第174話 年寄りは大体狸


 王都の危機を救うべく、アルカと二人でマケドニアまで馳せ参じたのはいいんだけど、どこに転移すればいいのか迷っちゃってさ。まぁ、城の前に行けばいいかーって軽い気持ちでそうしたんだけど……。


 なんかものすごい数の騎士団の奴らに囲まれているんだよね。


 いやー、だってこんなにいるなんて思わんしょ。そんなに城の警備って大事か?フェルなんか護衛を一人も配置してないぞ?……城主より弱い護衛なんて必要ないってことですね、わかります。


 突然現れた俺達に動揺を隠せないまま、騎士達はこっちへ剣を向けてきた。


「何者だ、貴様っ!!」


「あ?人にものを尋ねるときは自分から名乗るもんだろ」


「何をしに来たっ!?」


「説明する義理はない」


「なんだ、その奇抜な服はっ!?」


「うるせぇな。これを寄こした本人に言えよ」


「なぜ子供を肩に乗せているっ!?」


「…………」


「それは答えないのかよっ!!」


 いやだって、それは俺が知りたいもん。でも、聞けないっつーの。満面の笑みを浮かべながら俺の肩に座ってんだぞ?


 そんなことより、なにやら騎士団の人達が殺気立ってきたんですが。こんな所でもめてたら助けるどころじゃねぇぞ、これ。


「ちょ、ちょっとどいてくれっ!!」


 どうしようか悩んでいると、騎士達をかき分けてこちらに近づいてくる男の姿があった。やっとの思いで先頭まで来た男は俺とアルカを見て驚きに目を見開く。


「ま、まさか……指揮官殿ですかっ!?」


「ん?どちら様?」


「わ、私はコンスタン隊の副隊長をしています、フランクと申します!!」


 あー、コンスタン隊ってことはこの男もチャーミルに来ていたのか。だから、俺とアルカに見覚えがあるんだな。


 フランクの「指揮官」という言葉に、この場にいる騎士達のほとんどが反応を示す。そして、一気に辺りが緊張感に包まれた。いやー、俺も有名になったもんだ。


「い、一体、今日はどのようなご用件で?ま、まさかこの街を征服しに……?」


 冷や汗ダラダラのフランクを見て少し反省する。チャーミルで少し脅しすぎたか。


「いや、そういうのじゃないから。とりあえずお偉いさんと話をしたいんだけど、なんとかならない?」


「そ、そうですか……」


 フランクは明らかに安心したような表情を見せる。いや、俺が言うのもなんだけど、そんなにあっさり信じるなよ。嘘かもしれねぇだろ。


「と、とりあえず、上の者に報告してまいりますので、指揮官殿はこちらでお待ちください!!……おい、お前ら!!死にたくなかったら絶対に手を出すんじゃないぞ!?」


 フランクは周りの騎士達に大声で告げると、そのまま全速力で城の中へと走っていった。死にたくなかったらって物騒だな、おい。一応助けに来ているわけだから誰にも手は出さんっつーの。


 コンスタン隊の副隊長を務めるフランクの地位はかなり高いらしく、こちらを警戒しながらも、フランクに従って俺とアルカからジリジリと距離をとる。得物をこっちに向けたままだけど、それはしょうがないか。襲い掛かってこなきゃ何でもいいわ。


 アルカは物珍しそうに周りを見渡しながら足をプラプラと揺らしていた。いや、アルカさんや。いつになったら肩から降りてくれるんだい?


 しばらくぼーっと騎士達を眺めていると、突然その群れが左右に割れる。


 騎士達によって作られた道を、お偉いさんを呼びに行ったフランクを先頭に、何人かが歩いてきた。こっちに来るのは全身から威厳があふれ出している男と、見ているだけで目がチカチカしてくるド派手なローブを着ている男。そして、そのローブの男の陰に隠れているぶt……ふくよかな男だな。いや、ちょっと待て。あの威厳たっぷりな男って……。


「お初にお目にかかる、魔王軍指揮官殿。私はこの国の王を務めるオリバー・クレイモアだ」


 だよねー。流石に見たことあるもん。つーか、フランクッ!!偉い奴呼んで来いって言ったけど、その頂点なんか連れて来てんじゃねぇよっ!!


 内心ビビりながらも、なんとかポーカーフェイスで無表情を貫く俺とは対照的に、アルカは興味津々の様子でオリバーを見ていた。


「ねぇ、パパ!!王様だって!!ルシフェル様と一緒だねッ!!」


「そ、そうだな」


 そうやってアルカに相槌を打つのが精一杯。目なんか合わせられるわけがない。マキがフェルと話すときにめちゃくちゃ緊張している意味がようやく分かった。


「なにやら上の者と話したいとのことであったが、どういった用件であろうか?」


「あー……それは…………えーっと…………」


「王よッ!!危険です!!お下がりください!!」


 俺が何を言えばいいのか迷っていると、ド派手なおっさんが意気揚々と前に出てきた。顔はハンサムなんだろうけど、いかんせん格好が残念過ぎる。


「さぁ、魔族よ!!この宮廷魔法陣士筆頭のアニス・マルティーニがお相手しよう!!」


 アニス・マルティーニ……聞いたことがある名前だな。確かSランク冒険者でもなかったっけ、このおっさん。ってか、学校の先輩にこの人の息子がいたようないなかったような……それは気のせいか。

