第36話 フラグ回収のプロ
「伝統を守る事は私も大切だと思うんだよ。伝統の無いただ歳を重ねただけの物なんて価値は無い。でもね、後の者達がより良く変えて行こうとする気持ちまでは否定してはいけない物なのさ」
萱島先輩は笑いながらそう言った。
水を得た魚の如く新たに部員に指示を与える。
「あとね、私以外にも過去にこれをやろうとした人間が記録上少なくとも一人、いや二人居たんだよ。まぁその頃は創始者がまだ理事長やっててね。かなり頑張ったようだがこっぴどく返り討ちにあったようだ」
そりゃあ同じ事思う人間はいるよね。
しかし創始者に直接歯向かうなんて凄いな。
「まぁ俺なんかが思う事ですから誰でも思い付きますよね」
「思う事は有っても口に出して、更に伝統に逆らおうと行動するバカはそうそう居ないさ。その二人と言うのが当時新生徒会長になったばかりの君の父親と、同じく新副会長だった今の学園長だよ」
げ! それ親父だったのかよ。
そうか親父も同じように思ったのか。
しかし学園長まで?
創始者の孫でもダメだったのか!
「あの~聞けば聞くほど俺なんかの思い付きで今更どうこうなると思えないんですが?」
あの親父や創始者の孫でも駄目だったんだしどうしようもないんじゃないか?
俺の言葉に少し呆れた顔をする萱島先輩。
「おいおいやる前から泣き言かい? 朝のあれはやっぱり口から出た出任せなのかい? 私をあまり失望させないでくれよ」
うっ痛い所を突いてくる。
確かにここで無難にやるだけではこの先輩は本当に失望して二度と顔を合わせてくれないだろう。
今朝俺を助けてくれた恩を仇で返す訳にはいかないな。
ここは腹を決めてやれるだけやってやる。
「うん良い顔だ。心は決まったようだね。やっぱり君は面白いよ。それに安心したまえ今回は運が良い。君の周りには生徒会、学園長、それに校長と言う学園内全組織の力強い味方が居る。君の父親や去年の私の時では到底望めなかった力だよ。生徒会の皆は勿論、今回の件はある意味学園長の古い心の傷の一つだからね。力になってくれるだろう。それに当時の記録見る限り今の校長も生徒会側に立って動いて居たと言うしね」
なんか話が大きくなってきた気がする。
俺はただ部員がただ一人一人綺麗に整列した写真……いや正直に言うと最初に見て思ったのは直立不動で並んでる笑顔の無い部員達の写真が、何か生気の無い置物の様でとても悲しく見えたんだ。
それが誰かを迎え入れる写真なのか? と言う事に疑問を持っただけだった。
それが伝統だったのか? 自由な校風と言う触れ込みなのに生徒を死んだような顔で写真に残す事が?
創始者の言葉は”我が学園の生徒は清廉たれ”との事だった。
清廉たれと言う志は確かに立派では有るけども、そんな死んだような顔が清廉である筈がないと思う。
もしかしたら親父達の様に記録に残ってないで同じような思いをしてきた先輩達は居たかもしれない。
これ自体は特になんて事の無い小さい事だろうけど過去からの先輩達の思いを叶えてやりたいと思った。
「これをしたからと言って他の生徒に伝わらないかもしれませんが、萱島先輩の雪辱戦、親父や学園長の無念、それに同じ事を思っていた先輩達の思いを叶えたいと思います」
「うんうん、本当にいい顔になって来たね。君も思ったんだろ? あの写真がまるで葬式写真のようだって」
やはり萱島先輩も同じように思っていたのか。
もしかしたら親父もだろうか?
「はい。パッと見は綺麗に整列しているのですが、表情の無い顔は凄く悲しく見えました」
俺の言葉が意外だったのか萱島先輩は腕を組み考え込む仕草をする。
「ふ~む。なるほどね~。私はただ単に心無く無表情で並んでる顔が気持ち悪いと思っただけだよ。悲しく見えたか……、うんその感性は良いね。ますます気に入ったよ」
そう言うと満面の笑みでサムズアップして来た。
「桃やんが言っていたように全自動攻略機の異名は伊達じゃないね。あの美佐都が短期間で変わったと聞いて信じられないと思ってたけど、そのレッドキャップの懐き様もそうだけど今なら凄く分かるよ」
いや、その不名誉な二つ名はやめて下さい。
お姉さんの
って、ドキ先輩の懐き様?
