第294話 本当に美しいものを見ると言葉が出なくなる

 魔族が犇く会場内を全力疾走していると、何やら盛り上がりを見せる集団を見つけた。なんだ、なんだ?あそこだけやけに騒がしいんだけど……ってか、すげぇ熱気だな。


「ク、クロ様っ!?」


「あっ、兄貴じゃないっすかー!!」


 上ずった声と親し気な声が聞こえたのでそっちに目を向けてみる。そこにはいつもよりは多少露出の控えめな服を着ている獣人族のシェスカとなぜか俺の舎弟を名乗っているザンザがいた。丁度いい。こいつらにこの騒ぎのことを聞いてみるか。


「二人も来てくれたんだな。ところで、これは何をやってるんだ?」


「ん?あぁ、『押し出し』っすよ」


「『押し出し』?」


「は、はい!我々獣人族が編み出した訓練ですっ!十メートルほどの円の中で二人が立ち会い、相手を円の外に押し出した方が勝ちというものです!魔法や武器は禁止、身体強化バーストのみで戦う、力と力のぶつかり合いです!」


「へー……」


 シェスカが顔を真っ赤にしながら身振り手振りで説明してくれた。何というか、脳筋のこいつららしい競技だな。


「まぁ、訓練って言っても、俺らの中じゃ遊びみたいなもんすけどね。実際見てみた方が早いっすよ!」


 そう言うと、ザンザは集まっている魔族をかき分けるように進んでいく。あんまり興味ないけど、ちょっとだけ見てみるか。


「さっきまでは獣人やオーガ達が競っていましたけど、突然チャンピオンが現れたんすよ」


「チャンピオン?」


「『押し出し』の絶対王者です!時々、ゴアサバンナにも訪れて、その圧倒的な力で我々を打ち負かしていくんです!」


「そんな奴がいるのか……」


 きっとゴリラみたいなやつなんだな。それかギガント並みに身体がでかい奴。じゃないと、近接戦闘の得意な獣人族を打ち負かすことなんてできるわけがない。


 俺がどんな奴なのか想像していると、ザンザが訝しげな顔でこっちを見てきた。


「何言ってんすか?兄貴も知ってる人っすよ」


「えっ?」


 あれ?俺の知り合いにそんなゴリマッチョがいたか?全然記憶にないんだけど。


 これまであった奴を順々に思い出していた俺の目の前に突然大柄な男が飛んできた。うわっ!いきなりなんだっ!?


「勝者、チャンピオンっ!!」


「やった!勝ったの!」


 完全に気絶している男から視線を外し、円の中心に目を向ける。そこには審判らしき獣人と、黄色いドレスを着飾った麗しき天使が……。


 いやいやいや、何してはるんですかアルカさん。


「流石はチャンピオン!これで驚異の30人抜き達成だぁ!!」


 審判の男は実況も兼ねているらしい。30人抜きですか、そうですか。


「30人抜きってことは今までのと合わせると893連勝っすね」


 ザンザの言葉に耳を疑った。893?ヤクザじゃないですかやだー。つーか、ヤクザも裸足で逃げだすわ。


「……ちなみにお前ら二人は挑戦したことはないのか?」


「ありますよ。でも、普通に負けました」


「わ、私もあと一歩という所で力及ばず……流石はクロ様のご息女といったところですね!」


 そ、そうなんだ。シェスカもザンザもかなりの腕前だと思うんだけど……まぁ、でもそうか。あの子、キングベヒーモスと正面から殴り合っていたんだもんね。


「さぁさぁ!無敵のチャンピオンに挑む勇猛果敢な戦士はいないのかっ!?」


 実況兼審判の男が周りを煽るが、全員がさっと目をそらした。どうやら挑戦者はいないみたい……。


「俺様の出番ってわけだな!」


 と、思ったら血の気の多い奴がいたみたいだ。なんかすげぇ後ろから跳躍して円の中へ……って、ライガじゃねぇか!!


