第98話 眼光
「くしゅん! う~花粉症かな?」
急にくしゃみが出てきたぞ? ずずず。
今まで花粉症になった事無いんだけど、もしかして誰か噂でもしてるんだろうか?
丁度今行われている親族会議の議題が俺の事なんだし、それかもな。
「大丈夫か? 光一」
「ええ、大丈夫です。ちょっと鼻がむずっただけです」
門の前では既に戦闘は始まっていた。
空手部先輩達は二人一組で警備員一人に当たっているけども、やはり襲撃と言う後ろめたさから今一攻めあぐねている様子だ。
そりゃ仕方無いよね。
念願のお姉さんの助力願いと言えども、正義の在処が不明な今の状況で本気を出せと言われても、そりゃ無理な話だよ。
及び腰の先輩達がやられそうになったら、すかさずお姉さんが助けに入り、一瞬で警備員を無力化している。
この八面六臂の活躍振りを見ると、なるほど地元で恐れられていたと言うのも頷ける。
いや、お姉さんマジで何者なんだ?
続々と屋敷から出てくる警備員達を、ほぼ一人で相手しているぞ?
二~三回の接触の後に確実に倒している。
しかも心配していた相手を殺すとか、そんな事は無く、極力傷付けずに顎を掠らせて脳震盪させたり、当身で気絶させたりと、まるでよく出来たお芝居の
こんなお姉さんを見るのは初めてなんだけど、『怖い』と言うより『とても綺麗』と思ってしまった。
隣でドキ先輩も息を飲んで、その闘いを見詰めている。
時折、『
まぁ、ドキ先輩は元から子供みたいなものなので、『子供の様な』と言う言い回しはおかしいか。
それにしても、『そう動くのか』って納得出来るドキ先輩も相当なものですよね。
アレ完全に人間の動きじゃないですから。
でも、こんな鬼神の様なお姉さん相手に余裕だったって言う母さんって、何者なんだよ!
俺は目の前で繰り広げられている光景から推測される母さんの強さに背筋が凍り、二度と母さんに対して口答えしない事を心に決めた。
「お、お前は何者だ!」
リーダー格の男が、あまりにも強さの度合いがぶっ飛んでいるお姉さんに対して、かなり焦りの色が見える表情と同様に腰が引き気味になりながらそう問い質した。
「あなた達に名乗る名前などない! ……と言いたい所だけど、このまま知らずに倒されちゃうってのも可哀想だから教えてあげるわ!」
そう言いながらお姉さんは、急に戦闘を止めてスタスタと門の真正面の方向に歩いて行った。
突然のお姉さんの言動に警備員達も、唖然とした顔で戦闘の手を止めてお姉さんの歩く様を眺めている。
立ち止まったお姉さんは、俺達が隠れている車の反対の位置に立ち警備員を挟む形となっている為、警備員達の視線は俺達から完全に離れた。
これもお姉さんの作戦なのだろう。
恐らく自分が注目を浴びている今の内に忍び込めと言う事か。
俺はドキ先輩に無言で合図を送り、車体の死角から荷台に上った。
「あなた達! 耳をかっぽじってよく聞きなさい! あたしこそは音に聞こえし、元刻乃坂学園の影の風紀委員にして総番! 嵐を呼ぶ者! 人呼んでストームブリンガー大和田 幸子様よ!」
なんかバックにバーンと特殊効果の爆発が入りそうな勢いで、お姉さんはそう言い切った。
うわ~自分でストームブリンガーって言っちゃったよ、この人。
何か聞いているだけで、俺が恥ずかしくなっちゃう。
しかし、言い切ったお姉さんは凄く清々しい顔をしているな。
実は総番ってのも気に入ってるんだろう?
「も、もしかして、20年以上前に隣の県で暴れ回ってたって言う、あのストームブリンガー?」
「そんな昔な訳有るかーーーー!! 死ねーーーー!!」
ビュン! ドギャッ!!
