地雷

酒井小言

第1話

 峻険[しゅんけん]なるヒンドゥークシュの峰々は、冬の間にすっかり白く様変わり、透き通る青空の下雄大にそびえています。小高い丘はうっすらと緑に色づき、平地をきらびやかに潤[うるお]す田畑には、点在する裸の梢[こずえ]が桃色に咲いています。アフガニスタンに春が訪れました。


 目尻の垂れたパシュトゥーン人の少女が、山々の恩恵を汲みに小川へ向かう途中、石の転がる見晴らしの良い丘の上に、何やら円盤らしき物を見つけました。草々の中にぽつんとする深緑色の円盤は身の半分を土に隠し、中央に黒い十字を重々しくあらわにしています。緑の破裂型地雷です。少女は近づき、屈みこんでじっと見つめました。


「あなたはなぁに?」少女は訊ねました。


 地雷は返事をしません。


「あなたはなぁに?」少女はさらに訊ねました。


 地雷は何も返事をしません。


「あなたはなあに?」少女はもう一度訊ねました。


「わたしはPMN-Ⅱだ」地雷は答えました。


「ピィエムってなぁに?」少女はさらにもう一度訊ねました。


「一九七九年製造、ソ連製破裂型地雷のPMN-Ⅱだ」地雷は答えました。


「地雷ってなぁに?」少女は腕を組み膝頭[ひざがしら]にのせました。


「人間を傷つける兵器だ」地雷は言いました。


「兵器ってなぁに?」少女は訊ねました。


「攻撃するための道具だ」地雷は言いました。


「手足がないのにどうやって攻撃するの?」少女は笑いました。


「爆発して損害を与えるのだ」地雷はむっとしました。


「なにが爆発するの?」少女は言いました。


「わたしだ」地雷は誇らしそうです。


「どうやって爆発するの?」少女は訊ねました。


「一定の圧力を加えることで、埋め込まれた火薬が爆発するのだ」地雷は言いました。


「圧力ってなぁに?」少女はさらに訊ねました。


「おさえつける力だ」地雷は答えました。


「あなたはどうやって動くの?」少女は言いました。


「動くことはできない」地雷は答えました。


 少女は地雷に手を伸ばしました。


「さわるな!」地雷は怒鳴りました。


 少女は笑いながら手を引っ込めました。


「何回爆発できるの?」少女は首を傾[かし]げました。


「一回だけだ」地雷は言いました。


「一回で終わりなの?」少女はきょとんとしています。


「終わりだ」地雷は言いました。


「爆発したらあなたはどうなるの?」少女は訊ねました。


「木っ端微塵だ」地雷は言いました。


「死んじゃうの?」少女は目を丸くしています。


「もちろんだ」地雷は答えました。


「怖くないの?」少女は訊ねました。


「考えたこともない」地雷は言いました。


「わたしを攻撃したい?」少女は言いました。


「わたしの攻撃対象ではない」地雷は答えました。


「だれを攻撃したいの?」少女はうれしそうです。


「武器を持った戦士だ」地雷は言いました。


「わたし今武器を持ってるよ」少女は持ってきた水甕[みずがめ]を指差しました。


「それは武器ではない」地雷は言いました。


「ううん、武器だよ」少女は笑いました。


「ふざけるな!」地雷は大きな声で怒鳴りました。


「どこからやって来たの?」少女は腕にあごをのせました。


「ソ連だ」地雷は偉そうに言いました。


「動けないのにどうやって来たの?」少女は訊ねました。


「ソ連兵に運ばれて来た」地雷は答えました。


「いつ来たの?」少女はさらに訊ねました。


「去年の秋だ」地雷は言いました。


「父さんも母さんも姉さんも兄さんも村の人達も、みんなみんなソ連兵を嫌っているよ」少女は早口に言いました。


「わたしの知ったことじゃない」地雷は言いました。


「アフガニスタンを踏みにじる最悪の連中って言ってるよ」少女はさらに言いました。


「わたしの知ったことじゃない」地雷は言いました。


「わたしもソ連兵が嫌い」少女はそっけなく言いました。


「わたしの知ったことじゃない」地雷は言いました。


「でもあなたは嫌いじゃないよ。一人ぼっち置きざりにされてかわいそう。おさえつけられたら爆発しちゃうなんてかわいそう。人を傷つけて死んじゃうなんてかわいそう」少女は泣いてしまいました。


「わたしの知ったことじゃない。それに人間を傷つけるのがわたしの仕事であり、わたしが存在する唯一の理由だ」地雷ははっきり言いました。


「やっぱりかわいそう」少女はつぶやきました。


「かわいそうではない。不幸なのだ」地雷は教えるように言いました。


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