「お、おおっと!!これは意外なチャレンジャーが現れた!!その名もライガ!我々獣人を束ねる最強の男の登場だぁぁぁぁ!!」


「ライガおじさんがアルカと戦ってくれるのっ!?」


 キラキラと眩しい瞳でライガを見つめるアルカ。ライガも満更でもない顔をしている。


「おうよっ!アルカみてぇな強者にうちのぼんくら共じゃ力不足だ!この俺が直々に相手をしてやるっ!!」


 ライガはニヤリと笑いながら最上級クアドラプル身体強化バーストを発動した。負けじとアルカも二種デュオ最上級クアドラプル身体強化バーストを自分の身に施す。


「ほー!やるじゃねぇか、アルカ!こりゃ楽しくなりそうだ!」


「うん!よろしくね、ライガおじさん!!」


 片や大男、片やいたいけな少女。はたから見ればあり得ない対戦カードだが、周りの興奮は最高潮だった。


「あのバカ。目的忘れてんじゃねーよ」


「ん?ギーじゃねぇか!?いつの間に!?」


「よっ!俺だけじゃねぇよ。ほら」


 知らぬ間に隣にいたギーに驚いていると、ギーは親指で背後を示した。さっきまで魔族でいっぱいだったそこには、ボーウィッドとギガント、それにピエールの姿がある。


「お前の姿を見かけてさ。俺達がお祝いを言いに来たんだよ。おめでとさん」


「……兄弟……おめでとう……」


「おめでとうだぁ、指揮官様」


「祝福しよう。貴殿と彼女の栄光と破滅の道を!」


「お前ら……ありがとな!」


 なんだかんだ仲いいこいつらにそう言ってもらえると嬉しいな。約一名、破滅とか言ってたけど気にしない方向で。


「それで、あのバカもそのつもりだったんだけど、アルカの戦っている姿を見た途端あれだよ」


 ギーが肩を竦めながら、リングの方に目を向ける。そこには嬉々として殴り合っている二人の姿が……嬉々としているのがライガだけであったらどれだけ嬉しかったことか。


「ライガもあれだが、アルカも大概だな。つーか、あの脳筋とガチで殴り合えるのなんて、ギガントかボーウィッドくらいだと思ってた」


「……お前もいけるだろ……?」


「俺は頭脳派だからそういうのはパス」


「いやぁ、指揮官様の娘っ子はつえぇなぁ」


 アルカとライガの戦いを見ながら、のんびりとした口調でギガントが告げる。いや、ちょっと待て。ギガントの肩になんか座ってない?


「いやはや驚きじゃわい。人間にあれ程いたぶられておった娘があそこまで強かったとはのぉ……クロの娘というだけのことはある。アイソンの奴、本当に命拾いしたのぉ……むしゃむしゃ……」


「“小さき火の玉ファイヤーボール”」


「ふんぎゃっ!」


 当然の様にギガントの肩の上に座り、アップルパイを食べながらアルカ達のことを見ていたロリババアにいつもの奴をくらわす。俺の魔法を受け、見事に肩から落ちてきたフライヤが涙目で抗議してきた。


「お主はいつもいつも……年寄りをいたわろうという精神はないのかっ!?」


「いつもいたわってやってんじゃねぇか。ぶっとばすぞ」


「その発言からいたわりが全く感じられないのじゃがっ!?」


 はぁ……うるさいばーさんだ。つーか、マジで来るとは思わなかったぞ。


「なんでばーさんが一緒にいるんだ?」


「よし、アルカそこだ!ライガをぶちのめせ!……あぁ?今いいところなんだから話しかけるんじゃねーよ!」


 ギーに怒られてしまった。ってか夢中になりすぎだっつーの!ギーだけじゃなくて兄弟もギガントも、あのピエールまでもがアルカとライガのステゴロに目を奪われてんだけど!何しに来たんだよ、お前らっ!!


「そういえば、甘いものを探している途中、フローラに似た人間を見たぞい?」


「あ?アベルの事か?」


「そうそう!……あやつは元勇者じゃろ?クロが殺したはずではなかったかの?」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを向けてくる。このロリババア……この前アラモ砦でカマかけてきやがっただろうが。


