閑話1 Side S Part.1 ~腹ペコモンスター前夜~

 

 

「ひぃふぅみぃ……、うん枚数OKっと、抜けとかも~無いですね。はいじゃあ確かに4月号分受け取りました。お疲れ様です先生」


 やっと終わったわ~巻頭カラーが4ページも有ってちょっと時間が掛かっちゃった。

 手伝ってくれた穴太先生と粟津先生に感謝だわ。


「この前もお伝えしましたけど5月号分はコミックの発売記念で増Pですので枚数気をつけてください。あとコミックですが幾つか収録にあたり修正コマが有りますので追って連絡します。またページの関係で巻末は今回5ページお願いしますので忘れないでください。締め切り日は一緒のいつも通りですがコミック分は早めにお願いします」

「わかってるわかってる任せてよ」


 とは言ったけど勝手に記念とか言って増ページなんてしないで欲しいわねぇ~。

 コミック発売前って掲載時に妥協したコマの差し替えとか細かな修正とかいつもより忙しいのよ。

 それに記念って言うけどお祝いなら苦労じゃなく慰労が欲しいわ、例えば温泉旅行とか。

 そう言えば何で少女漫画ってページの端とか下に広告欄が入るのかしら? あれコミックの時穴埋めしないといけないのがめんどくさいわ。

 今度あそこに最初からなんか書いといて上に紙でも貼っておきましょうか。

 コミック化の時にぺりっと剥がしたらそのまま使えるんで楽になるわ。

 あと巻末ページって作者の日記とかが一般的だけどあたし特に日常で話したい事って無いのよねぇ。

 結局毎回ぐたぐたで食玩の開封結果報告とかになっちゃう。

 今アツいのはチョコ玉子の世界の珍獣シリーズだけどなぜかセンジュナマコしか出ないのよねぇ。

 巻末ネタの為に今度箱買いしてみようかな?


「先生本当に大丈夫ですか? 今月締め切り日に間に合ったのは奇跡みたいなものなんですからね? と言ってもほんとギリギリなんですからね? 来月は今月以上に忙しいんですからちゃんと日程管理お願いしますよ?」


 黄檗さんは本当に心配性ね。大丈夫大丈夫いざとなったらまた穴太先生や粟津先生とか後輩の鈴ちゃんにヘルプしてもらうから。


「先生そろそろ正式にアシさん雇ったらどうです?」

「そうね~でもうちそんなに広くないからアシさんの常駐スペース取れないのよ。それにずっと人と一緒なのものんびり出来なくて苦手だわ。忙しい時は他の先生にスポットで手伝って貰ってるので十分だから今の所いいわ」

「アシさんのスポット依頼とかも有りますけどね。それにスペース無いのはそこの食玩を陳列しているケースの所為じゃないですか。それが無けりゃアシさんのスペース出来るじゃないですか? それになんです? そこにならんでる白い変な物体は?」

「それを捨てるなんてとんでもない! 食玩はあたしの力の源なのよ。あとそれはセンジュナマコよ」

「……はぁ、もういいです。それならPC使ったらどうですか? 効果とかもツール使うと早いですし、データで随時入稿とか出来ますから楽になると思いますよ? 私も含めて」


 あら今日はなんかグイグイくるわね?

 それ多分『私も含めて』って言うところが本音よね。でも……、


「あたし機械苦手なのよね。この前ペンタブってのを他の先生の所で使わせて貰ったけど上手くいかなくてなんか書いた線が生まれたての小鹿みたいって笑われちゃったわ」


 PCは持ってるけど殆ど通販か動画閲覧にしか使ってない。

 後は食玩愛好会の掲示板位ね。


「そうですか……、では原稿遅れるのをその練習のためだったとか理由にされるのも困りますから先程の発言は忘れてください」


 あらあら黄檗さん落ち込んじゃった。


「じゃあ原稿持って帰りますんで、次月分のネームが出来たら連絡ください」

「はーい、お疲れ様~」


 ふぅやっと帰ったわね。

 黄檗さんはいい人なんだけどちょっと堅いところが有るのよねぇ。

 まぁ彼女が大変なのも分かるわ。

 あたしが出版社まで行くのが辛いからって事有る毎にわざわざうちまでバイクで来てくれてるんだし。

 しかし出版社からうちまでって結構離れてるのにこの前に原稿落としそうになった時に時計見ながら『一時間も有れば間に合うな』と呟いてたけど法定速度ちゃんと守ってるのかなぁ?

 大丈夫?と心配して声をかけると『そう思うのなら早く原稿を上げてください』って怒られちゃった。

 あれはやぶ蛇だったわ。



 あたしの名前は墨染涼子。

 ペンネーム深草京子名義で都内有名出版社の少女漫画雑誌で活躍している漫画家なの。

 ペンネームとは深夜ラジオとかでDJが『ラジオネーム 匿名希望』とか言っているやつと同じと思ってくれればいいわ。え? 違う?


 人気は……まぁそこそこね。

 ファンは結構居るのよ? ファンレターとかも毎月貰うし、……ちょっとコアな人が多いみたいだけど。

 作風はファンタジーな世界の恋愛物が多いわ。

 デビュー当初は現代学園青春物を書いてたんだけど途中で学園ネタが尽きたんで突然体育館の天井から怪物が出て来る展開にして無理矢理ファンタジーバトル物にしちゃったら後から色々怒られたわ。

 バトル物にしたのが不味かったのかな?

 あの時は本当に雑誌から切られなくて良かった~。

 それから心を入れ替えて最初からファンタジー物で統一してるの。

 バトル展開はNGが出てるのよね。


 まぁどうにかこうにか今回原稿が締め切りに間に合ったので頑張った自分へのご褒美としてチョコ玉子を箱買いしましょう。巻末ネタにもなるし。


 早速ネットの通販サイトからチョコ玉子を3箱注文する。


「密林は本当に便利ねぇなんでも売ってる~。へぇ中のフィギュアだけも売ってるのか。シークレットは……げっ5000円! ? 高いわね。えーと噂の隠れシークレットは……やっぱり売ってないか。本当に有るのかなぁ? あらセンジュナマコの値段は以外に高いのね。レア扱いになってる。なぜなの?」


 中身だけを買うのは止めときましょう。

 開ける時のドキドキが楽しみが無くなってしまうもの。

 あとチョコもおいしいのよね。


 明日は一日ゴロゴロして明後日にでも手伝って貰った穴太先生と粟津先生へのお礼も兼ねて女子会しようかな。

 次回のお願いも兼ねて他にも何人か呼んで恩を売っておこっと。

 鈴ちゃんは既に候補に入れてるから後は同期の唐橋先生ね。

 それ以上は作業スペース取れないしこのメンバーで十分。

 それにこれ以上は懐も寂しくなるからね。


 結局女子会は全員の都合が取れなくて明明後日しあさってになっちゃった。

 えーと『しあさって』ってややこしいのよね。この地方ではどうだったかな?

 まぁ要するに3日後、あっもう明後日だけど。

 今日一日ゴロゴロしようと思ってたけどこれなら明日もゴロゴロ出来るわ。

 まぁ昨日もあれからゴロゴロしてたんだけどね。


 ピンポーン


 あら? 誰かな?


『宅配でーす! 荷物お届けにあがりました! 』


 昨日頼んだチョコ玉子だ! もう届いた早い! やるわね密林。

 小腹が空いて来たところだしおやつに丁度良かった。

 それにこれだけ有れば2~3日はおやつに困らないわ。

 でも宅配のお兄さん、あたし見るなり小さな悲鳴上げてたけど本当失礼ね。


 さぁ30個も買ったんだから隠れシークレットが出ちゃったりするかも。

 全部段ボールに入れてくじ引きみたいにしちゃおうっと。

 早速一個目、パクっ、このチョコ好きだわ~。

 中身は……、センジュナマコだわ。

 気を取り直してパクっ、本当においしい。

 ……センジュナマコね。


 ……………………。


 おかしいわ? あれから12個食べたらセンジュナマコが8個も出たのだけど……。

 偏り過ぎじゃない?

 残りの4個も持ってなかったのはコビトカバだけね。

 このコビトカバなんだけど、以前の世界のアニマルシリーズのカバとどこが違うの?

 ジャイアントパンダはこれ絶対そのまま流用よね?


 ……………………。


 なんで? なんで?

 あれから残りも食べたけどセンジュナマコが全部で18個になったわ。

 手持ちとの合わせると一個小隊を組める数なんだけど……。

 残りも殆どダブりだし箱買いは思ったより精神的ダメージくるわ~。

 しかし30個って思ったよりもたない物ね、一日で無くなっちゃった。

 でも本当においしいわこのチョコ。


 あまりゴロゴロするのもなんだから次回のプロットでも考えておきましょうか。

 やっぱり私って出来る女よね。

 今描いてるのは中世ヨーロッパな感じのファンタジーな世界で靴の妖精に愛された靴職人の少女と貴族の青年との恋愛物なのよね。

 前回の話は主人公に意地悪ばかりしてくるライバルが運動性や耐久性に優れた新作を発表してそれが世間で大評判になって貴族の青年がそのライバルになびきそうになるって所で終わったのよね。

 新作の靴のデザイン資料としてアルキの空気全開ってスニーカーを買ったけど結構高かったのよね、これ経費で落ちないかな?

