第250話 お祭りの予感


 獣人族の長、ライガはいつものように素材収集の任に乗り出していた。今回のターゲットは不特定多数の魔物の毛皮。服飾屋を生業にしているフレデリカにせっつかれる形でその依頼を請け負ったのだった。


「たくっ……あの女、強引なんだよ」


 隊の先頭を行くライガが愚痴るように吐き捨てる。


 本当は違う依頼に出かけようとしていたライガであったが、街を離れる直前、珍しくフレデリカが自分の所へやって来たのだ。その用件は冬服に使う素材が足りないから取ってきてほしい、というもの。最初は渋っていたライガも、フレデリカの押しの強さに折れ、こうしてその素材を集めに出かけている。


「以前はこんなことなかったのに……フレデリカの奴も変わったな」


 素材収集の依頼を受けることはあったが、こんな風に直接自分の所に来ることはなかった。それこそ、他の精霊族の者が代わりに依頼を持ってくる形をとるのが常。おそらくクロとつながりを持ったことによる相乗効果なのであろう。


「……そういや、あのバカが砦を建てたとか言ってたか?」


 クロで思い出したライガが後ろにいる部下に話しかける。


「あぁ、チャーミルの近くに砦ができたって聞きましたね。人間領の目の前とか。相変わらずクロさんは無茶しやがりますよ」


「人間領の目の前ねぇ……ちょっと寄り道してみるか」


 何となくクロが作った砦に興味が出たライガは、進路を変更し、移動速度を上げた。


 軽く身体強化バーストをかけて一時間弱走ったところで目的の場所にたどり着く。予想をはるかに上回る大きさの砦を見て、ライガは目を丸くした。


「あの野郎、加減ってものを知らないのか。そりゃあんなに岩の注文をしてくるわけだ…………ん?」


 確かまだ出来たばかりのため、この砦は無人だったはず。だ、というのに砦と城壁を眺めていたライガは見知った顔がいることに気が付く。一足飛びにそこまで行くと、岩でできた壁を念入りに調べているトロールに声をかけた。


「おい、ギー。なんでお前がいんだよ?」


「ん?ライガじゃねぇか。お前も砦が気になってきた口か?」


 ギーはチラリとライガに目を向けると、すぐに砦の方に視線を戻す。ライガはギーから少し離れたところに控えるオーガとオークを見ながら合点が言った表情を浮かべた。


「なるほど。クロに倣って視察ってところか」


「そういうこと。魔王様も言ってただろう?近々人間達と戦争になるって。だったらこの砦にお世話になるかもしれないからな。事前のチェックはしっかりしておかないと」


「けっ、柄にもなく真面目じゃねぇか」


「お前さんだってこうして来てるんだから似たようなもんだろ?ボーウィッドも見に来たらしいしな」


「ふんっ」


 ライガは軽く鼻を鳴らすが、ギーの言葉を否定することはしない。あながち的外れな発言というわけではないからだ。


「……流石はギガントの仕事だな。こりゃちょっとやそっとじゃ壊れねぇよ」


 コンコン、とノックするように壁を叩きながらギーが言う。ライガも試しに壁を触ってみたが、ギーの言う通り生半可な力じゃこの砦は落ちそうになかった。


「魔王様の話じゃこの砦に当番制で魔族を常駐させるらしいな。すぐに連絡が取れるように転移魔法が使える奴と、非常時の戦闘に対応しうる奴」


「となると転移魔法要員として悪魔族を、戦闘要員としてデュラハン族、魔人族、獣人族、巨人族で回していく感じか」


「精霊族は戦闘には向かないし、ヴァンパイヤ族は……な?」


 ギーが意味ありげな視線を向けてくる。それに関してはライガも賛成であった。戦闘能力に関しては申し分ないが、ピエールを見る限りコミュニケーションをはかれる自信がない。