「社会的に抹殺してやったわ」


「そういう意味ではないんじゃがのぉ……まぁ、予想通りというわけか」


「……フローラさんには言うなよ?」


「伝えてやりたいのは山々じゃが、そのせいであの子は暴走しかねないからの。まぁ、黙っておいてやるわい」


 アベル抹殺を企てたあの豚野郎はどこぞの養豚場に住み着いているみたいだから心配ないとは思うけど、一応な。国の汚点がロバート一人だけとは限らねぇし。


 あっ、そういやばーさんに話しとかなきゃいけないことがあった。


「おい、ばーさん。ちょっと耳貸せ」


「な、なんじゃ!いきなりっ!」


 俺がグイっと引き寄せると、フライヤは顔を赤くしながら両手をバタバタと動かす。いや、見た目的には間違っていないんだけど、中身ばーさんだからな。そういう反応されても気が滅入るだけだ。


 俺は暴れるフライヤを抑えつけながらこそこそと耳打ちをする。それを聞いたフライヤの動きがピタリと止まり、怪訝な顔で俺の方を見てきた。


「……なぜそんな面倒くさいことを妾がやらねばならんのじゃ?」


「友達だろ?」


「友は顔面に魔法を打ってこんわい」


 なんだよ。俺なりのスキンシップが気に入らなかったのか?じゃあ今度からはもう少し強い魔法の方がよさそうだな。


「そういうことでよろしく頼むわ」


「まだ了承をしたわけではないのじゃ!そもそも前の戦いでお主との関係性を疑われておってじゃな!」


「セリスが作る絶品のシフォンケーキを今度食わせてやるからさ」


「妾に任せておけ!それくらいお安い御用じゃ!」


 ちょろ。まじでちょろすぎるぜ、このばーさん。シフォン♪シフォン♪って鼻歌歌ってるし。まぁ、シフォンケーキならセリスに頼めばいくらでも作ってくれんだろ。これで足を確保できたってわけだ。


『ピンポンパンポーン!迷子のご案内を申し上げます』


 ん?なんか放送が始まったぞ?こんだけ魔族がいりゃ迷子くらい出てくるか。ってか、なんか今の声、ものすごい聞き覚えがあったんですけど。


 この場にいる全員が突然の迷子アナウンスに耳を傾ける。アルカとライガも手を止めていた。


『子供の頃におねしょを隠すために布団を燃やそうとして家まで全焼しかけたクロ君。お連れ様の準備が整ったので、至急、みんな大好きイケメン魔王のルシフェル様の所までお越しください』


 なるほど、聞き覚えがあるわけだ。憎っくき悪の親玉の声なんだからなぁ。どうやらイケメン魔王様とやらは俺にぶっ殺されたいらしい。


「ぷぷぷ……お主、子供のころから面白い奴だったんじゃな」


「“小さき火の玉ファイヤーボール”」


「ふんぎゃっ!」


 とりあえず隣のロリババアを黙らせ、城へと続く階段にいるクソ魔王の所に転移する。


「やぁ、クロ!早かったね!」


「……早かったね、じゃねぇだろうがっ!!」


 俺は怒りに任せて、ありったけの魔法陣を構築し始めた。それを見て焦るフェル。


「ちょ、ちょっと待って!!今日はめでたい日なんだよっ!?」


「そうだな、めでたいな。……人間の敵である魔王様がこの世から消されるんだからな!」


「ま、まずい!クロが本気で怒ってる……!!」


 たりめぇだろうがっ!!墓の下までもっていくと決めた秘密を暴露しやがったんだぞっ!?しかもこんなに大勢に!!存在もろとも吹き飛ばしてやらねぇと、気が収まらんっ!!


「はぁ……なにやってんのよ、あんた達」


 ぶちぎれている俺と、必死に止めようとしているフェルを見て、フレデリカが頭に手を添えて首を振った。あれ?いつからそこにいたのお前?


「クロ……気持ちはわかるけど、ルシフェル様をやるのは式の後にしなさい。セリスが待ってるわ」


「え?やるってなに?殺るじゃないよね?」


「そうか、わかった」


 フレデリカに免じてもう少しだけこの世界の空気を吸わせてやろう。たくさん味わっておけよ?すぐに吸えなくなっちまうんだからな。


「ルシフェル様、さっさと式を始めてちょうだい」


「……もの凄く始めたくないんだけど?終わった後が恐ろしいし」


 自業自得じゃバカが。早く進めろ。


 俺がフェルにジト目を向けていると、フレデリカが俺に話しかけてきた。


「はぁ……ついにクロがセリスのものになってしまうのね。まぁ、でも私はまだ一夫多妻制の夢は諦めてないから」


 おいおい、まだそれを狙ってんのか。他の幹部に全く受け入れられてなかっただろうに。


「とりあえず祝福はしといてあげるわね。……おめでとう、クロ」


「……おう。ありがとう」


 フレデリカの笑顔があんまり眩しいから、思わず目をそらしちまった。最近は仲良くなったせいで意識してなかったけど、やっぱりフレデリカも美人なんだよな。


「そういえばクロは段取り分かってる?」


「段取り?」


 なにそれ?そんな話聞いてないんだけど?


