善寺家の悪だくみの計画を進める為にとか、そう言う理由で嘘の情報を流したんじゃありません。逆に俺を創始者の手から守る為にと、俺の素顔を隠し、幸一さんに似ていないと思わせる為だったと聞きました」
「私から守る……?」
そこで美都勢さんは、不意を突かれたと言う表情をして顔を上げた。その表情には心当たりなど無いかの如く呆気に取られている。
どう言う事だろう? 本人が一番分かっているんじゃないのか?
俺の親父や光善寺家、それに学園長に橙子さん達、それぞれ別の思惑だったけど創始者から俺を守る為に色々と計画をしていた。
それもこれも、幸一さんの若い頃と瓜二つであり、創始者を激怒させた親父の息子である俺の事を気付かっての事じゃないか……。
「俺が、親父の息子で、幸一さんに顔も名前も似ていると言うあなたにとってタブーの存在と言う事を心配して、光善寺家はあなたから俺を守る為にと計画した結果です」
「では、美都乃もか?」
「え? え? そんな話私は知らないわ。御婆様が牧野会長の事をいまだに許さないって言ってたから守らないとって、それで……」
急に振られた学園長が、寝耳に水なこの話に混乱してしどろもどろになっている。
「俺が幸一さんに似ていると言う事を学園長は知りませんでした。学園長は美都勢さんが憎んでる牧野会長の息子が美佐都さんを変えてしまった事で、美都勢さんの怒りが俺に向く事を恐れて、御陵家の仕来りを壊して俺の存在を認めさせる為に、あえて俺を生徒会に入れて部活写真を任せたんです。これにしても俺が今回のような写真を撮らなければ自分は責任を取って学園長を辞任すると言っていました」
俺の説明にうんうんと頷いている学園長。
それを見た美都勢さんが呆れたと言う顔でため息を付いた。
「ふぅ、何を言うかと思えば。ふむ、なるほど。これで納得がいった。そんな馬鹿な事を考えていたのか。……それより美都乃。お前は
「「え?」」
美都勢さんは俺の説明を聞いて、呆れたと言う様に苦笑交じりにそう言ったのだが、その言葉に俺と学園長が綺麗にハモった。
『そんな馬鹿な事』だって?
今の美都勢さんの言葉の中には、俺達の想いの根底を覆しかねない内容がいくつも含まれていた。
学園長に対して言った『また』と言う言葉にしても、その真意を読み取る事が出来ない。
美都勢さんは何が言いたいんだ?
学園長に目を向けると、同じく意味が分からないようで、かなり混乱していた。
目が合ったので、アイコンタクトでどう言う事か尋ねてみたが、首をプルプルと振っていたので、本当に美都勢さんの言葉は青天の霹靂のようだ。
もしかしたら、学園長も親父も光善寺家も、今まで何かとんでもない思い違いをして来たんじゃないのか?
「すみません。今の言葉はどう言う意味なのでしょうか?」
混乱する頭を振りながら、意を決してそう尋ねた。
俺の想像を超えたあまりの展開に、張りつめていた気合いが抜けて、また痛みが俺の身体を支配し始める。
さすがに、そろそろ身も心も限界なのかも知れないな。
肩は激しい痛みと共に熱を持っているのだが、太ももtの傷に関して現在なんとか血は止まっているものの、それまでに流れた血の量が多すぎた為か、体が冷えて寒気がしてきだした。
俺は薄れかけた意識に最後の薪をくべ、消えゆく気合いの灯火を再び燃え上がらせて、美都勢さんの言葉をただ待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます