第177話 子供の弱点はお菓子

 マーリンのジジイに連れられ、俺とアルカ、そしてエルザ先輩の三人は学園の門の前までやってきた。まだ一年も経っていないというのに随分懐かしく感じるなぁ……別に戻りたいとは微塵も思わないけど。

 つーかジジイの奴、何を企んでやがるんだ?百歩譲ってお茶をご馳走するのはいい、どうせジジイの道楽だろうし。問題はここにエルザ先輩がいるってことだ。さっきからずっと俺のことを見ているんだよね。まさかこれは恋の気配か?いやーモテる男は辛いなー。殺気駄々洩れな気がしないでもないけど。


「少し待たせるぞい。……エルザや、ちとこっちへ」


 ジジイがエルザ先輩を呼び寄せ、俺達から少し離れる。なんかこそこそ話しているんだけど絶対悪だくみだろ、あれ。三分くらい内緒話をすると、エルザ先輩は俺に背を向けて寮の方へと歩いて行った。……何を吹き込んだんだ、あのジジイ。


「待たせたのぉ。では、行こうか」


 そう言うと、ジジイはスタスタと建物の中に入っていった。俺とアルカは黙ってその後ろについていく。


 学園の中は特に変わったところはなかった。そらそうか。何十年もいなかったわけじゃないしな。変わっている方が驚きだ。

 アルカは目をキラキラさせながら首を忙しなく動かしていた。アルカにとっては全部が新鮮なんだろう。お願いだから「入学したい!!」とか言い出さないでくれよ。


「ここじゃ」


 しばらく学校の中を歩いていた俺達だったが、少しだけ豪華な扉の前でジジイが足を止める。校長室かぁ……存在は知っていたけど、来たことはなかったな。意図的に避けていたし。


「さぁ、入った入った」


 部屋へと招かれる俺達。中はソファが向かい合わせに二つとその間にテーブル、そしてジジイの仕事用机があるだけと、割とシンプルなつくり。


 俺とアルカが適当に腰を下ろすと、ジジイがその向かい側に座り、空間魔法を発動した。


「アルカといったかの?ほれっ、こういうのは好きか?」


「うわぁ~!!おいしそう!!」


 空間魔法から取り出したのは色とりどりのクッキーと湯気が出ている紅茶。それを見たアルカが歓喜の声をあげる。ジジイめ……我が愛娘を餌で釣りやがった。


 食べてもいいのか顔を向けて確認してくるアルカに頷きかけ、俺はジジイにジト目を向ける。だが、ジジイはまったく気にしていない様子。


「ほっほっほ、指揮官もお一ついかがかな?」


「結構だ」


 さっさと話を終わらせて帰ろうと思ったのによ。アルカがクッキーを食べ終わるまで帰れないじゃねぇか。相変わらず油断も隙も無いジジイだ。


「このクッキー美味しい!!」


「そうかそうか。お菓子作りにはまっておってのう。まだまだたくさんあるぞい」


「わーい!!」


 和気あいあいするの止めろ。帰りにくくなるだろうが。ちっ……このジジイの前でボロを出さないようにしないといけないとかきつすぎるぞ。

 とりあえず、ここはボーウィッドスタイルでいこう。俺は寡黙な男、無駄口など一切叩かない。クールでイケてる魔王軍指揮官を演じ切るんだ。このジジイに正体がバレると確実に面倒くさいことになる。


 ジジイは幸せそうにクッキーを頬張るアルカを微笑ましく見ながら紅茶をすすると、ゆっくりと俺へと顔を向けた。


「さて、少し落ち着いたところで話でもしようかのぉ。クロムウェル、室内では仮面をとるのが礼儀じゃぞ?」


 ……すでに手遅れだった件について。どうして正体を隠そうとするとことごとくバレてしまうんですかねぇ?今回は細心の注意を払っていたはずだぞ?