「えぇ。私がタイミングを見てセリスに合図を出すから、後は空気を読んで行動しなさい」


 それって段取りというんですか?行き当たりばったりの間違いじゃないんですか?


「じゃあ、私は陰から見ておくから、ルシフェル様お願いね」


「任せて!」


 気を取り直したのか、ルシフェルは元気よく返事をすると、懐から迷子アナウンスに使っていた拡声魔道具を取り出す。


「え?階段でやるのか?」


「そうじゃないとみんなが見えないでしょ?『えー……テステス』」


 拡声魔道具により、フェルの声がこの辺りに響き渡った。


『お集りの皆様!ご多忙の中お越しいただいたこと、まことに感謝いたします!』


 なんかやけにそれっぽい口調だな。こいつ絶対隠れて練習してやがっただろ。


『本日はお日柄もよく、絶好の結婚式日和になりました!おそらく、天も二人の門出を祝いたいのだと思います!日頃の行いがいいとはお世辞にも言えないですが、それでも天は見放さなかったのでしょう!天、素晴らしい!』


 おい、人のこと言えないだろうが。日頃の行いは確実にお前の方が悪い。そもそも天、素晴らしいってなんだよ。


『まずは新郎の登場……って、もういるね。黒いコートに気怠い目つき!比類なき魔法陣を武器に、魔族領でやりたい放題!誰かのためならドラゴン、火山なんのその!人間のくせに魔族よりも魔族っぽい非道な男!皆さんご存知、魔王軍指揮官クロっ!!』


 えっ?新郎の紹介だよね?闘技大会の出場選手の前説じゃないよね?ってか、魔族よりも魔族っぽいってどういうことだ、こら。……やりたい放題に関しては否定のしようもございません。


 悲しいかな、会場はものすごい盛り上がりを見せている。割れんばかりの歓声に包まれながら、俺は仕方なく手を挙げて応えた。


『さて!どうでもいい新郎はおいといて、次は真打登場だ!狂犬クロを手懐けるのはこの人!可憐な容姿に清楚な佇まい!何をやらせても難なくこなしてしまう完璧超人!だけど、大事なとこで少し抜けているのが玉に瑕。でもでも、そんなところも可愛らしい!男だったら思わず目を奪われる金髪碧眼の美女、悪魔族の長、セリスっ!!』


 フェルの言葉に応じたかのように浮かび上がる転移魔法陣。そして、そこから現れたのは二人の魔族。一人はセリスの代わりに悪魔族をまとめている黒いタキシード姿のリーガル。少しだけ緊張しているのか、背筋をピンと伸ばして立っていた。


 そしてもう一人は……。


 正直な話、俺は驚かないと思っていた。


 セリスが奇麗なことは俺が一番知っている。これでもずっと近くでセリスのことを見てきたんだからな。でも、俺はセリスの見てくれに惚れたわけではない。俺を包み込んでくれる暖かさ、誰彼分け隔てなく与えられる優しさ、ブレることのない芯の強さ。そういう姿を見て、俺はセリスのことが好きになったんだ。


 だから、花嫁姿を見てもいつもと何も変わらない。そう思っていた。


 だけど、違った。そんなわけがなかった。


 一切の穢れがない純白のウェディングドレス。俺の頭の中はセリスが纏うそのドレスよりも真っ白になる。


 何も考えられない。指一本動かすことができない。声すら上げることができない。


 それほど、俺はセリスの姿に見惚れていた。


 美しいなんてレベルじゃない。俺の陳腐な語彙力じゃ、表現することすらおこがましい。


 ただただ、鼓動があり得ないくらいに速くなっているのだけはわかった。


 何も聞こえない。セリスの事しか見えていないのが原因だと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。