萱島先輩が指を指した先を見るとドキ先輩が俺のズボンを掴んでキョトンとした顔で俺を見上げていた。
あっすみません、なんか退屈させていましたね。
もう少しだけ待っててください。
「これは言ってしまえば本当に些末な事さ。私の我儘を君に押し付けてる部分も大いにあるし、今君が言った様に誰にも気付いて貰えないかもしれない。それなのに少なくとも創始者から睨まれる事になるのは間違いない。でもね、だからと言ってこんな小さな事さえ変える事が出来ない奴に大きな事を変える事は出来やしないさ」
そうだろうか? 親父はこれを出来なかったのに伝説になっているぞ?
「でも俺の親父って伝説の生徒会長って言われているようなんですが?」
「あぁそうだね。でも君の父親はある意味何も変えていない。制度も伝統もね」
どう言う事だ?
今まで聞いて来た話だと大改革の立役者のように語られていたと思うんだけど?
「先輩の言ってる意味がちょっと分りません」
「あ~伝聞だけが先走っててね。当時の記録をよく読めば分る。彼は今有る制度や伝統の見方を変えてその中で最大限により良くする方法を見出す天才だったんだ。だから彼はこの学園の枠組み自体は何も変えていないんだよ」
そう言えば親父は良く『物事に躓いたら見方を変えると突破口が開ける』とか言っていたな。
「それが悪い事だとは思いませんが?」
「もちろんだよ。それはそれで素晴らしい事さ。だからいまだにこの学園で語り継がれている。まぁ当事者の学園長が居るんだから残ってるという側面も有るけどね。でも牧野くん、私はね朝の君の演説を見てこの子は枠組みから飛び出して何かを変えるんじゃないかと予感がしたんだよ」
さすがに買い被り過ぎだろう。
最近色々と人を変えたと言われているけど、ギャプ娘先輩もこの千林シスターズ+1が変わったのも偶然の切っ掛けが有ったからだ。
いわば全て事故みたいなもので俺だけで変わった訳じゃない。
俺の力で変えたと言われると何か罪悪感が湧いてくる。
「おれがそんな大層な人間と思えないんですが」
萱島先輩はニッと笑う。
「それはこれから君が証明してくれると信じてるよ」
だから買い被り過ぎですってば。
ん?そう言えばさっき創始者から睨まれるって言ってた?
「あの~? なんかさっきの言いようって創始者の人って、もしかしてまだ生きているんですか?」
ちょっと創始者居ないなら何とかなるかなぁって思ってたんだけど……。
「あぁ、もう隠居されているがご存命だよ。たしか齢は101歳の筈さ。美佐都の話だと老いてなおその壮烈さは健在で、いまだに御陵家では頭が上がらない存在と言う事だよ」
えぇ~~!! 長生き過ぎるでしょ。
いやギャプ娘先輩の曾御祖母さんなんでめでたいんですが、そっかぁ~生きているのかぁ~。
老いてなおって……、それある意味現役じゃないですか。
「牧野くんは吐いた言葉は飲み込まないよね~?」
凄く悪い笑顔で俺の肩に手を置く萱島先輩。
俺はコクコクと頷くしかなかった。
「まぁ私は創始者まで辿り着けなかったし、君の父親も辿り着いたは良いがその心まで動かす事は出来なかった。でもね、さっきも言ったが今回は味方は沢山居るし、君ならもしかするとって思えるんだよね。なにより生徒会の皆が責任を取るっていてるんだから安心して仕事しな」
そう言われても今から嫌な予感しかしないけどこの先輩を前にもう弱気は見せられないな。
「はい一生懸命頑張ります!」
改めて行われた紹介写真は部員皆が新入生を歓迎すると言う暖かな思いが込められた素晴らしい出来だった。
写真部部長と言うのは本当に伊達では無い。
やっぱりあの悲しい気持ちにさせる写真よりこちらの暖かい気持ちになる写真の方がこの学園に合っていると思うんだ。
この学園に来たばかりの俺が言うのもおこがましいが親父から聞いていた話やクラスメートに生徒会の皆、それに俺の言葉にエールをくれた優しい先輩達を思うとそう実感する。
「じゃあ次は部長による部活紹介のコメントだね。ほらこのボイスレコーダーを貸してあげよう。じゃあ行くよ。え~、我が新聞部の~創部はこの学園の~」
萱島先輩は写真部の紹介を語り出した。
しかしそこで俺はもう一つ抱いていた違和感を思い出す。
「あっ先輩ちょっと待ってください」
いざ語り出そうとしていた先輩は俺に止められたので少々不満顔だ。
「なんだいなんだい? 気持ちよく語ろうとしていたのに。録音ボタンでも押し忘れたのかい?」
萱島先輩はそのまま不満を口にして来たが、俺の顔を見てにやりと笑った。
「ふ~ん? まだ何か有るんだね? うん言ってみなよ」
「いや、これも大した事じゃないかもしれませんが、このインタビューって意味が有るんでしょうか?」
萱島先輩は俺の言葉があまりにも予想外だったのか呆然としている。
「いやさすがに意味はあるだろう? 部活の紹介だよ?」
何言ってるんだと言う呆れ顔で言ってくる。
あっ言葉足らなかったな。
「すみません。そう言う事ではなくて、写真部にしても他の部活にしても"ここは何々部です"ってインタビューを載せる意味が有るのかな?って思いまして。部名で分かりますしそれに紹介の欄には一応定型文として簡単な部活内容は既に書かれているんで被ってるんですよ」
これを聞いて萱島先輩はある程度俺の意図を読んでくれたようだ。
「ふむふむ、それで牧野くんは何をやらせたいんだい?」
興味津々と言った感じで顔を近付けてくる。
「折角のインタビューなのでそんな当たり前の事では無くその人が何を目指しているかを聞きたいなって思いまして……」
「部活でって事かい? 優勝目指してます~とか?」
「いえ、その人自身がです。何を思って何を目指して、部活を手段として自分が何処に行きたいのかって事を聞きたいなと」
これは単純に自分が興味が有るからだけかも知れないな。
引っ越ししてばかりだった俺はいつ離れても良いようにと小中とも部活動経験が無く、人が何をする為に入るのか聞きたかったからだ。
部長となる人なのだから何となくとかではなく余程の思い入れが有るのだと思う。
その思いを直接聞いてみたかった。
「アハハハ、その発想は無かったね。なるほど、うん言われてみればそうだ。自分が何を目指すかか。良いじゃないか」
萱島先輩は同意してくれたようだ。
なんかこの人に認められるのは嬉しいな。
「自分が興味有っただけなので他の人も知りたいかは分かりませんけど」
権力の私的流用になったりしないかなぁ?
「いや~、他の人も知りたいと思うよ。新一年生は部活を選ぶ指針にもなるし、それこそ部長達だって自分の初心を改めて思いそして言葉にする意味は大きいだろう」
そう言いながらうんうんと何度も頷いてる萱島先輩。
すみません、なんか凄い理由付けしてくれてますけど正直俺そこまでは考えてませんでしたよ。
なんか悪いなぁ~。
「じゃぁ~私の理由を言うね。まぁちょっと恥ずかしいんだが、私が写真部をいや写真家を目指している理由になるかな? 人間の目ってね、凄く便利に出来ているんだよ」
ん? いきなり凄い所に飛んだな。
全く意味が解らない。
「見たい物だけを見たり、逆に見たくない物だけ見たりとね。その人の意識が介在するんだ。人によっても見え方は色々でね。同じ物を見ていても誰一人同じ物に見えていないものなんだよ。まぁ物理的にも全員が全く同じ角度から見るなんて事は出来ないしね」
哲学過ぎて難しいです。
分かった振りをして頷いてみる。
ドキ先輩は退屈してて凄く眠そうだ。
待たせて本当にすみません。
「でもね、写真は違うんだ。全ての人がそこに有る物を有るがまま同じ角度で有りのままを見る事が出来る。私はね、小さい時から視力があまり良くなくてね。ほらこんな眼鏡をしてるだろう? ずっと思ってたんだよ。ほかの人には景色ってどう見えてるんだろうと」
萱島先輩は自分の思いを熱く語っている。
やっとわかる所に話が来てくれて良かったと思ったのは少し不謹慎かな。