 展開としては主人公がライバルに見返すと言う流れなんだけど……。

 う~ん、ファンタジー世界にスニーカーはちょっとオーバーキルすぎたかも……。

 あっそうだ主人公の落ち込みを見た靴の妖精がこっそりライバルの作ったスニーカーの中に石を入れたりとか縫製に細工して壊したりとかして評判が落ちるってのはどうかな?

 …………ダメだわ、これじゃ主人公サイドが悪者みたいじゃない。

 なにか他にいい展開は……う~ん……う~ん……Zzzzz……。



 ハッあのまま寝てしまっていたわ!

 いけない今日は女子会じゃない。

 久し振りにバッチリめかし込んでといっても着ていく服ってこの持込時に着たリクルートスーツくらいなのよね。

 以前普通の私服着ていったらダサい! って怒られたのはショックだったわ。

 この"I♡地球"Tシャツのどこがダメなんだろう?

 それともオーバーオールだったのがダメだったのかな?

 穴太先生はあたしの衣装ケース見て『ブティックに着ていく服が全くねぇ! いや外に来ていける服さえねぇ』とか言ってたし、鈴ちゃんには真顔で『今度私が見繕って持ってきます』って言われたわ。

 さすがに後輩に迷惑かけるのは気が引けるんで断ったけど。


 場所はちょっとおしゃれなエスニック風な居酒屋にしたの。

 女子会にもってこいなのよね~。

 今日のメンバーは前に言った4人と私。

 同じ雑誌に連載している人達なの。


 まず我らが雑誌人気No.1の絶対エース。

 大人気学園ラブコメの作者である穴太 咲あのお さき先生。

 ボーイッシュな姉御肌の大先輩で頭が上がらないの。


 次は同じく学園ラブコメの粟津 祥子あわづ しょうこ先生。

 おっとりした喋りの優しくて面倒見がいい素敵な人。

 最初の頃何回も栗津くりつ先生って呼んじゃってたわ。

 でも笑って許してくれたの、とても心が広いのね。


 鈴 直子すず なおこ先生こと鈴ちゃんはシュール系恋愛ギャグマンガを描いてるの。

 最近デビューした後輩で私に懐いてくれてるのよね。


 最後は同期の唐橋 桂からはし けい先生。

 ハードボイルドな探偵物の恋愛マンガが人気で、あたしが持込した時に偶然一緒になってそれから仲良くなった。


「「「「「カンパーイ!」」」」」

「穴太先生、粟津先生先日は助けていただいてありがとうございました!」

「いいっていいって後輩の面倒見るのは先輩の役目だしな」

「そうよ、困ったときはお互い様だし」

「本当に助かりました~」

「先輩! 今日はご馳走になります! そう言えば先輩来月号は増ページって聞きましたけどもしかして今日はそれ手伝いの事前買収っって事ですか?」

「うっばれてる。でも出来るだけ自分でやって間に合わなかったらヘルプってするから、そのときはお願いね」

「あんたもアシを雇えばええんよ。同期のうちでさえ2人雇ってるんよ?」

「いや~気心が知れない人と一緒の部屋に居るのは苦手で……」


 その後は近況報告や編集部の愚痴話を肴に酒もすすむすすむ。



「あっはっは、しかしあたし等って恋愛マンガ描いてるのに本人達は全然縁が無いよな!」

「そうよね~」

「あたしは現実の恋愛にはあんまり興味無いですね~」

「先輩それ悲しすぎます……」

「うちは年下で主夫してくれるような人が好みやわ」

「ハードボイルドなマンガ描いてるのにショタ趣味だったなんて……」

「作風は関係あらへんよ! ショタってのは人聞きが悪いで」

「まぁあたし等が漫画書いて旦那が家事してくれるってのには実際憧れるな」

「「「「ですよね~」」」」


 そんな楽しい時間も過ぎていきお開きの時間になった。

 再度みんなに来月ヘルプのお願いをして解散した。


 昨日は飲みすぎたわ~頭が痛い~。

 仕事は明日から頑張ろう。


『先生ネームはまだですか?』


 カレンダーを見て驚いたわ。

 この一週間まったく仕事してなかった。


「明日までには出来るから明日の午後3時に過ぎに来て」


『分かりました。あとコミック修正箇所は明日持っていきます』


 ガチャン


 誤魔化す為にこう言ったけどどうしましょう?