「……何を言っているのか全然わから」


「無駄じゃ。儂はそやつが放つ魔力の色で人を判断しておる。いくら顔を隠したところで儂には何の意味もないのぉ」


 なんだよ魔力の色って。このジジイにはそれが見えるっつーのかよ。一度病院に行ってその目を診てもらえ。あっ、あとついでに頭の方も。


 俺は大きくため息を吐きながら仮面をとると、やけくそ気味に空間魔法へと投げ入れた。


「お久しぶりですね、妖怪ジジイ」


「相変わらず生意気そうでなによりじゃ」


 ジジイがニッコリと笑顔を向けてくるが、俺は仏頂面で応える。このジジイに振りまく愛想など一欠けらも持ち合わせてはいない。


 そんな俺の顔をじっくりと眺めながらジジイが静かに口を開く。


「……まぁ、言いたいことは色々あるがのぉ、とりあえず生きておってホッとしとるわい」


「……そりゃどうも」


 心配してたってのか?このジジイが?んなことがあった日にゃ、槍でも降ってくるぞ、まじで。


「しかし、幻惑魔法もなしでこの地にやってくるとは……お主には魔王軍に所属しているという自覚が足りんわい」


 流石に幻惑魔法のことも知っているのか。伊達に長生きはしてねぇな。


「うるせぇな。別に正体がバレてもいいんだよ。お尋ね者になって多少面倒くさくなるだけだ」


「お主はそうじゃろうな。……じゃが、お主の村はどうなるかのぉ?」


 ピクッ。


 俺の村……どういうことだ?


 俺の反応を見たジジイが呆れたように息を吐く。


「今、この国で力を持っているのはロバート統括大臣じゃ。お主も見た通りあの男は……あー……控えめに言って救いようのないくらい愚か者で、脳みそが頭にちゃんと入っているか不安になるような男じゃ」


 うん、控えめに言ってその通りだと思う。控えめに言って。


「そんな男が魔王軍指揮官として人間を裏切った男がお主だと知れば、後の結果は想像に難くないのぉ」


 そうだな……とりあえず、魔族に対抗しているっつー国民へのアピールとしてその身内を処刑。俺の場合、両親がいないから育ての親、ってか育ての村か。多分、国にとっては何の価値もない村だから、あのブタの鶴の一声で躊躇なく壊滅させるだろうな。豚なのか鶴なのかはっきりしやがれ。


「…………ジジイの言うとおりだな。少し迂闊すぎた」


「ほっほ、今度から人間界で動くときはもう少し慎重に行動するんじゃな」


 軽い口調でそう告げると、ジジイはクッキーを一枚手に取る。俺はボリボリとクッキーを食べるジジイを複雑な思いで見つめていた。


「……聞いてこないのか?」


「何をじゃ?」


「俺が魔王軍に入った理由とか、なんで人間界に戻ってこないのか、とか」


「ふむ……だいたい予想はつくからのぉ」


 ジジイは自慢の髭を撫でつけながら、つまらなさそうな表情を浮かべる。


「大方、ルシフェルに気に入られて勧誘でもされたんじゃろう。それで、自分が思い描いていた魔族と実際の魔族との差に驚きつつも、今は魔族領の方が居心地がいいってところかの」


