九話 だが、それ故に
「ガア――ァァァアアアアアアアア!!!!」
『グォ――オオオオオオオオオオオ!!!!』
木霊する咆哮の中、互いの武器を衝突させた黒と紅。
その際に発生した激震が大気を唸らせ、純白の部屋を破壊しながらシエラリアに迫る。
無意識に手を前に翳し、“光盾”を張ろうとするが――やはり、それは発動しない。
《ぐっ……》
悔し気に歯噛む。
《なら何か、掴めるものは……――》
何とか衝撃波に備えなければ、と視線を彷徨わせたシエラリアの目に、足枷から地面へ続く太い鎖が映った。
《これなら……》
握りやすさ、強度共に申し分なく、激震と衝撃波を耐える為の十分な支えとなってくれるだろう。
衝撃波はもうすぐそこだ。自分を縛っている物を頼るというのは何とも皮肉な話ではあるが、背に腹は代えられない。
鎖の上でうつ伏せに寝転がり、繋ぎ目を両手でぎゅっと強く握った。
《――……⁉》
しかしその時、シエラリアの視界端に白い物体が映る。
顔を上げたシエラリアの前へヒュバッ!と庇うように躍り出たのは、先程落ちてきた一枚の羽根だ。
《な、何……どうして、羽根が……?》
シエラリアが驚くのも束の間、更なる事象が発生する。
――パァン!
羽根が輝いたかと思えば顕現する、蒼白く半透明の盾。その大きさはシエラリアの肩幅を十分に覆う程。
周りの白を透かしながら展開したそれは、次いで襲い来た衝撃波から完璧にシエラリアを守って見せた。
守られた彼女は、見開いていた目を更に開く。
“極光”や“光盾”といった奇跡に属する力は、使用者が宿す魔力色に依存する。使用者の魔力が赤なら赤く光は染まり、青ならば青に染まる。
それ故に、盾と同じ色に光るこの羽根に守られたのだと断言できた。
しかしながら、羽根が自ら奇跡を使うだなんて聞いた事も見た事も無い。
大きさ、形から見て、自分(シエラリア)の羽根には違いないのだ。なのにまるで、羽根自らが意志を以て“光盾”を行使しているように見えた。
一体、どうやって…?
《……》
積もる疑問を隅に置き、シエラリアは未だ激しく拮抗している黒と紅に視線を戻した。
《羽根の事は気になる……けれど、今は見届けなくっちゃ……》
◇◆◇
ピシッ……バキン……!
何かが圧し折れたような音と、突然抵抗が軽くなった腕。
(――進める……!)
視界を埋めるのは相変わらずの黒だが、それは進まない理由にはならない。前が見えなくとも、前は分かるのだ。
(前へ……前へ……!進め、止まるな!)
泥を掻き分ける様に、水の中を進む様に鈍重ながらも、着実に、確実に前へと進む。
(止まる、もんか……!)
炎の熱に耐え、体の痛みに耐え、心の悲鳴に耐え。最早自分に意識があるのかすら定かではない飛羽は、しかし、只管に羽ばたき進む。
――ガチン、と
硬く、確かな手応えが腕を伝った。
拓ける視界。広がる白。そして、正面。
真っ直ぐ突き出された大剣が貫いているのは――折れた大斧を握る、鎧。
鳩尾辺りに突き刺さった大剣は半ばまで食い込み、その巨体を浮かせた。
「ガァ――ァァアアアアアア!!!!」
(おぉ――ぉぉぉあああああ!!!!)
炎翼の推進力を最大に、目の前まで迫っていた地面を強く蹴る。
ほぼ密着状態で水平に地を駆け、彗星の如く勢いで壁に激突した。
壁と飛羽に挟まれた鎧に罅が入り、兜の下半分が砕け落ちる。
(まだだッ、まだッ、終わってない――!!!)
「――ァアアアアアアアアアア!!!!」
最大火力。大剣を基点に爆散した炎が部屋を埋め尽くす。
「――ッ!?」
灼熱広がる視界の中、飛羽の右腕が握られた。
炎に焼かれ赤熱し、錆びているにも関わらず屈強なその手は、飛羽の腕を握りつぶさんと力を強める。
(早く、倒れてくれよ……!)
まだ余力があったのかという驚きも一入に、祈るような気持ちで鎧を睨んだ。
――え……?
顔を上げた飛羽。その目に映った鎧は、半壊した兜の奥で優しく、微笑んでいた。
『――』
音が消え、痛みが消え、熱が消える。静止した時間の中で、鎧は飛羽へ何かを口遊んだ。
(――……!)
それは相も変わらず知らない世界の、知らない言語。
それでも飛羽には、その言葉の意味が確かに――伝わった。
(……任せて、ください)
飛羽が頷いたのを見た鎧は、その身を炎に任せ、包まれていく。
動き出す時間。万物を焼き尽くす炎が剣から溢れ、轟音と共に周囲を吹き飛ばす。その炎が完全に消える頃、鎧だった闇は、跡形も残さず焼失していた。
やや間をおいて、壁に突き立った大剣を飛羽が引き抜く。ボロボロと炭化した壁が、地面に落ちて砕ける。
その身に纏っていた炎は、既に消えていた。
ふら…ふら…と覚束ない、危なげな動きで、満身創痍の殻を剥がしながら天使へ歩み寄る。
人間の身体に戻った飛羽は何も口に出さず、その顔は下を向き、目は虚ろ。
やがて、天使の前に立った飛羽は
《――ッ!!》
静かに、大剣を振り上げた。
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