7-4顧問の獲得

 学生課があるのは中央棟だ。一月に在学証明書を発行しに来たのが最後の訪問だったな。思えば最初の最初はあそこだったような気がするな。部室棟で香子に窃盗犯と間違われて今回の犯人探しに巻き込まれるよりも前、学生課の窓口が連続盗難事件でパンクしていたのがまさか伏線のようになっていたとは思いもしなかった。


 中央棟の二重扉の一枚目を不知火、二枚目を俺が開けて女性陣を先に通す。「ありがとう」と礼を言って通る天城さんと水野さん。何も言わずに通る香子。この差は一体どこでついたのだろうか……。

 まあ、別にいいんだけど……。

 学生課は盗難事件が解決したためか、以前のように大挙して訪れた学生たちによって騒がしくなっているというようなことはなく、元の落ち着いた雰囲気を取り戻していた。

 天城さんは颯爽さっそうと窓口へ歩み寄り、カウンターの向こう側へ声をかけた。

金内かなうちさん、ちょっといいですか?」

「ん? あぁ、はいは〜い。どうしました天城さん?」

 天城さんの呼び声に反応し、間延びした返事とは裏腹にさささっとしゅんびんな動きで駆け寄ってきたのは、先日在学証明書を発行してくれたあの女性職員だった。……え?

「あぁっ⁉︎」

 静かな学生課内に俺の叫び声がこだました。

 学生課中の職員と香子たちに白い目で見られる。

「す、すみません……」

 俺はぽりぽりと頭を掻いて謝罪の弁を述べた。

 反省オブザイヤーだな、こりゃ……。まだ一年は始まったばっかりだけど。

「ふふっ、土橋君、やっぱり知ってたのかい?」

「どっかで見たような聞いたような名前だという気はしてましたが、そうでしたか。この名札で見たんですね」

 俺は金内さんが首からぶら提げている名札を指差して言った。

「あぁ、そうなのか。でもまさか叫ぶとはね。はははっ」

 天城さんは笑っているが、職員の一部と香子はまだこっちを睨んでいる。

 すみません……。

「あら、そういえばあなた、前に盗難事件の被害相談に来たんでしたっけ?」

「いや、違いますって。盗難事件の被害相談に来たとあなたに勘違いされただけです。あの時の目的は在学証明書の発行ですよ」

「あぁ、そうでしたそうでした。ふふふ」

 何をヘラヘラ笑うことがあるんだ……。いや、いかんいかん。白い目で見られているのは自分のせいなんだから、これじゃ八つ当たりもいいとこだ。

 俺はちょっと声のボリュームを落とすことにした。

「あの時は盗難事件なんて俺には無関係だったのに、結局こいつらと一緒に犯人逮捕に貢献することになるとは思ってもみませんでしたよ」

「あら、じゃああなたたちのおかげであの大忙しの日々が終わったんですか。ありがとうございます」

 そう言って微笑む金内さんに、天城さんが鋭く本題をぶつけた。

「そうそう、金内さん。ここに来た理由なんですけどね。私たちで新しく文化部を作りたいから、顧問をやってもらえ――」

「お断りします」

 急に金内さんの声のトーンが変わった。顔も鉄の仮面を被ったかのような無表情になっている。にべもないな。

「めんどうなことは嫌いです」

 そんな殺生な。

「そこをなんとかお願いできませんか?」と水野さん。

「私たちが協力して盗難事件を解決したおかげで学生課は落ち着きを取り戻したのでしょう?」と香子。

「そうですよ。借りを返すつもりでなんとか」と俺。

「名前を貸してくれるだけでいいんです」と不知火。

 みんなで必死に頼み込んだ結果金内さんの鉄仮面はくだけ、ぐぬぬという声が聞こえてきそうな顔になった。

「はぁ……、わかりました。名前を貸すだけですよ……。めんどうなことは起こさないでくださいね。そんなことがあったらすぐに顧問やめますから」

 よっしゃ!

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 天城さんが金内さんと半ば強引に握手を交わす。

 これで契約成立だぜ。へっへっへっ。

「うーん、それで、どんな部活を……?」

 金内さんの質問に固まる天城さん。助けを求めるようにこちらを見るが、俺も不知火も水野さんも答えを用意していなかった。なんせさっき香子の思いつきみたいなので結成が決まったのだから、俺たちが知る由もない。香子は一体どんな団体にしようとしているのだろうか。

 全員の視線が香子に集まる。

学生相談所がくせいそうだんじょです」

 …………何、それ。

 香子の言葉を受け、俺たち五人は沈黙して固まった。金内さんがかろうじて質問を続けた。

「学生、相談所……? 何をする団体なの?」

「学生たちから相談を受けて、おもしろそうな事件があれば首を突っ込むのが活動方針です」

 ははっ、香子らしい考えだ。なるほどな。自分たちだけじゃ集められなくとも、周りの学生からおもしろいことを募集するってことか。

 あっけらかんとする金内さんが正気に戻る前に退散しようと考えたのか、

「そういうことですから、後で申請書類にサインと印鑑をもらいに来ます。それじゃ!」

 と天城さんは早口で言い残して、逃げるように走り出した。それを追って俺たちも立ち去る。なんかデジャヴだ。

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