7-4長かった一日の終わり
なんとか事なきを得た俺は服を着て、ようやくみんなの元へ戻った。
「よう、遅かったな。これ、土橋の分だ」
銀がそう言ってグラスに入った麦茶を手渡してくれた。遅くなった理由を説明する気はない俺は、礼を言ってそれを受け取り一気に飲み干した。
「ぷはぁっ。うめぇな」
風呂上がりの麦茶程うまいもんはない。
「で? どうだったんだ?」
「え? あぁ、よかったよ。銀もやればよかったのに」
俺の言葉に銀は顔を曇らせる。
「本人を前にしてこう言うのは気がひけるようだが、……俺には恥ずかしくてできない」
ぐはっ……! 恥ずかしい……。言葉の手裏剣が胸に突き刺さったのを感じた。言葉は凶器だという事を俺は身をもって理解した。
「なになに~? 土橋くん何したの~?」
歩美のおもしろいことレーダーに引っかかってしまったようだ。言えるわけないだろ。たった今「恥ずかしい」と
「え、いや、別にいいだろ。なんでも……」
俺は
「温泉が滝のように流れていただろう――」
「あぁー、やめろ銀。言わんでよろしい」
俺は銀の口を塞ごうと手を出すが、銀は器用にパリィして全て弾き落とした。こんな時に妙な技術を使ってくれるな。
「土橋くん、おとなしくして~」
歩美め……。そりゃ、こっちのセリフだ。もう聞くなよ……。
「そんなに隠されると聞きたくなりますわ」
「不知火君何があったんだい?」
狭山兄妹まで首を突っ込んできた。もはやこれまでか……。観念した俺を見て、銀はしゃべりだした。
「その滝のように流れる温泉で、土橋は滝行したんだそうだ」
あぁ……。く、黒歴史だ……。
俺は膝から崩れ落ちた。
「あっははははは。すご~い」
「本当ですわね。ふふふ」
歩美と狭山さんはなぜか手を取り合ってキャッキャしだして、チラッと香子に目をやる。
香子は口を尖らせ、バツの悪そうな顔をしている。
「なんだ、香子、どうかしたのか?」
「うるさいわよ、桂介。さ、私はもう寝ようかしら。疲れたわ。おやすみ」
香子は早口でそう言って、スタスタと逃げるように自分の部屋に行ってしまった。
どういうことなんだ……?
「香子ちゃん、何かあったのかい?」
「えらく不機嫌そうだったな」
宗麟さんと銀も気になっているようだ。俺も気になる。
「あのね、さっきお風呂はいってる時~」
「風岡さんも滝行してたんですのよ」
……え? マジ……?
「はっははははは。香子ちゃん、そんなおちゃめ機能搭載してたんだねぇ」
「フッ、よかったな土橋。お前だけじゃなかったようだぞ」
宗麟さんも銀も茶化す。
香子、逃げて正解だよ……。
「やっぱりお似合いだね~」
「考えが似てるんでしょうね」
歩美と狭山さんはまた余計なことを言い出した。
「はぁ、勘弁してくれ……。俺も寝る! じゃあな」
これ以上ここにいてもいいことはないと判断した俺はそそくさと退散し自室へ戻った。
ベッドに転がり込むと疲れがどっとのしかかってくるのがわかった。
はぁ…………。いろんなことが起こった一日だったな…………。
俺が今日あったことを思い返していると、意識が飛びそうになった頃、カラカラッと音を立てて窓が開いて誰かがバルコニーへ出ていく足音が聞こえた。
まだ他のみんなは一階にいるんだろうから、香子か……?
特に用があるわけではないが俺もなんとなく外に出てみることにした。
バルコニーに出てみると、音の主はやはり香子だったとわかった。月明かりに照らされたその横顔は、未だ蒸し暑い真夏の夜においても寒気がするような鋭い美しさだ。まだ乾いていない髪は烏の濡れ羽色をしていて、怪しげに光を反射している。
俺が窓を開ける音に香子は気付いたはずなのだが、こちらを振り向くことはなかった。
「よう。何してんだ、香子」
「別に。星を見ているだけよ」
「ほーん」
「何よ、それだけ?」
香子はやっとこっちを向いた。
「おう、別に用があったわけじゃねぇよ。誰かがこんな時間にバルコニーに出る音が聞こえたから来てみただけだ」
「そう」
香子はまた星空を見上げた。素っ気ないな。
「今日、いろいろあったな」
「そうね。始まりからびっくりしたわ。あんな車で来るなんてね」
「あぁ。あんなごつい車初めて見たぜ。でもあの車でもすんげえ揺れたよな」
「えぇ、酔いそうだったわ」
「ははっ、香子もか。俺もだ。サスペンションなんて、あってないようなものだったな」
「着いてからの謎解きも難しかったわよね」
「そうだな」
一問目の数字。あれをノーヒントで周波数だって見破れるやつはおそらくいないだろうな。俺だってただの思いつきだったし。アトラクション化するならもっと難易度は下げないとだな。時間がかかり過ぎて、客の回転率が悪くなる。なにより七時間以上かかる脱出ゲームなんて誰もやろうとは思わないだろう。
「しかしまさか閉じ込められるとはね。桂介がドアに激突したのを見たときはバカにしてたけど、本当にドアが開かないなんて思いもしなかったわ」
「まだ言うか……。でもマジで焦ったな」
「結局抜け出た先に待ってたのは、大富豪の隠し部屋じゃなくて、星降る広場だったなんてね。綺麗だったけど正直がっかりしたわ」
やっぱり香子も大富豪の隠し部屋を楽しみにしてたのか。まあ、あんな話聞かされたら興味わくよな。
「まったくだな。狭山さんも人が悪いよ」
「隠れて私たちの会話を盗み聞きしてたみたいだしね」
「ありゃビビったぜ。隠れてたのが熊だったら俺たち殺されてたかもな」
「ちょっと、変なこと言わないでよ」
香子は俺の肩をペシッと叩く。
「へっ、いいじゃねぇか。仮定の話なんだからよ」
「もう……」
口を尖らせそっぽを向いた香子を尻目に、俺はバルコニーの手すり壁にもたれかかって星空を見上げる。ちょっと首が苦しい。
「……なぁ香子。めっちゃ綺麗だぜ」
「は? 何言い出すのよ、いきなり」
「都会じゃ次はいつ見れるかわからないくらいの星空だ。目に焼きつけとこうぜ」
「…………」
香子が何か言ったような気がしたのだが聞き取れなかった。
「え? なんだって?」
「なんでもないわよ! ……もう本当に寝るわ。また明日ね。おやすみ」
そう言うと香子は部屋に戻ってしまった。なんか怒らせたか……? 香子はなんて言ったんだろうか。
「……ま、いっか。眠いし。俺も寝よ」
大きなあくびを一つして部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
睡魔のお迎えは早かった。
目を閉じて数呼吸で俺は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます