10年ぶりに帰って来た街で色々大変です。 ~わりとヒドインだらけな俺の学園青春記~

やすピこ

第一章 大変な日々のはじまりです

第1話 帰って来た街

「ここからの眺めも変ったな」 


 春近し新緑の萌ゆる穏やかな日差しの中、遠く懐かしき日に走り回った河川敷を歩く。

 青草の匂いを運ぶ風も心地よく小鳥達のさえずりも春の到来に喜びの歌を奏でているかのようだ。

 堤防の上に立ち、崖下を見下ろす。

 そこから見える町並みは視線の高さの違いだけでは無く、小さき日々の景色との違いがモザイク画の様にチグハグで記憶のピースを拾い上げ見慣れぬ箇所に当て嵌めていった。


 俺の名前は牧野 光一まきの こういち、先日中学を卒業したばかりの15歳だ。

 俺は十年振りに生まれ育ったこの街に帰って来た。

 遠く懐かしきなんて仰々しい言い方をする程かと言われそうだが、今年16歳になる俺としては人生の三分の二に値する年月なのでそんな感想もそうおかしいものではないだろう。

 それにこの十年間親の仕事の都合で数えるには両手が必要な回数の引越しを繰り返してきたこともあり、記憶の中でしっかりと根付いている場所はこの街だけなのだ。


 様々な出会いと別れを経験した俺は、考え方もさる事ながら人付き合いにおいてドライになったと思う。

 旅立つ者と残される者― 両方ともずっと忘れないと言って別れるけども、旅立った者はその時の思いのまま時間が止まっているが、残された者達は置いていかれた寂しさや怒りといった、旅立って行った者が開けた心の穴を傷が治癒していくが如く、自然と新しいコミュニティを築いていき、旅立って行った者が戻る隙間が無くなっていくものだ。

 小さい時はそれが分からず、引っ越した先から手紙を出したりしていたが、大抵数回返って来ただけで、その内返信が来なくなり寂しい思いをした記憶が今も胸に残っている。


 この街に帰ってきたと言っても10年前の友人達は俺の事なんて忘れている事だろう。

だから無理に入り込もうとはしないし、異分子となった俺のことなんて彼らも迷惑と思うだろう。

 だけど別にボッチが好きとか人と話せないと言う事は無く、みんなで騒いだり遊びに行ったりは大好きだ。

 そもそもドライになったのも人と別れるのが悲しくて嫌だから自然と身についた防衛機構の様な物だ。

 出来るだけ広く浅く、去る時も笑顔でいれる人間関係を構築出来るスキルも習得した。

 新しい場所にもいつの間にか入り込み、居て当然な顔で周囲と付き合い、去った後もそう言えば居たねと記憶の片隅に残す程度の存在感から、ある人には「ぬらりひょんみたいだね」と言われたことがある。

 確かに言いえて妙だなと思い出し笑いをした。


 恋愛に関してもそうだな…… 、


『……ヒックッ ヒックッ……ぜったいおおきくなったらおよめさんにしてね……やくそくだよ? 』


『……マタ、アエルノ、シンジテイルカラ…… 』


『……置いてどこかに行くなんて! 絶対ゆるさない! 絶交だ! 』


 幾度か好きな子が出来たが、別れ際の悲しみが大きくなるだけだと、何回目かの引越しを境に心に蓋をした。

 俺が親から独立し、一人暮らしでも始めて腰を落ち着けるまでは誰かを好きになる事はないと心に決めている。


 そんなことを思いながら、また堤防の上を歩き出す。

 休日である今日は天気がいい事もあり、広い河川敷では草野球を楽しむ子供たち、バーベキューを楽しむ家族連れが多く見受けられる。


「楽しそうだな……」


 俺の家は両親共働きで、休日も仕事で家に居ない事が多く、家族でどこかに遊びに出かけるという事も記憶の中でも数回だ。

 親父は国内大手の商社に勤めており日本だけじゃなく海外の支社へも転勤につぐ転勤で世界各地を飛び回っている。

 本人曰く業績が落ちた支社の建て直しや、新規事業所の立ち上げ等の請負人で軌道に乗る目処が立ったら新しいところに移動させられているらしい。

 誇らしげに言う親父なのだが、それに付き合わされる俺の事も考えて欲しいものだ。


 母さんは外資系の商社の社員で、これまた世界各地を又に掛けるエージェントとしてあちこちと飛び回り、家を留守にしている事が多い。

 同業他社である二人は元々ライバルで、業界では犬猿な二人、東の龍と西の虎、水と油等々有名な存在で日々バトルを繰り広げていたそうだ。

 今ではそんな事は見る影も無い、たまに会えた時なんて子供の俺の前だろうが、二人してイチャイチャと自分達の世界を作っているので目も当てられない。


 まぁそんな事もあり、なかなか家族団欒と言うような機会は少なかったが、今回の転勤を機に親父はこの街の支社の支社長となり、暫くはここに落ち着く事になったそうだ。


 母さんもそれに合わせエージェント業を退き日本支社の管理職へ移動願いを出している。

 これから少しは家族団欒の時が増えていくだろう。

 うれしいとは思うのだが思春期全開の俺には気恥ずかしく昔のようにはしゃげる気分には素直になれないだろう。


 ふと前を見ると白いワンピースを着た黒髪長髪の少女がこちらに向かい歩いているのが見えた。

 少女と言っても同い年くらいか、眼鏡をかけたその少女はスラッとした長身で少し目がきつめだが美人系の顔立ちだった。

 その顔に見覚えがある…… 。

 チラッと目が合ったが彼女は特に表情も変えず、すぐに視線を外しそのまま通り過ぎていった。

 気のせいかと思ったがどこか引っかかるその顔に記憶の底を探る。

 白いワンピース…… 黒髪の長髪…… 眼鏡……

 10年前にその姿の女の子を見た気がする…… 。

 勿論そのままの姿じゃなく当時の面影があると言うことだが。


「あっ! そうだ! 思い出した」


 彼女は多分10年前引っ越す際に最後まで泣いていて離れなかった幼馴染のあの子だ。

 名前はなんと言ったかな?

 別れ際に将来絶対結婚してねと言って来た女の子。

 懐かしさがこみ上げ、慌てて振り返ってみたがその子の背中は既に遠く、通り過ぎた時と変わらぬ速さで歩く背中が見えた。


「まぁ10年経っているからな。そりゃとっくに忘れているか…… 」


 何度と体験した去る者去られる者の感情の温度差に寂しさを覚えながら、自分も10年忘れていたのだから同じものかと苦笑する。


「まぁ帰ってきたとは言え、10年振りだ。新しい場所としてぬらりひょんスキルを駆使して居場所を作るか」


 それに今回は少なくとも高校卒業まではここに腰を落ち着ける事になるだろう。

 いつものように上辺だけでなく、ちゃんとした友人関係を築く事が出来るかもしれない。

 そう思うと再来週から始まる高校生活に思いを寄せて少し心が弾んだ。


 ブブブッ、ブブブッ―


 急にポケットに入れたスマホのバイブが振動した。

 誰からだ?

 スマホの画面には親父の名前が表示されていた。

 何事だろう? 今日は引継ぎ準備のため支社に休日出勤している筈だが?

 なにかとても嫌な予感がする…… 。


「もしもし? 親父急にどうしたんだ? 」

 そう聞きながらも次の言葉が予想出来た。


「光一! すまん知らせたいことがあるからすぐに家に帰ってきてくれ! 」



 ―― やっぱりか…… 。

 この言葉を聞いたのは果たして何度目だろうか?

 予想通りの言葉に、俺は肩を落としてとぼとぼと家路に着くのだった。

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