 主人公が正しい方法で勝つには……。

 ん? このスニーカーって通気性が良いけど雨とかに弱そうね?

 そうだ! 設定的には中世ヨーロッパな世界観なんだから舗装とかされてないわよね?

 突然歴史的な大雨が続いて~道がグチャグチャになって~この靴を履いたらドロドロになって~そしてみんなから批判が出るの!

 そこを主人公が防水の靴を開発して~発売して~みんなや貴族の青年から感謝されるの!

 これだわ! あたし天才かも!

 早速資料として長靴買ってこないと……。



「う~ん、先生。ちょっとこの展開苦しすぎませんか?」

「えっ? そうかな? 主人公の機転でライバルに勝利するって言う王道的展開よ?」

「まぁそうなんですが……。やっぱり中世ヨーロッパにスニーカーモドキ出したときに止めるべきでしたかねぇ」

「そんな今更……」

「まぁ時間も無いですし大筋はこれで行きましょうか。でもこの大雨が続くって言う風景のシーンを7ページも続けるのは換えてくださいね」

「はぁ~い……」


 ちぇっ増ページ分楽出来ると思ったのに。


「コミック用修正ページはここに書いていますのでお願いしますね。これは締め切り早いですから気をつけてください」

「えっ? それ聞いてないよ?」

「一昨日朝にFAXで送った筈ですが……」


 一昨日の朝と言ったら二日酔いで死んでたときだわ。

 そう言えば昼起きたときになんか床に紙が落ちてたからごみと思ってゴミ箱に捨てたんだった。


「ああぁあれね! 忘れていたわ。思い出した大丈夫よ」


 あとでゴミ箱から回収しておきましょう。


「大丈夫ですか~? 本当に頼みますよ? それでは次の仕事があるので私はこれで」

「は~いお疲れ様~」


 やっと帰ったわ。

 えーとゴミ箱ゴミ箱~あっこの紙ね。

 しかしあと一日ずれてたら燃えるゴミの日だったんでやばかった。

 締め切りは~? うっ、ちょっときついわね。

 取り敢えずこれから先にやりましょうか……。



「やばい! このままではやばいわ!」


 修正に思った以上に時間が取られちゃった。

 だって他にも妥協したコマとか後から変えたくなったコマとか自分の中で色々有ったんだから!

 やっぱり大切な読者には完璧な物をお届けしたいじゃない?

 締め切りまで2週間を切ったのにネームのままで更に巻末ページなんて何も考えてない。

 う~んネタと言うとセンジュナマコの一個小隊結成かな?

 あたし的には嫌な思いでだけど"損して得を取れ"って言うし。

 ああそうそうこう言うの関西では"おいしい"って言うのよね。

 まぁ他にもネタになる事が有るかもしれないし保留しておきましょう。



「ううっ本当にやばいわ」


 もうすぐ締め切りまで一週間を切っちゃうのにまだ下書きが終わらない……。

 雨のシーンのカットを大幅変更させられたのが痛かったわね。

 仕方が無いわ、みんなにヘルプを頼みましょうか。

 みんなならこの時期既に入稿してる筈だしね。

 5人力を合わせたらすぐに終わるわ!

 そうだ! 完成の前哨祭として女子会を開催しましょう。

 勿論手伝ってもらう御礼として今回も奢っておこっと。



 今日は女子会よ。

 やっとペン入れに入ったとこだけど明日から5人でやればすぐよね。

 あっそろそろ出ないといけない時間ね。


 ガチャ


 あら? 誰かしら階段のところに知らない男の子が居るわね?

 中学生か高校生位かしら結構かわいい顔してるわ。

 でもなんか凄い荷物持ってるわね。

 引越しかしら? そう言えば隣空いてるみたいだし。

 取り合えず大人の女性としてきちんと挨拶しておきましょう。

 う~ん大人の女性ってどういう感じ?

 丁寧な言い回しで、ちょっと気取ってみようかな?

いきなり『あなた一体誰?』とかじゃなくて、まずは挨拶から……。


「あら? こんにちは。君見ない顔ね? どなたかしら?」

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