第97話 生徒会室にて 八幡の告白

 

「宮っち、良かったんか?」


 ここは、先程までの喧騒が嘘の様に静まり返った生徒会室。

 御陵家に創始者を説得する為に出発した光一達に続き、何かを光一に届けると言う言葉を残して出て行った千林一家以外のメンバー達が、光一からの報告を心配そうな面持ちで待っていた。

 そんな中、まだ寝起き直ぐに飛び出して来た為、寝癖が跳ねたままの少女が、他のメンバーと違い少し嬉しそうな顔をしている眼鏡の少女に関西弁で話しかける。

 いつもはおさげをしている髪を下ろし、ストレートになっている少女の名前は宮之阪。

 宮之阪はその言葉を聞き、キョトンとした顔で聞き返した。


「良かったって何が?」


「いっちゃんの事」


 その言葉に宮之阪は優しく笑った。


「こーちゃんなら大丈夫よ。ちゃんと創始者を説得してくれるわ」


 寝癖の残る関西弁の少女である八幡は自分が思っていた答えとずれた回答に呆れた顔をする。


「あのな~、それはあたしも信じてるって。そんなんじゃなくて、いっちゃんを行かして良かったんかって事や」


「どう言う事?」


 八幡の言葉の真意を捉えかねて宮之阪が更にキョトンとした顔で尋ねた。


「もうっ! この前の打ち上げの態度からすると、学園長にしても理事長にしても、なんかいっちゃんを御陵家に婿入りさせたいみたいな感じがするやん? これで創始者まで説得なんてすると、いっちゃんマジで取られるかもやで?」


 この言葉でようやく八幡の言葉を理解した宮之阪は何故か噴出す。


「アハハ、そう言う事ね」


 おかしそうに笑う宮之阪に対して、八幡は驚いていた。

 大好きな相手を取られる事に対して、何故目の前の少女は笑うのだろうと八幡は少し混乱する。


「何がおかしいんや? 自分本当に分かってる?」


「分かっているわよ。そりゃその事は心配よ。でもね、それでもあたしはで良かったと思うの」


『これで良かった』とはどういう事だろう。

 今度は逆に八幡がキョトンとした顔をした。


「だって、こんな事で挫けてるこーちゃんなんて、こーちゃんじゃないわ。こーちゃんは、どんな時でも前向きで困難に体当たりしていく様な男の子だったの。私はそんなこーちゃんが大好きなのよ。留美もなんでしょ?」


 その『そう』は、『あなたも光一の事が好きなのだろう?』と言う意味が含まれている事に気付いた八幡は、顔が真っ赤になって、少し焦っている。


「そ、そんな事、あたしは、その……、だってアキラに悪いもん」


 焦っている所為か、関西弁で喋るのも忘れて弁明する八幡に対して、宮之阪は優しく微笑んだ。


「アキラさん・・も、こーちゃんの事が好きだったんでしょ? そして留美はそのアキラさんも大事な人だった。だからあなたは自分の心を隠して一歩引いてた。違う?」


 図星だと言う顔で言葉を失った八幡に対して、宮之阪が八幡の心境について、更に推測の言葉を続けた。


「アキラさんが居ないこの街でこーちゃんと再会して、心のたがが少し外れちゃったのね。アキラさんに抜け駆け・・・・するのを悪いと思っていながら、こーちゃんへの想いが隠せてなかったもの」


「え? アキラが女って気付いてたの?」


「あなた達の態度で分かってたわよ」


 可笑しそうに笑う宮之阪の顔を見て、もう隠し通せないと観念した八幡は、自分の心の内を晒す決意をした。


「うん、そう。いっちゃんと同じくらい大切なアキラの好きな人だったから、私は二人が楽しそうにしているのを見るだけで満足だと思うように、自分に言い聞かせてきたの」


 八幡は懐かしそうで、でも少し悲しそうな顔で、今まで閉じ込めてきた思いを少しずつ語りだす。

 いつもの関西弁ではなく、標準語で喋る八幡に、宮之阪は少し戸惑いながらも耳を傾けた。


「でもね、いっちゃんの事を好きになったのはあたしの方が先なんだから。 あれは六年生になる直前の春休みの事、あたしはその頃は今と違って人見知りで気が弱くて、いつもアキラの後ろでうじうじしているような子だった。ある日アキラとはぐれちゃって、心細くて公園の隅で泣いていたら、そんなあたしを心配そうに声を掛けてくれたのがいっちゃんだったの」


 宮之阪はその八幡の言葉に驚いた。

 目の前に居るこの少女は、人当たりも良く、軽快な関西弁を駆使し、この短期間でクラスの中でムードメーカーの地位を確立しつつある程、コミュニケーション能力が高い人物であった。

 それが人見知りで気が弱い?

