出立-04

「ぬぉう!!」

 わら山の上で目が覚め、くるりとあたりを見回したスラベルが、素っ頓狂な声を上げる。

「お、おはようっす、リュミ――――ちゃん?」

 視線の先には、丁寧に正座したリュミの姿。

 だが、スラベルはある異変に気づく。

「元に戻ったすか? 琥珀のお方」

 リュミの体が強張る。

 口調こそ相変わらず呑気で軽いものだが――――


「どういう……ことですか?」

「そりゃだって、雰囲気がちが――――戻ってるし、瞳の色も替わってるし」

「瞳の色?」

「ま、自分の瞳の色なんて、鏡でも見ないとわかんないっすね。変わってますよ、瞳」

「昨日の暗闇で、どうやって?」

「あたし夜目が効くんすよ。だから、昨日の時点で瞳の色が変わるってのは、わかったっす」

「心を……読めるのですか?」

「さっすがにそこまでは無理っすよぉ!! そういう事気にしてる感じがしたっすよ」

(気が……抜けませんね)

「それで、紺碧の姫は?」

「……まだ眠っています。私はひと足早く休みましたので」

「そっすか。琥珀のかたもあの娘を守ってるんっすねw」

(カラカラと笑う感じは、変わらない。そうならば――――)

「あなたに隠し事はできないようですね」

「ん~~~~確かに、あたしはそういうのに気付いちゃうみたいっす」

(それでこの性格とは、一体どういう生き方をして来たのか……)

「となると、やはり昨日、私が1人始末したのは」

「見てたっす」

 ぐむっ、と言う感じで、リュミの顔が少しだけ歪む。


「あ、えと、流石にリュミちゃん? からちょっと遠い場所だったから、助けに入れるタイミングじゃなかったんすよ!! 本当ですよ?! 嘘じゃないっす!!」

(読めない……どこまでが本気で、どこまでが演技なのか――――)

「でも驚いたっす。リュミちゃんが右手をスラっ! てやったら、野盗の首がゴボって飛んで、それでバッタリっすもん!! あれ何投げたんすか?」

(無垢な少女の様な語り口に、一層違和感を感じる。底の知れない人ですね)


「お答えするのは構いませんが、その前にこちらからも聞いて良いですか?」

「おけっす!!」

(随分とあっさりですね)

「昨日のあれは、本当に野盗ですか?」

「そっすよ~~」

「本当にですか?」

(どの道、後で話さなければなりません。それに、この手のことには詳しそうですし)

「魔法省とか、貴族や王家の手下とか……」

「無いっす、無いっす! もし、奴等ならもっと大掛かりにやるっすよ。あんな少人数でヌゥっとやらないっす。野盗だから少数で追っかけるんすよ。人さらいは静かにやらないと」


「雇われた、と言うことは?」

「ゼロじゃないっすね。けど、可能性は低いっすよ。もし特定の誰かを確実にさらいたいなら、もっとチームを送り込んでるっす。そしたらもっと大事になってるっすよ」

(確かに、そう考えても良いかも知れませんね……)

「しかし、それではなぜ野盗が私をさらおうと?」

「リュミちゃんじゃなくてもさらうっすよ。女の子は違法奴隷にしちゃうっす」

「違法奴隷?」


「あ、琥珀のかたはあんまりこの国のこと、知らなさそうっすね」

「よく――わかりますね?」

「紺碧の姫は年相応ですが、琥珀のかたは大人っぽいっす。それで違法奴隷を知らないってことは、この世界のこと詳しくないんじゃ? って、思ったっす」

「そこは説明が難しいですね」

「あ、じゃ、いいっす」

(相変わらず、なんというか……)


「えとですね、奴隷ってわかります?」

「……平民より身分が低くされてしまった人たち……ですか?」

「ま、そっす。でもこの国じゃ奴隷に暴力振るったり、エッチなこと無理やりさせちゃ駄目なんすよ。奴隷は必ず管理官の目に見える所に置かなきゃいけない。で、そんな事したら管理官から管理委員会に通報されて、買った人が罰金払わなきゃ駄目なんす。ずっと同じところで働けないってのも、ポイントっすね」