 あれほど騒がしかった会場が、水を打ったように静まり返っていた。誰もが現れたセリスから目を離せなくなっている。


 リーガルに手を引かれ、セリスがゆっくりと階段を下りてきた。おれの頭はまだ眠ったままだ。


「魔王軍指揮官クロ殿。……孫娘のことをよろしく頼む」


 俺の隣まで来たリーガルがいつもの軽い感じとはまるで違う硬い声で告げる。俺は震える手でリーガルからセリスを受け取ると、ゆっくりと頷いた。


 リーガルも頷き返すと、僅かに口角を上げ、転移魔法によりこの場から退場する。俺はいまだに頭に血が回っていない状態だ。


「……どうですか?」


 セリスが上目遣いで尋ねてきた。一瞬、言っている意味が分からなかった俺だったが、慌てて口を開ける。


「……す、すごく奇麗だ」


「……そうですか」


 なんのひねりもない答えだったが、セリスは満足したようだった。嬉しそうに笑うと、頬に赤みが差す。


『……主役の二人が揃ったわけだし、誓いの言葉、いってみますか!』


 フェルの声を聞き、やっと俺は我に返った。俺とセリスが目を向けると、フェルはゴホンと一つ咳ばらいを挟む。


『汝セリスは、この男クロを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?』


「……誓います」


 一点の曇りもない声でセリスは答えた。俺が目を向けると、セリスは少し照れたようにはにかむ。俺の鼓動がまた少し早くなった。


 フェルはセリスの言葉を聞き満足そうに頷くと、今度は俺の方に顔を向ける。


『汝クロは、この女セリスを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを……』


 セリスに言ったものと同じ文句。だが、最後の所でフェルが言葉を切った。そして、拡声魔道具を外すと、俺とセリスだけが聞こえる声で話を続ける。


「そして、何があろうと、セリスを信じ、セリスを守りぬくことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


 フェルが俺の目をまっすぐに見つめた。


 ―――ちゃんと彼女を守ってあげるんだよ?


 わーってるよ。こんなところで誓わなくたって、俺は…………。


「どんなことがあろうと、俺はセリスを守り抜いてみせる」


 自分でも不思議に思えるくらいに自然と言葉が飛び出した。迷いなんてあるわけがない。俺が愛した女は俺の手で守る。例え、何が起ころうとも。


 少しの間、俺を見ていたフェルはゆっくりと頷くと、笑みを浮かべた。


『それでは、指輪交換からの誓いのキスを!……というわけで、お邪魔虫は退散しまーす!』


 そう言うと、フェルはニヤリと笑ってこの場からいなくなった。おい、牧師!このタイミングで二人にするとか反則だろ!


「クロ様……」


 セリスが困惑した面持ちで俺の顔を見る。これは……フェルが唐突にいなくなった事だけが原因じゃねぇ。そうだよな、城でのやり取りとか知らないセリスからしてみればフェルがなんであんなことを言ったのかわからないよな。


 でも、いいんだ。セリスは何も知らなくていい。


 俺は事前に用意していた白金の指輪を取り出すと、真剣な表情でセリスの方に向き直る。


「……安心しろ、セリス。絶対に俺はお前を離さない。逃げようとしたってその手を掴み続ける。何があっても俺だけはお前を信じぬくから」


 きっぱりそう言い放つと、セリスの左薬指にその指輪をはめ込んだ。王様が言ってたことも、フェルが言ってたことも関係ねぇ。俺はセリスの隣にい続けてやる。


「……私も何があろうとあなたを信じます。そして、絶対にあなたの傍から離れません」


 セリスも俺の指に指輪をはめると、瞳を潤ませながら静かに目を閉じた。俺はその肩を優しく、だが、はるか彼方へ行ってしまわぬように、しっかりと掴む。


 そして、固い決意とともに、そっと誓いの口づけを交わした。


 金髪の悪魔は災いを呼ぶんだっけか?世界を滅ぼす力を持ってるんだっけか?


 面白れぇ。


 来るなら来てみろ。


 この魔王軍指揮官のクロ様が全部跳ね除けて、セリスと一緒に幸せな未来を掴んでやるよ!

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