 イメージのズレの大きさに驚いた。

 いや、今心の内を語っている八幡に、その面影を伺う事が出来る事に気付いた宮之阪は、『これもこーちゃんのお陰かしら?』と納得した。


「『大丈夫? 誰か探しているなら一緒に探してあげるよ』って言ってくれたんだけど、人見知りだったもんだから、余計泣いちゃった。ふふっ、その時のいっちゃんの困った顔が忘れられないわ。思えば、あの時すでに一目惚れしちゃったんだと思う。 そして、泣いてるあたしを宥めようとした次の瞬間にね、アキラがやって来て、いっちゃんをぶっ飛ばしちゃったのよ」


「えぇぇぇーーー! なんで!!」


 いつの間にか集まって、八幡の思い出話を聞いていた皆も驚き声を上げる。

 宮之阪だけは、二人がアキラに怒られる事を怖がっていたのを知っていたので、少し困った顔で『なるほど』と思った。


「アキラはね。あたしがまた男の子にいじめられてるって思ったみたいなの。そして問答無用に殴り飛ばしちゃった。突然の事に、私も殴られたいっちゃんも、びっくりして言葉を失っちゃったわ。それでも更に殴りかかろうとしているアキラを何とか宥めて誤解を解いたんだけど、アキラったら意地っ張りだから『うちは悪くない!』って大変だったのよ」


 懐かしそうに当時の事を語る八幡。

 その話を聞いた皆は、光一の巻き込まれ体質は昔からなのかと苦笑する。

 宮之阪も幾つか心当たりが有って『こーちゃんは変わらないなぁ』と心の中で呟いた。


「そう言いながらも悪いと思ったのか、その内引っ越して来たばかりのいっちゃんを連れて遊ぶようになった。他の人達の橋渡しになるようにってね。そうしている間にもあたしの想いは強くなっていったんだけど、気が弱かったから告白とか出来なかった」


 少し恥ずかしそうにそう言った八幡は、目を瞑り小さく息を吐く。


「そんなある日アキラがあたしに言って来たの。『うち、牧野の事好きかも知れへん』って。言ってなかったけど、アキラって男勝りと言うか、普段からまるで男の子みたいな子だったから今まで異性を好きになるなんて聞いた事が無かったからびっくりしたわ」


 その話に皆は息を飲んだ。

 各々が好意を抱いている相手の過去話と言えども、今の光一の草食系勘違い男子の態度から、ある程度安心して聞ける事もあり、純粋に恋バナとして皆は楽しんでいた。


「ショックだった。でも二人共大切な人だったし、二人が仲良い所を見るのも好きだったの。だから自分の想いに蓋をして、二人があたしから離れていっても大丈夫な様にって、変わろうと頑張った。でもなかなか自分を変えるって難しくて。変ろうとして苦労しているあたしに気付いたのが、なんといっちゃん」


 告白の結果が聞きたいと思いながらも、八幡の話も聞きたいジレンマに苛まれている皆は取りあえず事の顛末に黙って耳を傾けた。


「酷いよね? 優しくされたら余計諦められなくなるじゃない。誰の所為で変ろうとしているんだ!って声を大にして言いたかったわ。でもお陰で人前でも段々話せるようになってきたの、大阪弁を武器にして! 優しくしてくれるいっちゃん。でもアキラから奪いたいなんて気持ちは湧いて来なかった。だってこの楽しい関係が壊れちゃうと多分三人とも不幸になるのが分かっていたから……」


 八幡はそう言って、悲しそうに顔を伏せる。

 皆が光一の無自覚のお節介に『あぁ、光一の優しさって時に残酷だよね』と、各々身に覚えがあるその優しさに腕を組んで顔をしかめた。


「告白は? 告白はどうなったの?」


 八幡の悲しい胸の内の吐露に重い雰囲気となっている中、そう声を上げたのは、この中で一番年長者であるにも拘らず、少々空気が読めない野江先生だった。


 自称恋愛マスターな彼女だが、其の実ただの恋愛漫画好きな為、この手の話は興味津々と言った様子で、体を乗り出してキラキラした目で八幡の顔をじっと見ている。

 その勢いに周りの皆は若干引きながらも、告白の結果は自分達も速く知りたいので、心の中では『よく言ってくれた』と、そっとエールを送った。


「う、まぁ、結果から言うと惨敗? 一応告白までは行ったんよ。いつもの男の子っぽい格好じゃなく、凄いお洒落してスカートなんか穿いちゃってね。でもいっちゃんってアキラの事、どうも異性と見てなかったみたいでその格好を見て凄くうろたえてたわ。そしてアキラは告白したの」


「惨敗ってどうして?」


 まさか光一が振ったのか?

