エンジリウムの花を君に

佐久良

エリンジウムの花を君に

 「実は、実結莉みゆりのことが好きです。よかったら俺と付き合ってください」


 たった今、僕の親友である神野涼かんのりょうがある女子に告白している。茜色の教室の中、僕は彼の頼まれて見守っていた。18年間生きてきて、初めての告白。彼は不安だったらしい。告白の台詞せりふを一緒に考えたが、どうやら緊張で言葉が出てこない様子だった。まあ、分からなくもない。僕の初めての告白も同じような感じだったと苦い記憶があった。友人の告白の瞬間。この状況を僕は複雑な気持ちで見ていた。大親友とも呼べる友人に成功して欲しい気持ち。その反面どこか失敗しないかなと人として友人として最低な期待をする自分がいたのも事実である。


実は僕も彼女に片思いをしていた。


「私でよかったらお願いします」

たった今、一組のカップルが誕生した。めでたいようでめでたくない。そんな気持ちが僕の心の中をさまよっていた。彼は僕よりも勇気があって僕より先に告白した。だけど僕のほうが彼女のことを好きでいる自信はある。そんなのただの戯言。好きな人に彼氏が出来たら、親友に彼女が出来たら、その恋はあきらめられると思っていた。


 親友の告白から約一週間。今日から僕も高校三年生の仲間入りである。いつもと変わらない制服と通学路。唯一変わったのはネクタイのラインの色が赤から青に変わったことくらい。そんな些細な変化だった。校舎のそばを彩る桜色のカーテンの中を通りながら校舎の敷地に足を踏み入れた。最初に目に付いたのは校舎入り口に群がるたくさんの生徒。その中には見覚えのある生徒たちもいた。

「あぁ、クラス替えか」

他のクラスメイトの名前になど目もくれず、ただ自分の名前だけを探し、足早に人混みの中から出た。一学年10クラスもある僕たちの学年に唯一の親友と呼べる神野涼かんのりょうと同じクラスのなれる確率が低いことくらい自分でも充分に理解していた。教室にいたクラスメイトはもう既にいくつかのグループに分かれている。その中を見渡す限り神野涼かんのりょうの姿は見えない。神野涼かんのりょうと言えばその彼女、真野実結莉まのみゆりとは一年生の時も二年生の時も奇跡的に同じクラスだった。そうだ、二年間ずっと同じクラスでくじ引きで決めた席替えで何回も隣の席で過ごしていれば好きにもなってしまう。僕は勝手に彼女に運命うんめいを感じていた。たまたま読んでいた小説が同じでそれがきっかけでした他愛もない会話がとても楽しくて、その楽しさがいつの日か恋心へと変化した。しかし、今では会話をすることすら神野涼かんのりょうへの罪悪感を覚えるほど自ら少しずつ彼女との距離を置いて忘れようと心に決めた。苦渋の決断、これもまた運命さだめである。しかし物の数分もしないうちに神様は僕に更なる試練を与えることになる。


 

 「三年連続で同じクラス、しかもまた隣の席ってすごい偶然だよね、私たち」

うつむいていた僕の頭上から聞こえる声にすぐに反応してしまった。

「おはよ、笹倉ささくら

いつもと変わらない制服、いつも通りのポニーテール、いつもと変わらない僕が抱く恋心。唯一変わったのは神野涼かんのりょうの彼女になったことくらい。この変化は僕にとって些細な出来事ではなかった。僕にとっては重大な出来事だった。

「ん?まだ寝ぼけてるのかな??」

「い、いや起きてるし、、、、。おはよ」

「うん、おはよ!」

心苦しいが僕は少しそっけなく返した。彼女もすぐにその変化に気づき少し笑みを見せる。

「いいんだよ気にしなくて。私に彼氏が出来ただけ、、、」

こっそりと僕の耳元でそう囁く。そっちが良くてもこっちが良くない。

「別に前と変わってないし、、、」

「いや、明らかに変わってるじゃん。前はちゃんと目見て話してくれてたのにな~」

僕の変化はそんなにわかりやすいのか。

「いつも通りお話しようよ。私たち友達でしょ?」

『友達』。その単語を聞いて自分の中で少しあきらめがついた。

「わかったよ、、、」

「うん、それでよし!今年もよろしくね」

今年で最後の高校生活。受験勉強が大変な学年だが、親友のいないこの僕はこのままだとボッチ確定である。高校生活三年間、華のある学生生活だったと言えるように他のクラスメイトに話しかけてみようじゃないか。僕は行動に移すことをここに決意した。


 

『悲報、ボッチ確定』

僕がもしテレビ番組の制作スタッフだったらこのテロップを入れるだろう。完全に乗り遅れた。クラスメイトに話しかけようと行動に移そうとしたがグループの輪に入れず、気づけば独り教室で座りながら小説を読んでいた。そんな僕を見て声をかけてくれたのは隣の席の実結利みゆりさんだった。

「クラスの人たちとお話しないの??」

「しないんじゃない、できないんだよ」

僕は決して群れを嫌う一匹狼ではない。本当は話したり、遊んだりしたい。僕だって青春を送りたいのだ。

「あら、可愛そうに、、、」

「そういう実結莉みゆりさんはどうなんだよ」

「私はもう友達出来たよ」

余裕の表情である。ボッチである僕への勝ち誇った顔。少しむかついた。

「でも、、、、」

「でも?」

彼女は少し浮かない表情を見せた。

「みんなスマホ見てばっかだからなんかつまんない」

そうだ、彼女は現代社会の中においての絶滅危惧種、ガラケーの使い手である。別にガラケーを馬鹿にしているわけではない。携帯端末を持ってない僕はガラケーを馬鹿にする権利すら無いのだ。僕の場合はそれも波に乗れない原因なのかもしれない。そのうえそこまでコミュニケーション力があるわけではない。つまりスマホを持ってない彼女に友達が出来ると言うのは僕からしたらすごいことだ。

「なんだ、そんなことか、、、」

「そんなことかって、、、。結構重要な問題だよ??」

「ガラケーすら持ってない僕はどうしたらいいんだよ」

「それじゃあ、私とお話ししよ」

そんな台詞せりふを好きな人から言われたらもっと好きになってしまう。彼女からしたら僕はただのクラスメイトAなのかもしれない。そこまで重要な人物なのではないのかもしれない。でも僕からしたらこのクラスの中で一番の重要人物である。もし彼女がこのクラスじゃなかったら本格的にボッチだった。だから彼女は僕にとって唯一の救い、女神様なのである。

「わかったよ」

読みかけの小説を閉じて彼女のほうを向いた。

「よかった、やっとこっち向いた」

頬杖をついた彼女はこっちを見ていた。

「なんか懐かしいねこの感じ」

「確かに」

実結莉みゆりさんに彼氏が出来て、僕は少し距離を置こうとしていた。そんな僕に対して置こうとしていた距離を彼女が詰めてきた。楽しかった過去を思い出した。そして思う。ちゃんと告白をすればよかったと。「好きです」と伝えるだけ。たった四文字去れど四文字。文字数の割りに言葉の重みがぜんぜん違う。「やらなくて後悔よりやって後悔」何処かの誰かの言葉が急に脳裏をよぎった。そんな教訓をもっと早くから活かしておけばよかった。親友の恋を見守るか、自分の正直な恋心を取るか。この問いに迷いなんて今の僕にはなかった。




『いらっしゃい僕の青春、そしておかえり僕の。』




その日から僕は神野涼かんのりょうと距離をおいた。

昨日の友は今日の敵ってね。








END


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