第14話 抜群のコミュニケーション能力

 俺の両腕の中にラスがいる俺の両腕の中にラスがいるラスがラスが。


「いま俺の腕の細胞とラスの肩の細胞が交換留学を果たしている」

『すらすらと気持ち悪い表現が出てくるのに感心するよ』


 プリンはそう言うとラスの顔を見上げた。


『どうやらラスは力を使い果たしたようだ』

「あぁ、俺も力を使い果たしそうだ」

『……ちょっとこっちへ連れてこい』


 言われた通りについていくと、そこには河原があった。

 動物たちの休息場になっているのだろうか、馬が水を飲んでいる。


『このローブを敷いて……そうそう、そんでラスをそこに寝かせるんだ』

「これは別れではない、新たなる出会いへの第一歩なのだ」

『名言っぽく言うな』


 俺は泣く泣く密着状態を解除し、ラスをローブに寝かせた。

 側に、ラスに吹き飛ばされたであろうゴブリンの棍棒が転がっていた。


「そう言えばゴブリンはあれで全部なのか」

『オンセーン村に行ってみないとわからないな』

「村まで後どんくらいなんだろう」

『ラスが起きないとわからないね』

『今オンセーン村と言いましたか?』


 優しく澄んだ女性の声が背後から聞こえてきた。

 俺の予想では百二十パーセント美人だ。


「はい! 今オンセーン村って言いました! ボク勇者マサオです!」

『ふふふ、面白い方ですね』


 手をあげながら勢いよく振り返る俺。

 だが、そこにいたのは……。


「なんだ馬か」

『はい、馬ですよ』


 栗色の艶々した毛並みに黒い大きな目の馬だった。

 なんで俺は動物にばかり話しかけられるのか。


『オンセーン村にいた私のご主人さまがゴブリンにさらわれてしまったのです』

「ほう」

『なんとかしたいのですが、見ての通り私はただの馬です』

「しゃべる馬のことをただの馬と言って良いのか?」

『……なあ、マサオ。いつか言おうと思ってたんだけどさ』


 プリンが俺の服のすそを掴んでクイクイと引っ張る。


『俺たちがしゃべれるんじゃないんだ』

「しゃべってるだろ」

『あんたがしゃべれるんだよ』

「俺がお前でお前が俺で?」

『よくわかってないようだな』


 プリンが後ろ脚で耳の裏をポフポフしだした。

 俺も昔やってみて脚がつったことを思い出した。


「そんでそのご主人さまは今どこにいるんだ?」

『ゴブリンたちの本拠地だと思います』

「それはどの辺に?」

『オンセーン村から三キロほど東に行ったところです』

「地味に遠いな……プリンどう思う?」


 プリンはしばらく首を傾げてから馬に向かって言った。


『俺たちのクエストはオンセーン村のゴブリン退治だ。寄り道してる余裕はない』

「だとさ。悪いな」

『そうですか……』


 馬はシューンとうなだれてしまった。

 でも彼女には悪いがプリンの言う通りだ。

 先に受けた依頼を遂行するのが勇者道だろう。


『ご主人さまはそれはそれは美しい女性なのですが……』

「プリンよ。困った馬の頼みを聞かないのは勇者道に反するとは思わんかね?」

『多分もう色々と反してると思う』

「それに拠点を叩かなければ、またオンセーン村が襲われるかもしれないだろ」

『うーん。正論なんだけどマサオが言うとイラッとする』


 なんて失礼な奴だ。


 高校一年生のときにクラスの女の子が「最近私太っちゃったんだよねー」って言ってたから「脂肪を減らすなら有酸素運動すると良いよ」って言ったら「あんた誰?」って返されたくらい俺は正論を言うのに。


「う……んんぅ……」

『お、ラスが気づいたようだ』


 ラスは目を覚ますとプリンを見て、俺のことは見ず、馬のことを見た。

 俺と目を合わすのが恥ずかしいのだろう、可愛い奴め。


「馬?」

「さらわれたご主人さまを助けてほしいそうだ」

「マサオは馬と話せるの?」

「え? ラスは話せないのか?」

「話せるもん」


 そう言うとラスは馬の目の前にドーンと仁王立ちした。


「何の食べ物好き?」

『……』

「そうなんだ、ラスはオムライスが好き」

『……』

「甘いものも大好き」

『あの……この子は何を言ってますか?』


 マジか。

 もしかしてこれは。


『マサオ、これで俺がさっき言った意味がわかっただろ』

「ああ、わかったよ」


 俺はプリンの頭をなでながら、精一杯の爽やかイケメンボイスで答えた。


「ラスは中学二年生くらいの女の子が『私動物と話せるんだよねー』って言っちゃうのと同じだね」

『そっちじゃねーよ!』


 プリンがプクーっと頬を膨らませた。

 俺はそれを指でツンツンしながら笑って返す。


「わかってるよ、動物と会話できるのはどうやら俺だけなんだな」

『そういうことだ。どこでそんなスキル習得したんだ?』


 俺にはわかっている。あいつだ、おしゃべりクソ女神だ。

 そりゃ動物と話せるのは、ある意味抜群のコミュニケーション能力だ。

 だが、そうじゃない。俺が欲しかったのはそういうのじゃない……!


 こうなると可愛いヒーラーのこともあんまり期待できないな。


『マサオ、そろそろ行こう。あの馬が困ってるぞ』

「困ってる?」


 チラリと目をやると、そこには馬に一方的に話しかけ続けているラスがいた。

 馬はこちらに助けを求めるような顔をしている。


「ラス、出発するぞ」

「わかった」

「馬とは話せたか?」

「話せた」


 まだだ。まだ動物と話せてないことをつっこんじゃダメだ。

 少しデレてきた頃合いを見計らって言ってやれば、顔を真っ赤にして俺をポカポカ叩いてくれるに違いない。


『道案内は任せてください。私ならここからニ十分もあれば着きますから』


 そう言うと馬は疾風のごとく駆け出した。

 その足は地面をリズミカルに叩き、グングンと加速していく。


「さすがに馬だな、すごい速さだ」

『ああ、そうだな』


 問題は俺たちを乗せずに行ってしまったことだ。

 この世界の生き物はみんなどこか抜けている気がする。

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