第5話 遭遇!腹ペコモンスター

 

 

「さて今日から一人暮らしだ!取り敢えず飯だが一人前を一々作るのも面倒だな。大量に作って作り置きでもするか」


 実際は昨日の夜から一人暮らしをしているのだが、本格的始動と言う事で改めて気合を入れる。

 そう言えば先日会った隣の美人はあれから見ないな。


 料理は小さい頃からやっていた。最初は必要に駆られてからだが。

 しかし今では唯一の趣味と言っていいかもしれない。

 と言ってもレシピ本とかで勉強した訳でもなく理科の実験チックにシェフの気まぐれ料理ならぬ俺の気まぐれ料理と言う感じだけどもな。

 別に赤の他人にご馳走する訳でもなく自分や両親と言った身内だけの為だからそれで良いんだよ。


 何を作るか? 冷凍して置いとけるものと言うとカレー? それとも~?

 あっそうだ! 今回はミートソースを作ろうか。

 最近はボロネーゼとか言うんだっけか?それとも違う料理なのだろうか?

 まぁどっちでもいいや。

 あれなら基本材料切って下拵えをしたら後は煮込むだけだ。

 カレーと違い、パスタの他にもドリアや野菜炒めの調味料、それこそご飯にかけるだけと色々とか使い道が有るから便利だ。

 そりゃカレーもやろうと思ったら色々出来るけど、カレーはどうしてもカレー味の何かにしかならない。

 そうと決まったら話が早い。俺は商店街まで食材の買い出しに出かけた。


 途中でまた宮之阪を見かけたが流石に今日は白ワンピじゃなかった。

 何故かこちらを見ているようなので俺のことを思い出したのかと思い目を向けると、その目付きは鋭く久し振りに合った友人に向ける様な物ではなかった。

 不思議に思いその目線の先、すなわち俺を挟んだ対角線上に目をやると、そこには朝っぱらから路上で酒を飲みフラフラと歩いているおっさんが見えた。

 あぁ、あれを見兼ねてあんな顔をしていたのかと納得してその場を去った。


 食材探して商店街をあちこち探索する。

 えーと調味料は大体揃っているから、人参、玉葱、パセリ、野菜はこんなものか。

 それに主役の合い挽きミンチに他は……ローリエにトマトピューレ缶も必要だな。

 確かこの近くの酒屋にはそういう物が纏めて売っていたはず。

 今で言うコンビニみたいな感じだな。

 まだ有るかな? もしかして本当にコンビニに変わっていたりしないだろうか?

 確かこの向う……、おっ有った有った当時のままだ。

 小さい頃お使いでよく来たっけ。

 お酒以外にも缶詰とか調味料とか売ってるから便利なんだよ。

 お駄賃として一緒に売ってるお菓子とか買ったんだよな、懐かしい。

 そうそう赤ワインも必要だ。500円くらいの安物を2本ほど購入しておく。

 勿論この酒屋の大将は俺のことを覚えていたので料理に使う事を約束して売ってもらった。

 後は……、あっ有った有ったチョコ玉子!中におまけが入っている有名な玉子型のチョコレート菓子だ。

 俺のレシピは隠し味にチョコを入れるのだが、色々と試してこれに落ち着いた。

 高いチョコだったら良いかと思ったが、それでは甘さと匂いが勝ちすぎたりして俺の腕じゃ味が定まらなかった。

 その点このチョコ玉子は丁度良い。

 但し、内側にホワイトチョコを繋ぎとして使っている奴じゃないとダメだ。

 メーカーによっては普通のチョコだけのも有るんだけどそれでは結局普通のチョコと変わらない。

 多分ブラックチョコとホワイトチョコのハーモニーが上手い事いっているのだと思う。

 おそらく同じ様にちゃんとしたホワイト板チョコとかそれこそココナッツミルクとか入れたらもっと美味しくなるかもなのだがコストパフォーマンスを考えるとチョコ卵2個も有れば十分余るしくらいだし、割合とか考えるの面倒くさいからね。


