第152話 嫌がらせはばれないようにやるのが効果的
俺達はどうしようもないくらい不貞腐れているザンザ隊と共に山岳地帯にやってきた。
シェスカの言っていた通り、ザンザ隊は鉱石の採掘がほとんどで、当然遠征地もシェスカ隊とはまるで違う。
シェスカの時は森の中をひたすら行っていたからめちゃくちゃ視界が悪かったけど、今はとにかく足場が悪い。大小様々な岩があるせいですげぇ歩きにくいんだけど、セリスの奴は大丈夫かな?
俺は石に躓きながら、セリスの方に目をやった。
「危ないっ!!この石めっ!!セリス様の歩みを邪魔するなっ!!」
「セリス様っ!!険しい山道なので、何かあればすぐにお申し付けくださいっ!!」
「道は我々が確保しますので、ごゆるりとお進みくださいっ!!」
「はぁ……ありがとうございます……」
なんかものすごい接待を受けている。
ザンザ隊の野郎共が警護するようにセリスの周りを固めていて、セリスの歩く先に落ちている石を片っ端から取り除く、という有能っぷりだ。
いやーこれならセリスも石に足を取られることもないだろう。よかったよかった。投げ捨てられている石が全部俺の方に飛んできているのは偶然だよな?
これはシェスカの時と逆だな。あの時はシェスカが俺にべったりだったけど、今回はザンザ達がセリスの近くを離れようとしない。お陰で俺は一人寂しく歩いているんだけど……何故だろう、ちやほやされているセリスの機嫌が芳しくない。
「その採掘場ってのはどの辺りにあるんだ?」
ただ歩いていても退屈だったので、試しに近づいて話しかけてみたが、誰も反応しない。あれ?もしかして聞こえなかった?少し小さい声で話しすぎたかな?
「その採掘場ってのはここから結構離れているのか?」
さっきよりも大分でかい声で言ってみた。…………獣人族ってのは耳が遠いのかもしれない。少なくともザンザ隊の奴らはそうに違いない。
その様子を見ていたセリスが大きくため息を吐いた。
「ここから採掘場までどれくらいかかるのですか?」
「この速度で行けば夕方の前には着きますよっ!!」
「着いたら、今日は少しだけ採掘して野営になると思いますっ!!」
「全然急いでいませんので、疲れたらおっしゃってください!!」
セリスの問いかけにザンザ隊の奴らが即座に返答する。あぁ、流石は上下関係にうるさい獣人族。上からの言葉にはクイックレスポンスを欠かさない。つまり、俺に無反応だったっていうのはそういうことですよね。くそが。
セリスが困ったように眉を下げながら俺へと視線を向けてくる。俺は肩をすくめ、苦笑いを浮かべながら首を左右に振った。そんな顔するなって、お前は悪くないんだから。
とりあえず、セリスは丁寧に対応されているんだから、俺が我慢すれば問題ないだろ。
争い事の火種にならないよう、俺はセリス護衛団から離れ、黙って後についていった。
*
ザンザ隊の奴の読み通り、俺達は日が落ちる前に採掘場へと辿り着いた。仕事場に着くや否や、周りの奴らが鉱石を掘り始めたので、指揮官としてその仕事ぶりを観察する。
とは言っても、鉱石の採掘なんて俺の想像を超えるような事なんて、何一つ起こらない。
ピチピチの白いTシャツを着たマッチョな男達が、黄色いヘルメットをかぶり、ピッケルやらシャベルやらを使って、ただひたすらに岩肌を掘っている。そして、ある程度鉱石が溜まったら手押し車で外に運んでいた。それの繰り返し。
俺は、何故か隣で豪華な椅子に肩身狭そうな様子で座っているセリスに目を向ける。
なんかザンザ隊の奴らが仕事を始める前に「長旅でお疲れでしょうから!!」とか、なんとか言って、王様が座るような椅子をここに置いたんだよ。最初は断っていたセリスも、ザンザ達のしつこさに根負けして渋々座ることになってさ。
まぁ、わかっているとは思うけど、俺は立ちっぱなしです。折りたたみ式の簡易的な椅子すらない模様。
「なぁ、セリス。これって───」
「セリス様っ!!洞窟内はすごしにくくないですか!?」
俺がセリスに話しかけた瞬間、ザンザ隊の奴が横から割って入ってきた。ちょっとタイミングが悪かったか。まぁ、退屈しのぎに話しかけただけだから、そっちの話が終わるまで待つか。ところで、なんで俺の足を踏んでいるの?
