7-5学生相談所結成

 俺たちは晴れて部としての体裁ていさいを整えることに成功し、部室棟313号室まで戻ってきた。

「さて、それじゃあ申請書類を作成していこうか。と言ってもこの用紙に記入するだけなんだけどね」

 そう言って天城さんは自分の机の引き出しから新団体設立届と書かれたA4サイズの紙を取り出すと、机上に転がっていたボールペンを手に取り記入を開始した。

「サクサク行こう。まずは団体名。学生相談所でよかったよね?」

 香子は首を縦に振る。それを見た天城さんが学生相談所と書き込む。なかなかの達筆だ。

「はい、次。構成員。所長は誰がやる?」

 え? それは、天城さんがやるんじゃ……?

 俺は首を傾げた。香子たちも同じような反応を示している。

「龍子先輩がやるんじゃないんですか?」

「文化部常任委員会の役員は他団体の役員になってはいけない、と文化部常任委員会の内部規約でしっかり禁止されていてね。私は所長はやれないよ」

 そうなのか。

「じゃあ、言い出しっぺの風岡でいいんじゃないか?」

 不知火の案に異を唱える者はいなかった。

「そうね。私自身、天城さんが入ってくれると言う前はそのつもりだったし」

「よし、じゃあそういうことで。学籍番号も教えてくれ」

「はい。17033011です」

 天城さんはふむふむと頷きながら香子の名前と学籍番号を書き込んだ。

「はい、じゃあ次は副所長。誰がやる?」

 誰がやるかと聞きつつ俺に目を向ける。

 お、俺か? しょうがねぇな。なーんてそわそわしていると、

「銀にやってもらうわ」

 香子の答えに思わずズッコケそうになる。急な指名に不知火も珍しくポカンとした顔をしている。自分で言うのもあれだが、結構今回の犯人探しで活躍したと思うんだけどな。

「土橋君じゃなくていいのかい?」

 天城さんも目を丸くしている。

「えぇ。桂介には役員は似合わないもの」

 どういうりょうけんだ、そりゃ。

 しかしまあ、わからんでもない。落ち着きのある不知火の方が役員っぽさはあるなとは思う。

「俺は構わないが、土橋はいいのか?」

「あぁ、いいよ。それにどうせ名目上の役職だろ。誰でもいいじゃん」

 身も蓋もないことを言ってしまったが、実際その通りだしな。

「ふむ、それもそうか。じゃあ、そういうことでお願いします」

「うん、心得た。学籍番号は?」

「17041010です」

 天城さんはまたサラサラとペンを走らせた。

「それじゃああとは平所員の土橋君と歩美の学籍番号を教えておくれ」

「17022181です」

「17022286で〜す」

天城さんは淀みなくペンを走らせる。ものすごい速いのだが、それでも字は綺麗なままで、俺は正直驚いた。さすがだ。

 そのまま水野さんの名前の下に自分の名前と学籍番号を記入し、さらに顧問教職員欄に金内さんの名前を記入したところで天城さんは口を開いた。

「よーし、これでオッケーだな。あとは金内さんにサインと印鑑をもらって、文化部常任委員会の承認を得るだけだ。まあ私からの推薦ということで最初から部会として承認させるから、何も心配しないでいいよ」

 そういえばさっきも天城さんは金内さんに「文化部を作る」とか言っていた。普通は愛好会、同好会、部会と昇格していかなきゃならないはずなのに、いきなり部会なんて。しかも承認させるって言い方も気になるところだ。

「そんなことができるんですか?」

 不知火が怪訝そうな顔で尋ねると、天城さんは悪魔のような悪い笑顔を浮かべて答えた。

「誰に言ってるんだい? 私は文化系団体をべるクイーンだよ? それくらい私がなんとかしてやるさ」

 そ、それくらい、ね。ははっ、すげぇ……。

「やった〜。それじゃあ部室ももらえますよね、龍子先輩!」

 ちょ、水野さん、それはさすがに図々し――、

「もちろん。広告研究会が使っていた513号室を使うといいよ」

 いいのかよ! 至れり尽くせりだな。

「天城さん、本当に大丈夫なんですか……?」

 不知火もさすがに若干引き気味の様子だ。

「まあ大丈夫だよ。君たちは犯人探しに協力した功績もあるからね。その点を強調して私が強引にねじ込むさ」

 そう言って胸を張る天城さん。

 それ、大丈夫って言うのだろうか。たぶん言わない。

 しかし、つくづく思うのは天城さんが肩を持ってくれる心強さと言ったらこれ以上はないということだ。

 コンコンコン。

 とんとん拍子に話が決まっていき、浮かれた空気が支配するこの部屋にノックの音が飛び込んできた。

「どうぞ!」

 天城さんがお決まりの返事をする。もはや条件反射のようになっているのだろう。

 ガチャッ、ギイィッ。

 ドアの蝶番ちょうつがいが軋む音とともに男子学生が入ってきた。その姿を見た天城さんは、あっ……、という表情になった。

「天城委員長……。どうぞじゃないですよ。戻ってきたなら一言かけてください。委員長待ちだったんですから」

 その男子学生が左手を腰に当て右手で頭を抱えて言った。

「ははっ、副委員長の君がいれば大丈夫だと思ったんだよ……」

「そんなわけないでしょう? ほら、バカなこと言ってないで仕事に戻ってください?」

 天城さんとこんな風に会話する人間が文化部常任委員会にいたという事実に正直驚いた。

 まあ副委員長ってことは次席だしかなり天城さんに近い人物なのだろうから驚くほどのことでもないか。これまでの付き合いから察するに天城さんは、強権発動は好きだけど圧政を敷くタイプではないみたいだからな。

「はぁ……。じゃあ私は仕事に戻るよ……」

 そう言って口を尖らせる天城さんは、見るからに不満げなご様子だ。まあいくら天城さんといえども、強い権力を行使するためには通常業務もきちんとこなさなくては、な。

 俺たちは礼を言って退散することにした。

 不知火がドアを開けようとしたその時――、

「あぁ、言い忘れてた。学生相談所については今日中に承認するから、513号室は明日からでも使っていいぞ」

 天城さんはまたとんでもないことを言い出した。そんなに早く手続きって済むのか……?

 みんなが驚いて振り返ると、天城さんは親指を立てウィンクして見せた。

 ははっ、すげぇ……。

「鍵は風岡さんに渡しておこう」

 そう言って天城さんは机の引き出しから取り出した鍵を香子に放り投げた。香子はそれをしっかりとキャッチした。

 こんな扱いでいいのだろうか。たぶんダメだろう。しかもまだ正式には承認されていないというのに鍵を渡してしまうとは……。でもまあ、副委員長も何も言わなかったし、……いいのか。

 こうして、俺たちは学生相談所を結成したのだった。

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