 必要食材を買い集め部屋まで戻ってきた。

 台所に立ちどんどん野菜をザクザク切っていく。

 昔フードプロセッサーを使って楽しようとしたら加減を間違えて野菜ジュースになってしまった苦い思い出があるので包丁でザクザク切る。

 俺はある程度大粒の方が食感的に好きなので5mm位にザクザク切る。

 そしてこの寸胴鍋にワインをドボドボ~と半分まで入れる。

 トマトピューレ缶とコンソメ1個半入れてそのまま中火で暫く火をかけアルコールを飛ばす。

 その間にミンチを炒めて色が変わったらカットした野菜も入れて塩コショウ。

 肉の油が飛んだらザバーッと鍋に入れる。

 鍋の縁まで隙間があるならワインを追加してローリエ投入。

 暫く灰汁や浮いてきた油を取りしながらかき混ぜる。

 しかしなんか煮込み料理は様式美でローリエ入れてるけど実際どのタイミングで入れて更に入れた事でどんな意味があるのかは分かっていなかったりする。


 フンフンフ~ン、これぞThe適当! これぞThe男料理! あぁテンションが上がるなぁ~。


 ある程度水位が減ってきたらここでケチャップをブチュチュ~っと入れる。

 そして醤油を少々トポポ~。

 暫く焦げないようにかき混ぜて味見をする。

 よし! いい頃合! ここでチョコ卵の登場だ!

 取り敢えず半分に割り中のカプセルを取り出して4分の1づつ入れながら味を確認する。

 う~んこの味なら1個と4分の1位だな。

 落し蓋をして弱火でコトコト煮込んで適当なタイミングでローリエを取り出す。

 ああ~良い匂いだ!すごく食欲をそそる。

 後は落し蓋が具に乗っかり水位がそれ程度になるまでじっくり煮込むだけ。


 さぁ今のうちに料理に使った道具の洗い物でもしておこう。

 俺は汚れたまな板やらフライパンやらを洗い出す。


 ーースッ


 ん? 今誰か廊下を通ったか?

 目の端に映る窓の外を黒いものが横切った気がした。

 俺の部屋は端なので他の部屋の住人が通る訳も無いのだが……、少し開けている窓の隙間から廊下を伺っても人の気配は感じられない。

 暫く耳を澄ませてがチャイムも鳴らないし、やはり気のせいか鳥か何かだったのだろう。


 焦げ付かないようにたまに落し蓋を取り出し掻き混ぜながら更に煮込む。

 この鼻腔を擽る芳しい香りはもう今でも食べられるんじゃないか?と思わせるのだがもう少し。

 すでに日は傾いてきている様で、窓の外から茜色が部屋に射し込みだしている。

 良い感じに水分が飛んだらここで粉チーズをバラバラーとまぶし全体に馴染む様に掻き混ぜる。

 よし完成! あ~この匂い反則だわ。


 一食目はやはり王道のミートソーススパゲッティだな!

 一緒に買ったパスタを茹でる為パスタ鍋に水を張ろうとしてそれ・・と目が合った。

 それ・・は窓の隙間から虚ろな目でこちらを見つめていた。

 顔色は生気が無く目の下の隈は浅黒い。

 まるでゾンビ映画から抜け出して来たかの様だった。

 それ・・は何やら小さく低い声でボソボソと喋っていた。


『イイニオイ……ソレチョウダイ……ソレタベサセテ……』


 ぎゃぁぁぁぁー! でたぁぁー!

 恥ずかしながら大の男がマジ悲鳴を上げてしまった。


 しかし目の前のそれ・・はそんな事はお構い無しに相変わらず虚ろな目で、

『オナカスイタ……オネガイ……ソレタベサセテ……』

 と繰り返すだけだった。


 ん? お腹がすいてる?

 その言葉に少し落ち着いてそれ・・を良く見ると別にゾンビや幽霊という訳でもなく凄くやつれた顔をした女性のようだった。


「お腹すいてるの?」


 俺は恐る恐る声をかけた。

 すると女性はコクコクと激しく何度も頷いた。

 凄く怪しいのだがその切羽詰った様子に放っておけない気分になり扉を開けて部屋に招きいれた。

 その姿は髪はボサボサでよれよれのジャージ上下を着ており、およそ女性が人前で見せる格好とは思えなかった。

 これでも若い男子だ。それなりに女性には普段から小奇麗にして欲しいとの願望は持っている。

 家でもお洒落な母さんは兎も角、お姉さんだってここまでだらしなくなかった。

 目の前の女性は俺の願望は幻想だと如実に訴えており、今まで培ってきた固定観念がガラガラと崩れていくのを感じた。


「取り敢えずすぐに用意するからそこで座って待ってて」


 気を取り直してそう声をかけるとその女性は大人しく食卓の前に座った。


「スパゲッティでいい?」

 と言う質問には、

『……ナンデモイイ……』

 と答えるだけだった。


 鍋のお湯が沸騰するまで待て無さそうなので電子レンジで茹でれるというタッパを使ってみた。

 ええと何々一人前で標準茹で時間の+4分?

 なんか鍋で沸騰させるのとそんなに変わらない気がするんだが気のせいか?


 チーン


 7分後茹で上がったパスタを湯切りして皿に盛り、上からミートソースをかけて出来上がり。


「はいお待たせ、粉チーズはお好みで」


 待ち疲れて食卓に突っ伏していた彼女の前にスパゲッティを置いたらガバッと起き上がり返事もそこそこに凄い勢いで食べ始めた。

 脇目も触れず凄まじい勢いで貪り食うその姿に思わず

「まるで腹ペコモンスター……」

 と言う言葉が零れ落ちるのだった。


 ピピピッピピピッ

 その時キッチンタイマーが俺用にと鍋で茹でていたパスタの茹で上がり時間を教えてくれた。

 先程と同じように湯切りをして皿に盛る。

 ミートソースと粉チーズをかけてさぁ食べようかと振り返ると腹ペコモンスターがこちらを見て『オカワリ……』と言ってきた。

 その言葉に崩れ落ちそうになりながらも手に持っている俺のスパゲッティを差し出した。


 またモシャモシャと食べだしたのを見て少し噴出してしまった。

 まぁいいかと取り敢えずそのまま俺も腰を下ろす。

 そう言えば俺が作った料理を両親以外に食べさせたのは初めてだな。

 この初めての体験に心が高揚していくのが分かる。

 人が俺の料理を食べているのを見ていると何故か凄く幸せな気分になった。


 空腹が癒されて少し余裕が出来たのか腹ペコモンスターは顔を上げて「ありがとう」と言って微かに笑った。

 その笑顔はどこかで見た覚えがある。

 誰だろう?オートロックのマンションだから住人だと思うんだが挨拶した中でこんな怪しげな人物は居なかった。

 誰だったか思い出せずに腹ペコモンスターを眺めていると食べる毎にどんどん血色が戻ってきた。

 まるで逆再生しているかのように回復していく様子に『すごいね人体』そんな言葉が頭に浮かんで消えた。


 いやいやこれ本当にモンスターって訳じゃないよね?


 あまりの出来事に言葉を失っていると、すっかり元気を取り戻した彼女がこう言った。


「ご馳走様~!凄く美味しかったよ!ここ最近ずっと部屋で缶詰状態で仕事してたらつい食べるの忘れてしまっててね、気付いたら飢え死にしそうになってたのよ~」


 そうこの顔には見覚えがある。


「そしたら隣の部屋・・・・から凄く良い匂いが漂ってきて居ても立ってもいられなくなって来ちゃったのよ」


 顔を赤くして恥ずかしそうにしている彼女は隣人美人の墨染さんだった。


 しかし初対面と真逆の格好の彼女に僅かに残っていた幻想と言う名の固定観念は完全に吹き飛ばされる事になった。


「びっくりしましたよ。窓の隙間から誰かがこちらを覗いてるんですから」


「驚かしてごめんね~。でもあんな美味しそうな匂いを嗅いじゃったら止まらないわよ~」


 墨染さんは始めて会った時のキリッとした雰囲気とは違いかなりゆるい感じでそう微笑んだ。


「しかし食べただけでなんか凄い回復していきましたけど、墨染さんって本当に人間ですか?」


「涼子って呼んで良いよ~。あはは~それ昔からよく言われる~。ちゃんと人間だよ~」


 呼んで良いよと言われても下の名前は初耳です。それに化け物は自分のこと化け物だと言いませんよ?


「あたしって昔からお腹減ると凄く顔に出ちゃうのよね。それで食べるとすぐに戻るの。ただ今回はそれが行き過ぎちゃったのよね。戻るスピードは変わらないみたいね」


 それ本当に人間なんでしょうか?なんか本当に腹ペコモンスターなんじゃないでしょうか?


「そうなんですか……。そんなになるまで缶詰状態で仕事って涼子さんは何している人なんですか?」



「ふっふ~ん、知りたい? 実は実は私~漫画家なの」


 涼子さんはドヤ顔でそう言った。

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