 ……やべぇよやべぇよ。セリスだけかと思っていたけどここにもいたよ。エスパージジイ爆誕。まじで怖いんだけど。


「そんなに驚かなくてもルシフェルの性格を考えれば容易に想像がつくことじゃ」


「……魔王のことをよく知ってんのな」


「今の魔王のことはじゃがな。儂を誰だと思っとる?大賢者マーリンじゃぞ?知らないことなどないわい」


 ジジイは得意げに鼻を鳴らすと、ティーカップを持ち上げた。


 まさかルシフェルのことを理解しているとはな。やっぱりこのジジイは侮れねぇ。

 まぁ、でも別に不思議なことじゃねぇか。なんたってこのジジイは……。


「魔族に寝返って自分の親友を手にかけた裏切り者を殺したんだ、魔族に詳しくて当然か」


 その言葉に、ジジイの動きがピタッと止まる。


「……ルシフェルから詳しく聞いとらんかの?」


「あいつは過去の話になるとすぐにはぐらかすから」


 俺が肩をすくめながら言うと、ジジイは視線を落とし、自分の持っているティーカップを見つめた。


 生ける伝説、大賢者マーリン。歴代最高にして最強の勇者アルトリウスの親友であり、人間から勇者という太陽を奪った反逆の騎士・ランスロットを殺した男。二百年以上たった今でもジジイを英雄たらしめる偉業。


 ジジイは静かにカップを机に置くと、窓の方に遠い目を向ける。


「そうじゃな……儂はあの男を……ランスロットをこの手で殺した」


 なぜか切なげな声色。ジジイのこんな態度は見たことねぇ。……なんか調子狂うぞ。


「ランスロットみたいに俺も殺すか?」


「たわけ。儂にこれ以上罪を重ねさせるつもりか」


 冗談ぽく言ったのに、ジジイはえらく真剣な顔を向けてきた。なんかものすごく不謹慎なことを言った気がする。俺ちょっと反省。とにかく話題を変えないと。


「強かったか?俺の先輩は」


「そうじゃな……今の人間界にいる者達では手も足も出ないじゃろうなぁ。強さもさることながら、奴には華があった」


「俺みたいにか?」


「ふんっ!お主と奴の共通点など髪が黒いことと魔法陣の腕がピカ一ということくらいじゃ。それ以外は似ても似つかぬ」


 ランスロット先輩には華があって、俺は鼻くそですかそうですか。くそが。


「そんな悪のスターを討ち取ったんだろ?結構じゃねぇか」


「……そもそも魔族と争うこと自体ナンセンスなんじゃ。そんなことをしても悲しみしか生まん」


「おいおい……それをあんたが言っていいのか?ここは魔王を倒す勇者を育てる学校だろ?」


「儂はそんな事、一言も言ってはおらん。マジックアカデミアは儂の後継者を探すために建てたモノじゃからな」


 なにそれ?初耳なんですけど?だって、ここの教師たちは二言目には魔族を倒せ、魔王を倒せ、って言ってたぞ?


「はぁ……長いことやってきてようやっと期待の持てる男に会えたというのに、ルシフェルの奴に取られてしまったからのぉ」


 ジジイが物欲しそうな目で俺を見てくる。は?つまりそれって……。


「俺が後継者候補だったっつーのかよっ!?」


「候補というか確定じゃった。あの訓練場での魔法を見たときからのぉ」


 訓練場での魔法……?あぁ、俺が”七つの大罪セブンブリッジ”の試し打ちをした時の事か。


「あの時は、あっさりあんたに防がれたじゃねぇかよ。あの魔法障壁、全然本気じゃなかったろ?」


「それはお互い様だと思うんじゃが。一応、あの部屋は闘技場と同じで特別製でのぉ、並大抵の魔法じゃびくともしないから安心しておったのに。お主の魔力を感じ取ったときは肝を冷やしたぞい。あれはオリハルコンを使っているから修理代が高いんじゃ。壊せないにしても傷つけられでもしたら困る」


 オリハルコンってどんだけ硬い壁を用意してんだよ。生徒の力どころか、世界中探しても壊せる奴なんてほとんどいねぇだろ。俺の”七つの大罪セブンブリッジ”でも怪しいぞ?あの頃の俺なら確実に無理だ。