 それにしても奇麗な魔法陣だ。流石は宮廷魔法陣士といったところか。


「……やめよ」


 俺が目の前で魔法陣を組成するアニスをぼけーっと眺めていると、オリバー王が静かな声でアニスに告げた。


「し、しかし、王よ……!!」


「聞こえなかったのか?やめよ、と言ったのだ」


 振り返ったアニスにオリバー王が矢のように鋭い視線を向ける。……この人、やべぇな。多分、魔法陣の腕は俺の方が上だと思うけど、全然勝てる気がしない。


 悔しそうに下唇をかみしめながらアニスは後ろに下がると、オリバー王は俺に頭を下げてきた。


「部下が失礼をした」


「い、いや。気にしないでくれ」


 オリバー王が俺に謝罪……夢でも見ているのか?なんかドギマギしちまう。


「お、おいッ!!き、貴様ッ!!」


 ん?なんだ?なんかアニスの背中に隠れながら、ぶt……ふくよかなおっさんが俺を睨みつけてるんだけど。


「な、なにを企んでいるかは知らんが、このロバート・ズリーニに指一本でも触れてみろッ!!大変なことになるぞ!?私はこの国で二番目に偉いのだッ!!」


 おい、ブタの事ロバートって言うなよ。失礼だろ。


 つーか、なんだこのブタ?この国で二番目に偉い?まったくオーラを感じないんだけど。


 でも、まぁ、偉いんならこいつでいいや。王様と話すのはマジで緊張するし、このブタに用件を伝えるか。


「別に争いに来たわけじゃない。むしろその逆だ。俺はお前ら人間に手を貸してやるためにここへ来たんだ」


「はぁ!?何を言っているんだ、貴様は!?寝言は寝てから言えっ!!」


「……なに?」


 俺が不機嫌そうな声を出すと、ロバートはヒィッと小さく悲鳴を上げ、その場に尻もちをついた。えっ?人間の国、大丈夫?こんな奴がナンバー2でやっていけんの?


「……それは、この魔物暴走スタンピードに魔族は関与していない、という意思表示か?」


 ……なるほどね。トップがこれだけの器を示していれば問題ないって話か。


「そういうことだな。信じるか信じないかはそちらの自由だ。どちらにせよ俺達は勝手にこの街を守らせて―――」


「“炸裂する無数の火球フレイム・ビート”」


 何の前触れもなく王様と話していた俺目掛けて無数の火の玉が飛来してきた。それに反応したアルカが俺の肩から飛び降り、魔法障壁を展開する。

 突然の出来事に騒然となる場。国産豚のロバートは叫び声をあげながら、一目散に城へと逃げて行った。


 ズゴゴゴゴゴッ!!!!


 まるで爆撃のような激しさでアルカの魔法障壁にぶつかっていく火の玉。かなりヒビが入ったものの、なんとか全てを防ぎきったアルカの障壁が消えていくと、その手には焼け焦げた跡があった。


「大丈夫か?」


「うんッ!!……ねぇ、パパ?これは近くに強い人がいるってことだよね?」


 火傷をしているというのに、嬉しそうなアルカ。相変わらずの戦闘大好き娘でお父さんはものすごく不安です。

 って、そんな悠長なこと考えている場合じゃねぇな。アルカの魔法障壁を貫通させるだけの威力の魔法を撃てる奴が人間界にいるってことだ。


「こりゃ、面白い!!儂の上級魔法トリプルを易々と魔法障壁で防ぐとは!!しかもこんなにも若い!!やはり長生きはするもんじゃのう」


 すこぶる楽しげな声を出しながら、城の屋根から風属性魔法を利用して降りてきたのは、めちゃくちゃ長い白ひげを蓄えた爺さん…………いやいやいやいやいや、それはない。


「これこれ、そこのお嬢さん?儂の学園に入る気はないかの?」


 …………最悪だ。まじで最悪。よりによって妖怪ジジイがこんな所にいるなんて、最悪以外の言葉が見つからない。


「マ、マーリン殿!?」


 オリバー王が慌ててマーリンの名前を呼びながら、俺に目を向けてきた。何かしら思惑があるとはいえ、手を貸してくれると言った俺に不意打ちを仕掛けてきたんだ。この場で戦闘になっても不思議じゃない。そりゃ王様も焦るだろうよ。だが、そうはならない。なぜなら俺は口元に手を添え、顔を隠すことに手いっぱいになっているからだ。


「勝手なことをされては困るぞ!!指揮官殿は我々に力を貸そうと言っているのだ!!……指揮官殿、申し訳ない」


「あれまぁ、それは悪いことをしたのぉ……年寄りの早とちりじゃ。許してくれ」


 真剣な顔で謝罪するオリバー王に対して、マーリンは一切悪びれることなく俺の顔を覗き込んでくる。やばい、さっさと話を進めないと。このジジイから離れろと、俺の細胞が叫び声をあげている。


「と、とにかく俺はこの街を守りに来たのだ。住人は街にいるのか?」


 若干、ボーウィッドに声色を寄せてみた。ジジイが俺の声を覚えているかなんて知らないが、念には念を入れておく。そんな俺を不思議そうに見つめてくるアルカ。頼む、今は空気を読んでくれ。


「住人はこの城の地下シェルターと第六地区に避難している」


 オリバー王は妖怪ジジイの粗相がなかった事になって内心安堵しているみたいだ。二ヵ所か……それならなんとかなるかな?