「ぎゃぁぁぁーーー!」
「ぐわぁぁぁぁーー!」
「がはぁぁぁーーー!」
可哀想に……、最近年齢を気にしだしているお姉さんの地雷に触れるなんて。
迂闊にもお姉さんの年齢に直結し得る勘違いをした警備員の一人は、怒り狂ったお姉さんに10mは有ろう距離を瞬間移動の如く一瞬で詰められ、本気の蹴りをお腹に喰らい、周りの数人を巻き込みながら吹っ飛んでいった。
怒っていたにしては、器用な事に門の中に
しかし、可哀想に、あの人達病院行きだろうな……。
お姉さんが先程まで居た場所は、アスファルトが砕けてまるでクレーターのように凹んでいる。
あれって、もしかしてお姉さんがダッシュする為に踏み込んだ跡なのか?
ひぇ~。
お姉さんの怒りが、ここでぐずぐずしている俺達に向かない内に屋敷に忍び込もうか。
俺は塀の上を見る。
軽トラの荷台から手を掛けたら登れそうでは有るんだけど、案の定と言うか、当たり前と言うか、赤外線式と思われる警報装置が等間隔に立っている。
多分あの間を通ると反応して警報が鳴るんだろう。
さて、どうした物か……。
「光一、俺様達は警報機に引っかからずに飛び越えられるけど、お前は無理だろ? だから俺様がバレーボールのレシーブの要領で、お前を塀の向こうまで飛ばすからタイミングを合わせろ」
え? なんか時代劇の忍者とかが壁越えでやってたりするアレの事?
しかし、ドキ先輩が仰る通り、塀の上をそのまま飛び越えるので、その先は自由落下する事になっちゃいませんか?
とは言え、他に方法も時間も無いか。
落下地点が柔らかい事を天に祈るしかないな。
「分かりました。それでいきましょう」
俺はレシーブの格好で待ち構えているドキ先輩の手に足を掛け、飛ぶタイミングを計る。
「そのストームブリンガーが、何の用だ!!」
「ひ・み・つ! てへぺろ!」
「くっ! いい歳して、てへぺろなどと……」
「アァン? ナンダ、テメェ! どうやら明日の朝日は見たくないようだなぁーー!?」
「ひ、ひぃ! ほ、他の奴も呼んで来い! 美都勢様が言っていたのはこれか。しかし、今日何が起きても警察に連絡するなとはどう言う事なんだ?」
お姉さんと警備員達が門の前で言い合っている。
もう口調がヤンキー丸出しだよ。
あのリーダー少なくとも無傷ではすまなそうだ。ナンマイダブ~。
しかし、気になる事を言ったな。
『美都勢様が言っていた』と『警察を呼ぶな』か……。
もしかしてこうなる事が分かっていたのか?
だとしたら何故?
「行くぞ、光一! 時間が惜しい!」
「分かりました。1、2、3!」
俺の小さめの掛け声と共にドキ先輩が思いっ切り腕を上げた。
それに合わせて俺もジャンプをしたのだけど……。
むっちゃ怖い!!
とんでもない速さで敷地の中に向けて打ち出された俺は、体を丸めて着地地点を見定め……、いや無理!
凄く怖い! 何とか声を出さない様に口を押えてるけど、庭に敷き詰められた玉砂利の上にこの速度で落ちたら、良くて大怪我、悪くちゃ死ぬって!
誰か助けて~!!
『呼んだ~』
あぁ、
そう言うつもりじゃなかったんですが、丁度いいです。
お願い助けて~!
『しょうがないわね。ほら、左手前方に木が見えるわね。そこを通り過ぎる時に何としてでも枝を掴むのよ』
うんうん分かった!
俺は母さん(心の悪魔)に言われた通り、左手を思いっきり伸ばして、木の横を通り際に何とか枝を掴む事が出来た。
それに伴って俺の速度はガクンと減速するが、その反作用から来るGが左手に集中し、肩が抜けそうになった為、そのあまりの痛みの所為で手を離してしまう。
あぁ、やっちまった~!
『いや、それでいいのよ。ほら下を見なさい。減速したお陰で、丁度植木の上に落ちるわ。そうじゃなかったらその向こうの玉砂利の上に落ちて、怪我する所だったわね』
あっ本当だ。
このままなら綺麗に丸く剪定されているツツジの植木に落ちるっぽい。
あの枝の密度なら何とかクッションになってくれそうだ。
俺はぶつかるショックに耐える為、顔を隠して丸まった。
バキバキッ! ドサ!