「というわけで、お主のことは諦めるから代わりにアルカを」


「全力で断るわっ!!」


 名前を呼ばれたアルカが口をもぐもぐと動かしながら不思議そうにこっちに目を向けてくる。いいんだよ、アルカ。こんな老害はシカトに限る。


「むぅ……なら仕方ないのぉ。あの者に期待するかの」


「あの者?」


 なんだ?ジジイのお眼鏡にかなう奴がこの学園にいるのか?全然心当たりないんだが。


 俺が眉をひそめていると、ジジイが自分のカップに紅茶を注ぎ足した。


「こう長い事生きてるとのぉ……極稀に出てくるのじゃ。天才というものがの」


「天才?レックスの事か?」


「あやつはダメじゃ。魔法陣を極めるには他のことが優れすぎておる。儂が求めておるのは他の追随を一切許さない圧倒的な魔法陣の技術力。……お主のような、な」


 ……なんか、唐突に褒められたんですけど?反応に困るわ。


「この世代は本当に面白くてのぉ。レックス然り、クロムウェル然り……金の中でも飛び切りの金の卵じゃ。儂が生きてきた中でもこれほどの逸材に出会ったことはない」


「……おだててもなんも出ねぇぞ?」


「そんなこと期待しておらんわい。……そんな二つの卵よりは若干くすんではおるが、いるんじゃよ。銀の卵がのぉ」


「銀の卵、ねぇ……」


 やっぱり全然思い当たらねぇわ。つっても、学園のランキングを考えたらエルザ先輩くらいしかもう候補にいないんだけど。


「魔法陣は弛まぬ努力によって昇華される。お主や儂のようにな。じゃが、中には産まれたときから魔法陣に愛された者もおるってことじゃ」


 何それ超羨ましい。俺も魔法陣に愛されたいんだけど。


「へぇ……そんなすごい奴が学園にねぇ……知らなかったわ」


「その者は自分の持つ力を制御することができず、恐れを抱いてしまってのぉ……自らその力を封印することを選んだんじゃ。もったいない事じゃが、仕方のない事じゃ」


 なるほどね。そら扱いきれない力なんてのはあっても厄介なだけだな。鍛錬しようっていっても、リスクが高すぎる。


「それ、後継者としてはきついだろ。そいつは魔法陣を使いたくないんだろ?」


「そうなんじゃ。だから、クロムウェルを後継者にと」


「却下だ」


 魔王軍に所属してなくても御免被る。何が悲しくてジジイの後継者なんぞにならんといかんのだ。


 俺はきっぱりとそう言うと、その場で立ち上がりアルカに目を向けた。これ以上ジジイに付き合う義理はない。


「さて、アルカ。そろそろ帰ろうか」


「はーい!!おじいちゃん!ごちそうさまでした!!」


 アルカはキチンと両手を合わせてジジイに頭を下げる。くーっ!なんてしつけが行き届いた子なんだ!!親の顔が見てみたいぜ!!


 俺がアルカの頭に触れ、転移の魔法陣を組成しようとしたら、ジジイが手を前に出してきた。


「これこれ、待たんか。あと一ヵ所だけこの老人に付き合ってほしいんじゃが」


「あ?なんだよあと一ヵ所って。俺は早く帰らないといけないんだけど」


 そろそろマリアさんも目が覚める頃だろうし、あっちも何とかしなくちゃならない。何とかってまったく解決策は思いついていないけど。


「そんなに時間は取らせんからええじゃろ?老人のわがままを聞いても罰は当たらんぞ?」


 ジジイが上目遣いで訴えかけてくる。気持ち悪いからそれ止めろ。


「はぁ……めんどくせぇな。あと一ヵ所だけだぞ?」


「そうこなくてはな」


 ジジイは笑いながら俺とアルカに手を伸ばし、転移魔法を発動した。


 転移したのはこちらも懐かしい学園にある訓練場。相変わらず学生が使うには立派な空間だ。魔法を放つ的がいくつも置いてあったり、模擬戦がができるような広いスペースも完備してある。ここでなら一度に百人くらいは魔法の練習ができるだろうよ。


 そんな場所に見慣れた人物が一人。


「……来たか」


 思わず背筋がピンとなりそうな凛とした声。


 純白の鎧に身を包み、自分の身の丈ほどある騎士剣を携えながら、エルザ先輩が訓練場のど真ん中に立っていた。

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