第216話 じっくり待つのが釣りの醍醐味


 人間達の工場に潜入任務を始めてから三日。今日もアルカとロニはこそこそ隠れながら工場内を移動していた。

 この三日で得られた情報は、この場所では二十人弱の人間が何かを作っているということだけ。何を作っているのか、何のために作っているのか、その辺は全く分かっていない。


 今日も物陰に隠れながら、同じ作業を続ける人間達を観察する。


「……ねぇ、ロニ君」


 高く積まれた木箱の後ろにいるアルカが、声を潜めて遠慮がちにロニに声をかけた。


「隊長と呼べ。なんだ?」


 ロニが人間達から目を離さず、アルカに返事をする。


「もうこんなことやめない?」


「……は?」


「人間さんたちに関わるのはやっぱり良くないと思うの」


 おずおずとアルカが言うと、ロニが呆れ顔でこちらに振り返った。


「おいおい……今更何言ってるんだ?みんなのヒーローになれるチャンスなんだぞ?」


「そうだけど……」


 アルカが眉尻を下げながら、元気なく顔を俯かせる。正直、もうヒーローなど、どうでもよかった。それよりもクロの言いつけを破り、人間の所にいることの方がアルカには重要だ。


「アルカがやめたいって言うなら止めないけど、俺は続けるぞ。悪い人間達がやっていることを絶対に暴いてみせる!!」


「ロニ君がやめないならアルカもやめないよ……」


 こんな危険なことをロニ一人にやらせるわけにはいかなかった。ここに忍び込んでいることが人間達にばれたら、確実にひどい目にあわされる。その時、自分がいれば逃げ出すことも可能だ、とアルカは思っていた。


「とにかく、こうやって探り続けたらいつか絶対わかるはずだ。そしたらゼハード達に伝えればいい。流石に俺たち二人だけで解決できるなんて思ってねぇよ」


「そう……?それならいいんだけど……。でも、本当に危なくなったら」


「シッ!!」


 アルカが話している途中、ロニが真面目な顔で人差し指を唇に付け、黙るように指示する。アルカは咄嗟に自分の口を両手でふさぐと、ロニが見ている方に目を向けた。


 そこにいたのはよれよれの白衣を着た男。アイソンと呼ばれるこの男がこの施設の責任者であることは、会話を聞いた結果、二人が知ったことであった。普段は二階にある自室にこもり、ほとんど出てくることがないアイソンがここに来るのはかなり珍しいことだ。二人は集中力を高め、アイソンと研究者の会話に耳を傾ける。


「首尾はどうだ?」


「アイソンさん、特に変わりありません。順調にデモニウムの生成を行っています」


「解析の方は?」


「そちらは……すみません。依然として全く分かっていない状況です」


「そうか……」


 アイソンは顔を険しくしながら、頭をボリボリと掻いた。


「ところで、何かあったのですか?」


「ん?」


「いや、アイソンさんが下に降りてくることは滅多にないことなので」


「……あぁ、全員の耳に入れておきたいことがあってな。ちょっとみんなを集めてくれるか」


「わかりました」


 アイソンに指示を受けた研究員が近くにいる者達を呼び寄せる。他の研究者達は自分達の作業を辞め、ぞろぞろとこちらに集まってきた。


「作業中悪い。至急伝えたいことがあってな」


「伝えたいこと、ですか?」


「あぁ。時間もないので手短に報告する。調査の結果、生き残りの魔族の居場所が判明した」


 アイソンの言葉に研究者達がざわつく。同じようにアイソンの話を聞いていたロニの目が大きく見開かれた。


「ロバート大臣から許可を得た。明朝、その魔族共を殲滅に向かう。報告は以上だ。みな、仕事を続けてくれ」


 動揺を隠せない研究者達に背を向けると、アイソンはスタスタと自室に向かって歩いていく。アルカは茫然自失しているロニの肩を叩き、何も言わずに仕草だけで工場から出た方がいいことを伝えた。まだ混乱が収まらないロニであったが、首を縦に振ると音を立てないように気を付けながら、アルカと共に工場の出口へと向かう。


 無事、工場を脱出し、少し離れたところでロニが口を開いた。


「大変なことになった……!!早くみんなに伝えないと……!!」


「ロニ君、一旦落ち着いて」


「落ち着いてなんかいられるか!!」


 アルカが宥めようとするが、ロニは凄まじい形相で声を荒げる。


「お前は一緒に暮らしてないからそんなに冷静でいられるんだ!!人間達が襲ってくるんだぞ!?俺の仲間が危険にさらされているんだぞ!?」


「そ、そうだけど……」


 ロニの迫力に押され、尻すぼみになるアルカ。今のロニの言い方にそこはかとなく疎外感を感じていた。


「俺は洞窟に戻る。仲間のみんなを助けるんだ!!」


 そう言うと、ロニは脇目も振らずに森の中を疾走していく。俺の仲間、ロニは確かにそういった。’俺達’の仲間ではなく、‘俺’の仲間、と。

 やはり自分は仲間として認めてもらえてはなかった。そう思うと、離れていくその背中をすぐには追うことができなかった。



 コンコン。


 部屋の扉がノックされる。アイソンは机に向かいながら、扉に目を向けずに返事をした。


「入れ」


「失礼します」


 入ってきたのは、先程話していた研究者の男。アイソンは羽ペンを机に置くと、軽く椅子を引き、身体を男の方に向ける。


「どうだった?」


「アイソンさんの話を聞いた二人は慌てて工場を飛び出していきました」


「そうか」


 アイソンは冷酷な笑みを浮かべると、指を組んで大きく伸びをした。


「よろしかったのですか?」


「ん?なにがだ?」


「奴らを捕まえて尋問した方が早かったのではないかと思いまして」


 研究者の話を聞いたアイソンは、チッチッチ、と指を左右に振る。


「私はね、釣りが好きなんだよ。漁じゃなくてね」


「釣り……ですか?」


「そうだ。無理やり魚を捕まえるなんて品がないとは思わんか?価値が低いエサで如何に大物を釣り上げるか……それが釣りの醍醐味というもの」


「……相変わらずの悪趣味っぷりですね」


「お褒めにあずかり光栄だよ」


 研究者の男は呆れたように息を吐くと、軽く頭を下げ、部屋から退出する。男が出ていくと、アイソンは再び机に向かい、上機嫌に鼻歌を歌いながら自分の作業に戻った。

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