「第六地区にはどれくらいの戦力が揃っている?」


「……騎士団長のコンスタンを含め二十名程度」


「はぁ!?」


 思わず素の声が出た。二十人ってこの城の周りには百人以上も騎士がいるんだぞ?どう配分したらそんなことになるんだよ?


「この城には第一地区の住人が逃げ込んでおるからじゃよ。そうなれば自ずと警備も厳重になろうて」


 ……第一地区ってあれか?金持ちの連中が住んでいる所だよな、確か。つまり、住人を区別して守っているわけだ。安定のクソっぷりで安心したわ。


「そういうことか」


「おんやぁ?それだけで察してしまうとは、指揮官殿は勉強熱心なんじゃなぁ。人間のことをよく理解しておるようじゃ」


「……魔王軍指揮官として敵の情報をかき集めるのは当然のことだ」


 このジジイィィィィィィィィ!!!カマかけてきやがった!!オリバー王が不審な目で俺のことを見ているじゃねぇか!!声が裏返んなかったことを褒めてもらいてぇよ!!


 これ以上は墓穴を掘りかねん。さっさと行動に移るに限る。


「オリバー王、やり方は俺に任せてもらってもいいか?」


「……それで民が救われるなら是非もない」


「そうか。フランク」


 俺はすぐさまコンスタン隊の副隊長の名前を呼んだ。フランクは緊張した面持ちで俺のもとまでやってくる。


「ここにいる騎士全員とアルカを連れて第六地区へと向かってくれ。多分、街中も魔物で溢れかえっていると思うから、適当に騎士達を散らばらせて魔物を間引いて欲しい。第六地区へ救助に向かうのはアルカと、ここにいる残りのコンスタン隊の連中で事足りるだろ」


「えっ!?そうなるとここの守りは……?」


「俺一人で何とかなる」


 俺の言葉を聞いて、ほとんどの騎士が怪訝な表情を浮かべた。だが、フランクを含め、表情が変わらない連中もちらほら見受けられる。多分、あいつらはコンスタン隊の奴らだな。


「そ、そんな馬鹿なことが認められるわけないだろう!!」


 あり得ないようなものを見る目でド派手なおっさんが大声をあげて近づいてきた。


「そうやって城の守りを手薄にして、魔物とともに侵略するつもりなのだろう!!なんて狡猾な奴だッ!!」


 なにそれ。賢い作戦だな、おい。


「王よッ!!惑わされてはいけませんぞ!!この男は魔王軍なのです!!」


「そんなに心配ならお前が王の隣について、しっかりと護衛をすればいいだろ」


「なっ……!!」


 俺の言葉を聞いてアニスが唖然とした顔を見せる。


「そうじゃな。そうすれば問題なかろう」


「マーリン様!?」


 妖怪ジジイが自慢のヒゲをわしゃわしゃしながらどうでもよさそうに言った。いや、あんたはもう少し興味を持てよ。


「……アニスよ。期待しておるぞ」


「王まで……」


 アニスは少し困惑しているようであったが、すぐに自信に満ちた表情を浮かべると、オリバー王に恭しくお辞儀をする。


「わかりました。このアニス、命に代えても王をお守りいたします」


 よし、話はまとまったな。俺は軽く膝を曲げて、退屈そうにしているアルカに目線を合わせた。


「アルカ、このおじさんたちと一緒にコンスタンのおっさんの力になってやってくれ。もう大丈夫そうかな?って思ったら適当にここへ転移してくればいいから」


「コンスタンのおじさん?あのビリビリする人?」


「そうだ」


「わかったー!!コンスタンのおじさんの手伝いするー!!」


 うん、アルカは素直な子やなー。あっ、でも、一つ釘を刺しておかないと。


「『ラブリーソードちゃん1号』は使用禁止な」


「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 やっぱりな。その驚き様を見る限り、使う気満々だっただろ。使い慣れてない武器なんて、足かせにしかならんから絶対に使わせるわけにはいかない。


「今回は魔法のみで戦いなさい」


「はーい……」


 落胆を隠せないアルカ。すまない……だが、アルカの身に危険が及ぶのはお父さん耐えられないんだよ。


 がっくりと肩を落とすアルカと戸惑いを隠せない騎士達を見送った俺は大きく伸びをしながら戦闘準備に入った。

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