「ある時、雑誌に載ってた見開きの広告か何かでね。見渡す限りの大草原に立ってる女の子が沈む夕日を浴びて見事なコントラストを描いている空に吸い込まれているかのような写真を見て衝撃を受けたんだよ。この広告を見た人達全てこの素晴らしい景色を同じ様に見えているんだと感動したよ。それからはカメラを持って色々な物を撮ったよ。最初はインスタントカメラだったけどね」
なるほど~、それが萱島先輩が写真家を目指した理由か~。
「それで写真家を目指したんですね」
うんうん、なかなかいい話だった。
「いや、その頃はただの趣味だったよ。有る時撮った写真を見て気付いたんだよ。写真には
「え? カラー写真てことですか?」
あまりの事で変な質問を返してしまった。
「アハハハハハ、違う違う。すまなかった。これは私が勝手にそう呼んでるだけだ。撮影者の思惑かそれともその場所に由来するかは分からないが写真にはその写っているもの達が織りなした写真毎の魂っていうのかな? そう言う物を私は"色"って呼んでるんだ」
うん、なんか魂とか言い出した。
また完全に置いていかれた。
「私はね、それが大好きなのさ。そしてそれが何なのかを知りたいから写真を撮るんだよ」
何か凄くうっとりとしている。
どうしようか? しまったなぁ~。
これ部活紹介に載せて良い物なのかな?
オカルト部と間違われないだろうか?
他の人は付いて来れてるのかと部員達を見るとうんうんと頷いている。
え? 通じるの? 今ので?
俺から何をしたいのかを知りたいと言い始めたんだけどしょっぱなから躓いたよ。
もう少し分かりやすい内容に出来ないかなぁ~。
「題材としてはどんなのが好きなんですか?」
いまだ自分の言葉にうっとりと入り込んでる萱島先輩に無難な回答が来そうな質問をしてみた。
「私は人物写真が好きかな? 衝撃を受けた写真だけど、一番気になったのは立っている少女の憂いを帯びた横顔でね。今まで何を見て来て何を思って来たんだろう。そしてこの少女の人生はどう紡がれていくんだろうって色々と考えた物さ。古い人物写真とか見るのも大好きだね。いや偉人とかの写真じゃなく何気ない風景写真に写ってる普通の人々のね。その人達がどう生きていったのか想像するだけでワクワクするよ」
あっそう言うのは分かるな。
「それは俺も思いますね。昔神戸の異人館に行った時に壁に掛かっていたかつてそこに住んでいた古ぼけた家族写真を見て何故か胸が温かくなる楽しい気分になりました。」
俺の回答を聞いて萱島先輩は満足した顔をした。
「それも一つの"色"だよ。あとね、私は明るい"色"が好きでね。 やはり題材によって暗い明るいは有るのさ。暗い"色"を世に知らせるのはそれは崇高な使命とは思うんだけど、私は甘ちゃんだからね。明るい"色"を皆に届けたいと思ってるんだ」
「それじゃあ、他の部を回ろうか。じゃみんな最後は戸締りして鍵は職員室に返しててくれ」
一通り萱島先輩のインタービューを終えた俺たちは次の部へと移動する。
萱島先輩は他の部員にそう指示を出していた。
「今日は部室に戻らないんですか?」
「ああ遅くなるだろうし、その後久しぶりに生徒会室に行きたい気持ちになったしね」
そう言うと萱島先輩は心が晴れたかのような顔で笑っていた。
次の部に向かう為に廊下を歩いているのだが、俺は先程の萱島先輩の話を思い出していた。
人は何かを為そうと色々な事を考え、理想とする目的に向けて一生懸命に頑張っているんだなぁ~と。
あと……。
いきなり濃いいのが来たなぁ~。
俺パンドラの箱を開けちゃったかなぁ~?
もうちょっと軽いのを考えていたわ~。
こんなのどうやって纏めるんだ?
やはりその道を極めようとしている人は独自の言葉を持っているのだろう。
今まで一つの事に取り組むと言う事をやって来なかった俺なんかが触って良い物じゃなかったかもしれない。
出来ればこの後の部長さん達はもう少し共通語で喋って欲しいなと神様に祈るのだった。
「あっこの神様はフラグ回収のプロだったわ」
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