いてて、少し顔に擦り傷が出来たけど、大きな怪我も無く着地出来たみたいだ。
ツツジさんと庭師さんごめんなさい。
もう少しで満開にだったのに枝をバキバキにしてしまって。
「おい! 庭から変な音が聞こえてきたぞ!」
ヤバい! まだ他にも屋敷に警備員残っていたのか! 隠れなきゃ。
俺はツツジの植木の影に隠れて様子を伺った。
叫んだ男の声に呼応してもう一人警備員がやって来たようだ。
二人か、見つかったら一巻の終わりだよな。
「おい、あそこの植木が荒らされているぞ。 何か投げ込まれたのかもしれん」
くそ! 気付かれたか。
どうしよう? 二人が植木に近付いてくる。
あっ! そうだ!
「にゃ~ん」
そうそう、こんな時の定番である猫の真似で誤魔化そう。
上手く誤魔化されてくれ~。
俺は神様に祈る。
「あぁ、なんだ猫か」
お? どうやら上手い事誤魔化せたみたいだぞ? ホッ、良かった~。
「って、そんな訳無いだろう! 誰だ! そこに居るのは!」
ですよね~。
うわ~! どうしよう! 逃げるにしても、二手に分かれて植木の左右から回り込んで来ているし、逃げ道は塀の方向しかないけど、そんなの壁際まで追い込まれて、それこそ本当に一巻の終わりだよ。
いきなり、もうダメなのか?
――フッ、
俺が絶体絶命のピンチに諦めかけたその時、二つの影が頭上を通り過ぎた。
「え?」
俺は慌てて、通り過ぎた影を目で追いかける。
えっ、そんな?!
俺の目が捕らえたその姿は、体を丸めてクルクルと高速回転しているドキ先輩とモグだった!
警備員は、俺を追い詰めようと下ばかり見ていて、どうも飛んで来ている二人に気付いていない様子だ。
そんな警備員を尻目に二人は揃ってそれぞれ警備員の頭上手前まで来ると、勢いよくパッと体を広げた反動を利用して空中で減速し、そのまま真下に居る警備員の頭目掛けて、かかと落としを同時に決める。
二人の動きは完全にシンクロしており、それはまるでユニゾンダンスの様で思わず見惚れてしまった。
ドガガッ!!
「グエッ!」
「ゴワッ!」
脳天にかかと落としを決められた可哀想な警備員達は、そのまま気絶してしまったようだ。
すげぇーー! 格好いいぃーー!
いや、本当は今目の前で起こったこの出来事に関して、色々と突っ込み入れたいんだけど、それは野暮ってもんだし、今は助けてくれた事に感謝しておこう!
「ありがとうございます! 助かりました」
俺はそう言ってドキ先輩達の元に駆け寄った。
「大丈夫か? 怪我は無いか?」
「チュッチューー!」
ドキ先輩が俺を心配して声を掛けてくれた。
モグも俺の肩に飛び乗って来て、頬に付いた擦り傷を心配そうに見ている。
一応倒れている警備員を確認したけど、気絶しているだけで、命に別状は無さそうで安心した。
ドキ先輩は『手加減したから大丈夫だぞ』とか言ってたけど、あの攻撃ってそう言う物なのだろうか?
「親族会議の部屋って覚えているか?」
「え~と、門がこっちだから、確か向こう側の奥に有る大広間ですね。この庭に面しているあそこ廊下から侵入して、あっちの角を抜けてったら良さそうです」
生徒会室を出る際に、芸人先輩から親族会議が行われているおおよその場所は教えて貰っていた。
その時はまさか、屋敷を襲撃して忍び込むなんて事は、全く頭に無かったので、こいつ何言っているんだ? と、芸人先輩を少し馬鹿にしていたのだけど、もしかしたら芸人先輩はこの事を予見していたのか?