 皆が一様に動揺した。

 幾度か光一が居ない場で開かれた、桃山会計主催の光一性格分析会議では、彼は間接的な好意に対して、心のフィルターによって上辺の好意しか受け取らず、恋愛まで発展しないのではと言う結論に達していた。

 そして、直接的な好意、要するに愛の告白に対してはどのように作用するかのサンプルが欠落していたのだが、予想では自分の気持ち如何に関わらず、流されるまま了承するのだろうと言う結果に落ち着いていた。

 だから、現在の自動攻略機状態で下手に誰かが告白でもしようものなら、光一の心のリミッターが外れ、のべつ幕無し手当たり次第に手を出してしまう女垂らしモンスターの誕生になる事が懸念され、取りあえず今期生徒会が終わるまでは現状維持をしようと皆で決めたのである。


 それなのに、告白したのに振ったと言う事実は、今から4年前とは言え、再考の余地が有るのではないか? 皆がそう思った。

 ただ、この会議には八幡も出席しており、その際には皆の考えに同意していたので、それも動揺の一因となっている。


「え~と、アキラが慣れない事する自分に、急に恥ずかしくなっちゃって、いっちゃんの回答を聞く前に『ドッキリ大成功~』って言っちゃったのよ。そしたら、いっちゃん怒って『男の純情を弄びやがって!』って暫く口をきかなくなっちゃった」


「あぁ、そう言うこと……」


 その言葉にそっと心を撫で下ろした皆だが、一つの確信めいた疑問が湧いて来た。


「もしかして、牧野くんが恋愛事に一歩引いているのは、それが原因じゃあ?」


 そう、皆の心の声を声に出したのは桃山会計だった。

 光一の恋愛に関しての鈍さは、過去にこのような体験をした所為で、相手の好意と言う物を疑って掛かっている事に起因するのではないだろうか?

 そう思っての質問だった。


「多分そうだと思う。あの後、一応仲直りしたんだけど、反省したアキラが今度こそはって、再告白しようと恋愛的な雰囲気に持って行こうとしたら、あからさまに話を切り替えるようになって行ったし……」


 八幡はそう言って頭を掻いて苦笑した。

 皆はその話に『不幸なすれ違いで可哀想』と思う反面、本当に良かったと心から安堵した。


「で、留美は今どうしたいと思ってるの?」


 今の話を聞いた宮之阪は、アキラから離れた先で思わぬ再開を果たした二人。

 八幡の光一への態度は、日に日に蓋をしている心から想いが溢れ出て来ているのが、周りの皆からも一目瞭然だ。

 恐らく気付いていないのは光一だけだろう。

 そして、その溢れ出てくる想いの果てが何なのか、それを確かめたくて八幡に真意を尋ねた。


「う~ん、分かんない。そりゃ、いっちゃんが好きなのは変らないんだけど、あたしがいっちゃんに告白!ってのは、アキラに悪いって気持ちも有るし、皆にも悪いって思ってるのよ。でも一番は、今のこの楽しい生徒会の時間がずっと続いて欲しいって思ってる」


 八幡はそう言って笑った。

 その言葉に皆は同意して笑い出す。

 いつしか先程まで生徒会室を支配していた、創始者への恐怖による重い空気も完全に消え失せていた。


「そうね、その為にはこーちゃんに絶対創始者を説得して貰わないとね。そしてこの楽しい日常を取り戻すの。とは言え、私のこーちゃんをむざむざ御陵家や皆にあげる気は無いわよ?」


ーー!!」


「私も参加させて貰おうかな~」


「え? 桃山先輩も? そんな気無さそうだったのに、なんで?」


「いや~ちょっとね~。不意打ちでハートを射抜かれちゃったんだよ」


「私は、光善寺家の者として、我が家の悲願を叶えてくれる予定・・の牧野くんの所有権を声高に宣言するよ」


「それじゃあ、念願の実験体Zツェット……いやモグとスキンシップをさせてくれた恩を感じている私も参戦させて貰います~」


「うむ、助手よ。参加資格は誰にでもある。頑張りたまえ!」


「ラ、ライバルが……、ふ、増えていく……」


「じゃあ~私も参加しま~す」


「「「「「「あなたは先生でしょうが!!」」」」」」


「そんな~」


「まぁ、私はその周りで写真を撮りながら高みの見物さ~」



 そんな少女達と空気を読めない大人による光一争奪戦の火蓋が、生徒会室で切って落とされていた。


『こーちゃん、だからお願いね。必ず創始者を説得して御陵会長と藤森庶務を取り戻して』


 皆が口々に光一への想いを語る最中、宮之阪は一人生徒会室の開け放たれている窓から空を見上げ、そっと光一の武運を祈った。


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