第262話 「行ってきます」には「行ってらっしゃい」

 明朝、日が昇り始めた頃、俺達は砦の屋上に勢ぞろいしていた。とは言っても、ここにいるのは幹部達だけなんだけどな。他の魔族達は砦の後ろにズラーっと並んでる。


 人間の陣地に昨日の夜見えていた灯りはもうない。見えるのは、はるか彼方から着実にこちらへと近づいてきている黒っぽい集団だけだ。多分、あれがデーモンキラーとかいう兵器だな。


やっこさん、さっそく仕掛けてきやがったな。おい、クロ。さっさと命令を出してくれ」


 ギーが相手の動きを見てから俺に視線を向けてきた。セリスの言う通り、ギーは完全に疑ってんな。なんだかんだ付き合いも長くなってきたからわかる。おそらく、俺がどんな行動をとるかもなんとなく想像ついてる感じだな、こりゃ。


 だけど、こいつがいることは予想していたか?


 俺は空間魔法からいつもの仮面を取り出し、顔につける。そして、ゆっくりと振り返り、下に待機している魔族達に視線を向けた。


「魔王軍指揮官として命ずる」


 俺は身体の中から相棒を呼び出す。その禍々しい黒い剣を見て、セリス以外の誰もが目を大きく見開いた。


「なっ……!?お、お前……その剣は……!?」


 おっ、いつも俺が一杯食わされているギーが驚く顔は新鮮だな。他の幹部達も度肝抜かれてんぞ。中々に気持ちいい。

 俺はその言葉には反応せず、後ろに飛び退くとアロンダイトを横一文字に薙ぎ払った。屋上の床に一本の線が描きあがる。すまんな、ギガント。


何人なんぴとも、この線より前に出ることを禁ずる。破れば魔王軍指揮官の名のもとに厳しい罰を与える……それこそ、生まれてきたことを後悔するくらいの罰をな」


 俺は悪役じみた笑みを浮かべた。今のところ考えているのは城のトイレ掃除と床掃除、あの草むしりだな。それを一人でやるとかマジで死ねる。まぁ、たまには城の女中さんに休みをやらねぇとな。


「アロンダイト……まさかそんなもんを持っているとは思わなかったが、概ね予想通りだな」


「そうね、こんなことだろうと思ったわ」


 ギーが軽く笑うと、フレデリカが呆れ顔で同意した。


「後ろの連中は逆らえねぇだろうが、俺達がその命令を黙って聞くと思ってんのか?」


 ライガが怒りに露にしながら、鋭い視線をぶつけてくる。ボーウィッドは何も言わないけど、大人しく言うことを聞くつもりはないようだ。剣に手がかかっているのを見ればわかる。ギガントはあからさまに困ってる感じか。


 うん、想定の範囲内の反応。


「だろうな。曲者揃いの幹部様達の手綱を握ろうなんて思っちゃいねぇ」


「へぇ?だったらどうするつもりだ?」


「手綱で縛り上げることにした」


 俺の言葉に応えるように前に出たセリスが、こっそり組成していた魔法陣を発動する。


「"不可視の束縛インビジブルチェーン"」


 サキュバスだけが持つ力、幻惑魔法が幹部達に降りかかる。悪いけどそれの威力は風呂場で体験済みだわ。


「くそっ!!なんなんだこの鎖はっ!?」


「う、動けねぇだよ!!」


 あの時は酔っぱらってたけど、今は素面だからな。その性能は桁違いに上がってら。その証拠に力自慢のライガやギガントですら、全く動ける気配がない。


「……お忘れのようですが、幻惑魔法に力技は通用しません」


 顔を真っ赤にして鎖を引きちぎろうとするライガを見ながら、セリスが冷たい声で言った。我が秘書ながら恐ろしい。幻惑魔法が効く限り、マジで対人戦最強はセリス一択だからな。


 意地になっているライガとは対照的に、ギーは完全に諦めた笑いを浮かべていた。


「こいつはクロに一本取られたな……まさか、セリスを味方につけていたとは」


「ちょっと、セリスっ!!あんた自分が何をしているのかわかってるのっ!?」


 フレデリカが声を荒げる。ライガのように無駄な抵抗はしないが、その顔は怒りに満ち溢れていた。


「このままだとまたクロが無茶するのよっ!?あんたはそれの手助けをするっていうのっ!?」


「……普段のような無茶であれば私も全力で止めるところですが、今回に関しては魔族を救うためにはやむを得ない無茶だと判断いたしました」


「っ!?……本当にあんた達は……!!」


 腹が立ちすぎて、言葉が出てこないって感じだな。あんなに怒っているフレデリカは見たことがないかも。


「……なぁ、セリスよ?俺達をこうやって縛り付けておくのはいいが、相手さんが魔法で攻撃してきたらどうすんだ?お前が防いでくれるのか?」


「そ、それは……!!」


 ギーの鋭い指摘にセリスの目が左右に泳ぐ。やばっ……全然考えていなかった。デーモンキラーの力が不確かである以上、後ろに控えている人間達の攻撃を俺が防ぐ、とは自信を持って言えない。


 俺とセリスが答えあぐねていると、突然、砦の前に巨大な魔法障壁が張られた。しかもそれは、長く続く防御壁までカバーしている。


「なら、砦を守るのは我輩の仕事らしいな」


「ピ、ピエール!?お前どうやってここに!?」


 俺が驚きながら尋ねると、ピエールは片手を顔に添えた謎のポーズで俺にどや顔を向けた。


「魅惑の臭いをたどり、気の赴くままさすらっていたら、悪魔の誘いを受けただけのこと」


 魅惑の街・チャーミルまでは転移できるから、そこから悪魔族のやつに案内してもらったってことか。視察のおかげか、こいつの言ってることがかなり分かるようになった。生きる上で全く必要のない技能であることは間違いない。


 まさかのピエール登場で、さすがにギーもお手上げの表情。


「……大丈夫なのか?」


「心配ご無用!我輩は同士を助けるためにはせ参じた闇の皇帝ダークエンペラーであるからな!!」


 ……ったく、こいつは。足ががくがく震えてる事に俺が気づかないとでも思ってんのか。本気で怖がってるくせに無理しやがって。


 俺は僅かに笑みを浮かべると、魔族達に背を向ける。


「ここの守りは任せたぞ、ピエール」


「我輩を誰だと思っている?魔族の中でも最強と名高いヴァンパイヤであるぞ?」


 あぁ、これなら後ろを気にせずにいられそうだ。


「セリス」


 安心した俺は幻惑魔法を行使し続けている秘書兼恋人に声をかけた。


「はい」


「行ってきます」


「……行ってらっしゃい、クロ様」


 何気ない会話。おおよそ死地に赴く者と、それを見送る者が交わす言葉ではない。だが、それがよかった。

 俺はその言葉に背中を押される形で、砦から飛び降り、地面に着地する。ゆっくりと顔を上げると、黒い絨毯が戦場に敷かれているように見えた。うへぇ……なんかげんなりするな。あれを相手にすると思うとまじで気が重い。やっぱり昨日俺が言った作戦で行こうかな?……んなわけにはいかねぇか。


 さて、と。行くとしますか。

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