ごめんなさい、芸人先輩、あなたの情報は役に立ちましたよ。
「よし! 行くぞ! 俺様が先頭を行く。モグは光一の肩に乗って後ろを警戒してくれ」
「チューー!」
ドキ先輩はそう指示して走り出した。
俺とモグはその後を付いていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お、お前達は何者だ! ぐ、ぐわ!」
どうやら警備員は他にもまだ何人か屋敷内に居た様で、廊下を走る俺達に気付いて襲ってくるが、ドキ先輩とモグが鮮やかに倒していく。
先程のお姉さんの動きを見て何やら開眼したのか、ドキ先輩の技の切れが増していた。
『う~ん、初めて会った時に、この動きされていたらこーちゃんでは勝ち目無かったわね』
と母さん(心の悪魔)も感心している。
モグに関しては、かなりエグイ攻撃だ。
まるでスーパーボールの様に床や壁、それに天井のアチコチを素早く跳ね回り、思いもよらぬ角度から体当たり攻撃をしている。
しかし、倒れた警備員は一様に幸せそうな顔をしていた。
何故かと言うと、ぶつかる瞬間はポワポワっとした毛とプニプニな脂肪のお陰で、むにゅっと言う感触に警備員は一瞬あまりの気持ち良さから気を抜いてしまうのだが、モグはその気を抜いた瞬間を見逃さずに前身の筋肉を硬直させ、まるで鉄球がぶつかったかの様な衝撃によって昏倒させているようだ。
どれだけ鍛えていても、気を抜いた瞬間はただの人と言う事か。
俺はそんなモグを見て、心強くも思ったけど、帰ったら芸人先輩にきついお仕置きしないとなと強く思った。
だってこんなもの量産されたら人類の危機だわ。
俺達は御陵家の廊下を警戒しながら進む。
屋敷の中は思ったより広く、廊下も曲がりくねっており、先が見通せない。
左右の障子や襖を開けて直進しようかと思ったのだが、詳しい間取りが分からない為、下手に袋小路に迷い込んだ場合、逃げ道が無く追い詰められる可能性が高いのでやめておいた。
「あそこの角を曲がったら、もうすぐの筈です」
芸人先輩から聞いたおおよその説明だと、確かその先の突き当りの筈だ。
俺は逸る気持ちが抑えられず、思わずドキ先輩を抜いて先頭に立ってしまった。
そして、曲がり角に差し掛かった時、ドキ先輩が大声で叫んだ。
「光一! 危ない!!」
ドキ先輩はそう言うと、俺の服を思いっ切り引っ張って来たので、俺はバランスを崩してしまい、その場で尻餅をついてしまう。
「いった~。いきなり何するんですか! 千花先輩!」
俺は急に引っ張って来たドキ先輩に文句を言う為、振り向いたら……。
カカカッ!
振り向いた途端、背後から何かが廊下に突き刺さった音が聞こえてきた。
「え?」
慌てて振り向くと、その目線の先には十字型の鉄の板が三つ刺さっていた。
え? なに? もしかして、これって手裏剣ってやつ? そんな馬鹿な。
しかし、あのまま走っていたら、あの床の様に俺の体に刺さってたのか。
ぞぞぞ~。
「気を付けろ! その角の向こうにとんでもない奴が居るぞ!」
ドキ先輩の顔を見ると、冷や汗を垂らして警戒している。
モグもいつの間にか俺の前に守る様に立ち、全身の毛を逆立てながら曲がり角の方を見て唸っていた。
……確かに、言われてみると曲がり角の向こうから、何やらもの凄い圧力を感じる。
まるでブチギレた時のお姉さん……、いやそれ以上だ。
俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「光一! 今すぐ俺様の後ろに来い!」
俺は言われた通り、ドキ先輩の後ろに移動する。
廊下の向こうの圧力は少しづつ近付いて来ているようだ。
しかし足音は聞こえない、でも近付いてくるのは分かった。
俺達はその圧力に押されジリジリと後退るのを止められない。
くそ! もう少しだと言うのに、何なんだよこれ!
ギシッ、ギシッ。
急に足音が聞こえてきた。
何故急に? いや、これはわざとなのだろう、俺達への威嚇の意味を込めた演出だ。
そして、その演出の効果は最大限に発揮している。
俺達はその近付いてくる足音によって、金縛りにあったかの様に体が竦んで動けなくなってしまったのだ。
曲がり角の壁に人影が写る。
どうやら、すぐそばまで来たようだ。
誰なんだ?
俺達は迫りくる恐怖に、思わず息を飲んだ。
ゆっくりと曲がり角から、
俺は、その顔、姿には見覚えが有る。
その眼光は鋭く、まるで俺達を射殺すかのように睨みつけているその顔。
確か、金曜日に美都勢さんを探していた女性。
「も、紅葉さん……」
そう、そこに立っていたのは美都勢さんの付き人である紅葉と呼ばれた女性だった。
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