第202話 タダ飯より高いものはない


「…………行ったみたいですね」


 セリスの言葉に頷くと、俺は木の上から飛び降り、右手で抱えていた荷物を地面へと放り投げる。


「……何の真似だ?」


 荷物、もといアベルが土ぼこりを払って立ち上がりながら俺に鋭い視線をぶつけてきた。おいおい……態度が悪いんじゃないかい、君。


「セリスに感謝しろよ。幻惑魔法を使ってなかったら、お前はあの世行きだったぞ?」


 マジで間一髪だった。アベルに付かせていた悪魔族の奴の所に転移して来てみたら、ボロボロの勇者様が今まさに死ぬところだったんだからな。


「……助けてくれなんて頼んだ覚えはねぇ」


 アベルが自分と同じくらいボロボロな剣を俺に向けてくる。それを見たセリスが眉を顰めながら、不安そうな様子で俺の方へと目をやってきた。


「クロ様……流石にこれは上手くいかないんじゃないですか?」


「そん時はそん時だ」


 失敗したところでなんとでもなる。今のこいつからは何の脅威も感じないからな。


「よっ。久しぶりだな、勇者様。随分楽しそうな生活してるじゃねぇか」


「……羨ましいなら代わってやろうか?」


「いや、遠慮しとくわ」


 ライガの時にキャンプは堪能したからな。もうお腹いっぱいだ。


 俺はアベルから視線を外すと、セリスに顔を向ける。


「もう帰っていいぞ。アルカが心配だろ?」


「……わかりました。結果は報告してくださいね」


 なんとも言えない表情でアベルを見ていたセリスだったが、俺の言葉に頷くと、転移魔法でこの場からいなくなった。セリスの奴、複雑な気持ちだろうなぁ……まぁ、無理もねぇか。自分を痛めつけた相手がこんなに変わり果てた姿になってたらよ。


「さて……」


 俺が向き直ると、アベルはまだ剣を構えたままだった。うーん……一応確認しておくか。


「単刀直入に聞くけど、戦うつもり?」


「…………」


 アベルはしばらく無言で俺の事を睨み続けていたが、一つため息を吐くと、投げやりな感じで持っていた剣を放り投げる。


「こんなガラクタで、てめぇに勝てるなんぞ思っちゃいねぇよ」


「うん、そうだな。俺もそう思う」


 魔剣を使っても負けてるからな。そもそも魔法が使えないんじゃ、戦いにすらなんねぇだろ。


「それで?働き者の魔王軍指揮官様はこんな所までゴミ掃除にでも来たのか?」


 ゴミって。そんなに自分を卑下することないぞ、アベル君。せめて草むしりと言いたまえ。雑草くらいの価値が君にはある。


 ……っと、冗談は置いといて、こっからどうすっかなー。正直言って、ノープラン。そんなのたてる暇もなく、アベルのやつが襲われてたからね。俺のせいじゃないよ。


 うーん……話をしようにもこう敵視されてるとなぁ……当然と言えば当然なんだけどさ。話せたからといって説得できる自信もないし、かと言ってすごすごと退散するわけにもいかないし、なんか仮面のせいで顔が蒸れてきたし。


 つーか、あれか?別にこいつ相手に姿を隠す必要もねぇか。


 特にいい案も浮かばなかったので、とりあえず仮面を外すことにする。


「なっ……てめぇは……!?」


 あれ?もしかして俺の顔を覚えてんのか?一度しか会ったことないっていうのに?


「……そうか、お前が指揮官だったのか」


 アベルはなぜか納得した様子で言うと、突然笑いながらその場に座り込んだ。こわっ!情緒不安定かよ!変な草喰いすぎて頭でもおかしくなったか?


「そりゃ、フローラの事も知ってるわけだな。同級生っつーんだから」


 そういやこいつと戦った時にそんな話をしたなぁ……なんか懐かしいわ。


「詳しい話は面倒くさいからしないからな」


「別に聞かねぇよ。興味もねぇしな」


 それはそれでなんか寂しいぞ。クロムウェル君の心はガラス細工のように繊細なのだ。


「……さぁ、とっとと殺れよ。正体を知っちまったやつは死ぬのがセオリーだろ?」


 ……なんでこいつはこんなにも晴れやかな表情をしてるんだ?わけわからん。つーか、殺したら俺の目的が達成できないっつーの!それに殺す気なら助けたりしねぇだろ!


「いいから来い」


「なっ……」


 俺は強引にアベルの手を掴むと、転移魔法を発動する。やって来たのはブラックバーの厨房。


「な、何事でやんすか!?」


「ク、クロ吉!?それに新しい人間!?」


「ゴ、ゴブリン!?」


 突然現れた俺達に驚くゴブ太とゴブ郎。魔族を目の前にして目を丸くするアベル。仲いいなお前ら。

 とりあえずアベルは無視してゴブ太に近づき耳打ちをする。ゴブ太はチラチラとアベルを見ながら、首を縦に振って調理を再開した。少しの間戸惑っていたゴブ郎も、気を取り直して料理を客が待つテーブルに運んでいく。


「な、なんだよ、これ!どこだよ、ここは!!」


「俺の行きつけの店だよ」


 正確には俺の行きつけの店・改だな。いや、俺の行きつけの店・零式と言った方が……。


「説明になってねぇよ!!なんでゴブリンが料理を作ってんだよ!?つーか、なんでこんな所に連れてきやがったんだよ!?俺の事を喰うつもりか!?」


 うるせぇな。お前なんか喰わねぇよ。絶対まずいだろ。


「落ち着けって。もう少し待てばなんでここに来たのか」


「できたぞ」


「はえぇな!!」


 ゴブ太が俺に皿を渡してくる。そこにはこんもり盛られた炒飯が乗せらていた。まじかよ。あの短時間で作り上げたっていうのかよ。ゴブ太、おそるべし。


「簡単なものでいいっていうから、本当に簡単なやつにしたけど、良かったのか?」


「あぁ、助かる」


 俺はゴブ太から皿を受け取ると、アベルの前に置く。状況に全くついていけないアベルは俺と炒飯を交互に見ていた。


「食えよ。腹減ってんだろ?」


「は……?」


 アベルが唖然とした表情を俺に向けてくる。理解が追いついていないんだな。まぁ、そうか。俺も逆の立場だったら完全にパニックに陥る自信がある。


「な……なんで……?」


 アベルの声は少し震えていた。俺は面倒くさそうに息を吐くと、アベルの目をしっかりと見据えた。


「死なれちゃ困るんだよ。何のために俺が生かしたと思ってんだ」


「は、はぁ!?な、なに言ってんだお前!俺はお前達を……!!」


「昔の事なんか忘れた!いいから食え!!」


 俺はアベルの言葉を大声で遮る。後ろで鍋を振りながら様子をうかがっていたゴブ太がアベルに声をかけた。


「片手間に作ったとはいえオイラの炒飯だぞ!?旨いに決まってる!!全然ご飯を食べてなかったんだろ?一粒でも残したら承知しないからな!!」


 アベルは炒飯に目を向け、ごくりとつばを飲み込む。そして、恐る恐るスプーンを掴むと、炒飯を口へと運んだ。


「っ!?!?!?」


 その瞬間、アベルの目が大きく見開かれる。二口、三口……その場に胡坐をかき、一心不乱に炒飯を口の中へと詰め込んでいった。


「……畜生……!!」


 必死にスプーンを動かしながら、アベルが悔しそうな声をあげる。


「うめぇ……うめぇよ……魔族が作ったっていうのになんでこんなにうまいんだ……!!」


 ボロボロと両目から涙をこぼしながら、炒飯を掻きこむアベル。涙が出るほど美味いのか、それともそれだけ辛い思いをしたのか……おそらく後者の方だろうな。セリスの部下からの情報だと、こいつは国に殺されたみたいだからな。さっきの奴らみたいな連中に四六時中命を狙われていたんだろ。心が休まるときなんてなかったはず。


 俺は何も言わずに水の入ったグラスを床に置いた。一瞬手を止めて俺の顔を見たアベルだったが、すぐに炒飯をむさぼり喰らう。


「うめぇ……くそっ……旨すぎるっつーんだよ……!!」


 アベルの手は止まらない。なんの変哲もない炒飯なのに、アベルが今まで食べてきたどんな料理よりも美味いんだろうな。こいつの顔がそう物語っている。


 死に物狂いで炒飯を掻きこむこいつを誰も止めることはできない。




 無我夢中で炒飯を食べ続けたアベルは、最後の一粒まできっちり口の中へと運ぶと、心の底から感謝するように両手を合わせる。さっきまではゾンビみたいな顔をしていやがったが、大分マシになったか。まさか泣くとは思わなかったが、気分も落ち着いたみたいだな。まぁ、俺だってこいつには色々と思う所はあるが、とりあえず元気になったみたいでよかった。


 さて。


 俺はアベルに柔和な笑みを向けながら、そっと片手を前に出した。


 そんな俺を見て、アベルは僅かに口角を上にあげると、気に入らなさそうに舌打ちをする。


「……意味わかんねぇな、お前。敵だった俺にこんな旨い飯をくれて、おまけに手まで差し伸べてくれるんだからな」


 そう言いながら俺の手を掴もうとするアベル。


 …………何言ってんのこいつ?


「金」


「え?」


「炒飯食ったろ?金」


「…………え?」


 アベルが俺に手を伸ばした姿勢のまま硬直した。飯屋で飯食ったら金払うだろ。常識的に考えて。


「もしかして金持ってないの?」


 にやぁ、っていう効果音が聞こえるくらい口が横に伸びた笑みを浮かべる俺。アベルの思考回路は依然として凍結したまま。


「これは困ったねぇ。無銭飲食は犯罪だよ?」


「なっ……なっ……!!」


 アベルは海におぼれた人みたいに口をパクパクさせている。俺はわざとらしく困った顔をすると、首を左右に振った。


「こりゃ、しばらく店の手伝いをしてもらうしかねぇな。つーわけで、ゴブ太。こいつの事、こき使っていいから。しっかりと鍛えてやってくれ」


「わかった!!おいらに任せろ!!」


「………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」


 アベルの絶叫が厨房内に響き渡る。俺は満面の笑みでアベルに手を振ると、そのまま厨房から出ていった。


 いやー!いい仕事をすると気持ちいいな!

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