(なんだか……派遣社員のような扱いですね)


「けど、さっき言ったやっちゃダメなことができる奴隷を求めるやつも居るんすよ。そういう輩に売りつけるんす」

「それが違法奴隷ですか。しかし、そうなるとやはり、貴族たちに雇われた可能性もありますね?」

「だからゼロじゃないっす。もっとも、本当にリュミちゃん狙い撃ちなら、もっとたくさんチームを送り込むはずっすね。いつも通り林から狙いをつけていたら、たまたまリュミちゃんがやってきた、って線のほうが、可能性は高いっす」

「なるほど」

(本人も言っている通り、ゼロではない。そうなると急いでこの地を離れたほうが良さそうですが――――)


「もう1つ良いですか?」

「どぞ!」

「あなたのお仕事はなんですか? そしてなぜ私を助けてくれたのですか?」

「2つ目の理由は昨日言った通り、リュミちゃん見てたら妹に見えたからっす。あ、琥珀のかたは知らないっすか?」

「いえ、聞こえてました。しかし、あの場にいた事の説明にはなりませんが?」

「それが1つ目の説明になるっす。あたしは冒険者!! って――まあ、流れの傭兵っすよ。野盗狩りはあたしらの仕事っす。だからほら」


 スラベルが首飾りのようなものを、4つ差し出す。


「これは野盗の目印っす。奴等は捕まった時に仲間を売れないように、知らない者同士でその場でチームを組むから、こうやって目印で仲間だぜって確認し合うんす。だから野盗の正体はその辺の人ってことも有るっすよ」


 リュミが警戒を強める。

「心配しなくても、貴族なんかにリュミちゃんを売らないっすよ」

「良くわかりましたね」

「傭兵ってのは、そういう事に気付けないとご飯食べられないっすよ」

(相変わらず言っていることと、雰囲気が合致しませんね……)


「傭兵……ですか。では、旅の警護などをお願いすることは?」

「もちろんっす!! あたしの本業はそれっすよ!! 野盗狩りは実入りが少ないんすよ。何時現れるかもわからないし……」

「金額……と、待って下さい。もう1人が起きましたので」


(聞いていましたか?)

『はい、彼女が傭兵だって言うところから』

(それはありがたい。それで、依頼については?)

『私も賛成です。続きは私が』

(お願いします、フロイライン)


「お!! 紺碧の姫っすな! なるほど、琥珀のかたはお金の価値がわからないから、紺碧の姫の出番ってことっすな?」

「本当に、よく見抜きますね」

「はい!! で、金額についてなんですが、どこまでと何時までによるっす」

「何時までは……わかりません。目的地は帝国までです」

「帝国――ですか――」

 スラベルの雰囲気がガラリと変わる。


「それなら、帝国までの船代だけで、ダイジョブっす」

 言い回しは変わらないが、やけに真剣味を感じる。


「あ、警戒御無用。あたしも帝国に渡りたくて貯金してるんすが、もうすぐちょうど船代になるっす。だから船代さえ貰えれば、そっちが生活費になるんで大丈夫っす」

「それならば、これで大丈夫でしょうか?」

 リュミは背嚢から袋を出し、そこからお金を取り出す。

「おぉ? 船代の金額、よく知ってるっすね!!」

「以前お父さんと……帝国に渡ったことがあります。ですので、その時に」

「ほぉ~~~~!! リュミちゃんお金持ちっすな!! あ、でもそのお金は狙わないっすよ!! お客様の財産を守るのも、傭兵の務めです!! ……が、信用してくれるんっすか?」

「昨日のこともありますし、それを信じます」

「かしこまりっす!! あ、でもそうなると、必要経費が要りますね……」

「このタイミングで金額のつり上げは……」

「これはあたしのためじゃないっす!」

 リュミの細身を舐めるように動いたスラベルの目が、艶かしく光りはじめた。


「リュミちゃんの――――ためっす」

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