7-5手にしたもの

 翌朝。俺は全身の痛みで目を覚ました。身体中が悲鳴をあげている。俺は見事に全身筋肉痛になっていた。

「かっ、はっ……。いってぇ……。なんだこりゃ……」

 過去経験したことのないレベルの筋肉痛だ。起き上がろうとしているのだがそのための筋肉がうまく使えず、かんぱんに釣り上げられてビチビチと跳ね回るカツオのように、ベッドの上で痛みに悶えている。

 その後、なんとか起き上がりリビングへ向かった。



 リビングにはすでに起きていた銀と宗麟さんが将棋盤を挟んで座っていた。どうやら一局指した後のようで、感想戦をしていた。だがもうそんなことどうでもいいくらい身体が痛い。

「おはよう、土橋君」

 宗麟さんが爽やかな朝の挨拶をしてくれるが、身体が痛すぎてまともに発声できない俺はボソボソと「おはようございます……」と言うのが精一杯だった。

 そしてぎこちない足取りでなんとか椅子に座り、背もたれに体重を預けた。

「ど、土橋、どうした……?」

「全身筋肉痛なんだよ……」

「なるほど。だらしないな」

 銀にたった二言で斬り捨てられてしまった……。

 本当に鍛えないとダメだな……。

 朝っぱらから落ち込んでいると、三人娘も揃ってやってきた。いや、正確に言うと揃っていたのは狭山さんと歩美だけで、香子は少し足並みが遅れている。

「おっはよう~」

「おはようございます」

「おはよう……」

 朝の挨拶も香子だけは元気がない。まさか、香子も筋肉痛か?

「風岡も筋肉痛なのか?」

「えぇ、全身筋肉痛だわ……」

 そのまさかだったようだ。銀の問いかけにボソボソと答える香子を見て、俺は仲間を見つけたと思い嬉しくなる。

「まったく、だらしねぇな香子は」

 香子が俺をキッと睨む。

「土橋も同じだろう」

「こら銀、バラすな」

「えぇ~、土橋くん、ずる~い」

 歩美にずる呼ばわりされるとは心外だ。

「あたしと麗華ちゃんは大丈夫なんだよ~。二人ともだらしないね~」

「あ、歩美……。風岡さんと土橋さんはあの洞窟を踏破したんだから当然よ。途中までしか進まないで、あとはほとんど待機だった私たちとは違うわ」

 さすが狭山さんはわかっていらっしゃる。

「まあ、あれくらいで筋肉痛になるようじゃ、だらしないと言われても仕方ないがな」

「銀、黙ってなさい……!」

 香子が凄い剣幕で銀を黙らせる。真っ黒なオーラが香子の全身から爆発的に放たれたように見えたのは、俺だけじゃないだろう。銀もたじろいでいる。

「はいはい、そこまでだよ。みんな朝食を食べよう。食べ終わったら支度をして、帰ろう!」

 宗麟さんが空気を切り替える。

 これにてノーサイドとなった俺たちは朝食を済ませ、身支度を整えて狭山家の山荘を後にした。


 帰りの道はやはり揺れに揺れたがなんとか大学の正門前に着き、俺たち学生相談所四人組は車を降りた。

「それではみなさん。改めまして、ありがとうございました。そして騙してしまってすみません」

 狭山さんは深々と頭を下げる。

「もういいのよ、麗華。また何かあったら言ってちょうだい。でもそのときは嘘や隠し事はなしよ」

「はいっ!」

 香子の言葉に短く返事をして狭山さんは車に乗り込んだ。

「それじゃあみんな、今日もあっついから熱中症とか気をつけてね。またね」

 宗麟さんは運転席から手を振って車を出し、去っていった。


 こうして俺たちの小冒険はようやく終わりを迎えた。俺と香子の身体に筋肉痛だけを残して……。

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