「後は見張り台のチェックでもしますか」


 よっ、という掛け声とともにギーはその場で跳躍し、砦の上まで移動する。ライガもその後を追った。





 そして、そこから広がる景色を見て驚愕に目を見開く。





 見張り台から辛うじて見える距離に小さな建物があった。だが、驚くべきはそこではない。





 人間、人間、そして人間。





 目に映るのはその建物を囲むように集まった人間達の群れ。その数はもはや目視では数えることが叶わないほど。転移魔法の光がちらちら見えていることからも、まだ増えていくのだろう。どう前向きにとらえても問題ないとは言えない状況。


「……お世話になるかもって言ったが、こんなに早くお世話になるつもりはなかったぞ?」


 ギーが引きつった笑みを浮かべながら、いつものように軽口を叩く。だが、その額からは一筋の汗が流れていた。


「……どうする?」


 すでに警戒態勢に入ったライガが群衆を見つめながら、緊迫した声で尋ねる。


「どうもこうもねぇなこりゃ。早急に対策をとらねぇと面倒なことになる」


 ギーはゆっくりと顎を撫でると、一旦自分の頭をクリアにした。そして、この状況を打破する策を模索する。


「……今いるのはお前んとこが二十人弱、俺の所も同じようなもん。はっきり言ってそんなんじゃ話にならない。まずは戦力をかき集めるのが先決だ。そうなってくると転移魔法で大量に運べるフレデリカの所に行くのが第一だな。それと、一人だけチャーミルに向かわせて悪魔族の奴らに転移魔法を手伝わせる」


「てめぇの考えに文句はつけねぇよ」


 ギーが頭の切れる男だと知っているライガは、この状況を知った瞬間からギーのプランに逆らうつもりはなかった。だが、一つ気になることがある。


「……ルシフェルにはどうする?」


「こういうことは上官に即報告ってのが望ましいんだけどな。うちらの大将はこれを知ったら嬉々として戦いに出ちまうだろ。大将首をとられたら終わりだっつーのに」


「なら、あいつには知らせない方がいいな。……それと」


「クロにもだろ?」


 バッとライガが顔を向けると、ギーがニヤリと笑みを浮かべた。完全に自分の考えが読まれていることにライガは顔を顰める。


「……あの野郎に共食いをさせるわけにはいかねぇだろ。あいつは俺達の仲間で間違いねぇが……人間だ」


「そうだな……それにこの前の会議でセリスが言ってたことも気になるってところか?」


 ライガは思わず舌打ちをした。こうも見事に看破されると何も言えなくなってしまう。


「察しが良すぎるってのもむかつくもんだぜ」


「そう言うなって。……俺も同じ考えだったってだけだ」


 人間達の狙いは自分なのではないか、そう告げたセリスに見せたルシフェルの反応は普通ではなかった。確証はないが、少しでも疑いがあるのであれば、セリスを戦場に出さない方がいい。クロがこのことを知れば、確実にセリスもここに来ることになってしまうから、クロにも知られるわけにはいかない。


「とりあえず俺はフレデリカの所に行く。それでフレデリカと一緒に他の街を回って闘える奴をかき集めてくるわ」


「わかった。なら、俺の部下を一人チャーミルへと走らせる」


「頼んだ。……もしその間に攻めてきたらあいつらのこと頼む」


 砦の下にいる自分の部下を指し、転移魔法によってギーはこの場からいなくなる。ライガが大声で部下の名前を呼ぶと、すぐに獣人族の一人がこちらへとやって来た。そして、ギョッとした目で人間達を見ると真剣な表情でライガに向き直る。


「……状況はわかったな。お前はチャーミルに走ってリーガルのおっさんに話をして来い。くれぐれも魔王と指揮官にはばれないようにな」


「……承知しました」


 短い言葉で答えると、獣人族の男は全速力で元来た道を駆け抜けていった。それを見送りながら、もう一度人間達の方に目を向ける。


「さて……暴れるとするか!」


 静かにそう呟くと、ライガは状況を説明するために、自分とギーの部下の所へと降りていった。

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