「だ、大丈夫です」
「そうですかっ!!何かあればいつでもおっしゃってください!!」
ザンザ隊の奴がニカッと笑って去った行く。よし、これでセリスと話せるな。
「こいつらの仕事って───」
「セリス様っ!!空腹を感じたりはしてませんか!?」
今度は違うザンザ隊の奴が携帯食料をセリスの前に出した。セリスはぎこちない笑みを浮かべる。
「いえ、お気遣いなく」
「そうですかっ!!腹がへったらすぐに言ってくださいっ!!」
またしてもセリスに笑いかけて戻っていく。当たり前のように俺の足を踏みながら。こいつら……。
「セリス───」
「セリス様っ!!こちらを見てください!!希少なミスリルです!!」
完全にわざとやってんな。俺とセリスに会話をさせないつもりか。
「き、綺麗ですね。青緑色に輝いて宝石みたいです」
「僕もそう思いますっ!!このミスリルという石は魔力の通りが良く、魔道具にうってつけなんですよ!!」
「そ、そうなんですね……」
盛大に顔を引きつらせているセリスにとびきりの笑顔を向けると、ザンザ隊の男は満足そうに戻っていった。
思いきり俺の肩に自分の肩をぶつけて。
まったく身構えていなかった俺は思わず尻餅をつく。
「クロ様っ!!」
俺のところに駆け寄ろうとしたセリスの前に、また別の男が立ちはだかった。
「セリス様っ!!ここは洞窟の中!!どんな危険があるかわかりませんっ!!こちらをお使いくださいっ!!」
「えっ?あっ、あの……!!」
「セリス様は大事な幹部の身っ!!怪我などさせるわけにはいきませんっ!!」
セリスは差し出された黄色いヘルメットと、土埃をはたきながら立ち上がる俺を交互に見やる。俺は大丈夫だからもらっとけって。そう目で合図を送ると、セリスは困惑しながらヘルメットを受け取り、身につけた。
まったく、うちの秘書は心配症で困る。たまたま……そう、「たまたま」ぶつかっちまったくらいで、そんなに慌てる必要ないだろ。
「おいっ!!落石だっ!!気をつけろっ!!」
そんな事を考えていたら、洞窟内に響き渡るザンザの声。落石とかこえーな。まぁ、山の中を掘り進んでいるんだから仕方ねぇ事なんだけどさ。それはそうと、なんで俺の真上からしか岩が崩れてきていないんですかね?
俺は咄嗟に魔力障壁を発動し、岩から自分と一応セリスも守る。何故だか横からも大量の岩が飛んできていた気がするが、気のせいだろう。
「「「ちっ!!!」」」
舌打ちの乱舞が聞こえた気もするが、空耳に違いない。
「あなた達っ!!」
セリスが眉を釣り上げながら立ち上がり、ザンザ達を睨みつける。
「さっきから一体なんだというのですか!?この方は魔王軍指揮官の」
「セリス」
俺が静かに名前を呼ぶと、セリスは途中で言葉を止め、俺に顔を向けた。ついでにザンザ隊の奴らもしかめ面を向けてきた。名前を呼んだだけだろうが。お前らはこっちを見なくていいんだよ。
「気にすんな。お前が無事なら問題ない」
「クロ様……」
「「「ちぃっ!!!!」」」
再び舌打ちの大合唱が耳に入ったが、無視する。別に傷を負ったわけでもねぇし、この程度大した事ねぇよ。
「くそっ……ミスターホワイトめ……やはりこいつとは因縁があるようだな……」
因縁?なんの話だよ?
熱に浮かされたように俺を見つめるセリスを見て、ザンザ達は悔しそうに顔を歪めながら自分達の仕事に戻っていった。
*
その後もセリスが気づかないくらいの嫌がらせを受けつつ、本日の視察は終了した。うん、よく耐えたわ。自分で自分を褒めてやりたい。
野営の方法はシェスカの時と変わらず、各自テントを張って身体を休めるってもんだ。それが森の中なのか、山なのかって違いだけ。
というわけで、今はセリスと一緒にテントを作っているところ。
最初の頃はだいぶ手間取っていたけど、流石に慣れてきたな。もう少しで出来上がりそう……。
「セリス様っ!!」
とか考えていたら、ザンザが血相を変えてこちらにやってきた。なんだ?なんか問題でも発生したのか?
「そんな野郎の手伝いなんてする必要ありませんっ!!そんな事をしていたら自分のテントを張るのが遅くなっちまいますよ!?」
はぁ?こいつ何言ってんだ?
こっちをめちゃくちゃ睨んでいるザンザを見て、俺は眉をひそめながら首をかしげる。
「こちらにいらして下さい!セリス様のテントはこのザンザが責任を持って張り上げますからっ!!」
ザンザが己の筋肉をアピールするかのように、グッと力強く腕を曲げると、アルカの顔ぐらいの大きさの力こぶが現れた。相変わらず、すげー筋肉。羨ましいとは微塵も思わねぇけど。
いや、そんなことよりこいつ、勘違いしてやがんな。セリスもそれに気が付いているみたいで、俺をチラリと見てからおずおずと口を開いた。
「あの……ザンザさん?」
「はいっ!!なんでしょうか!!」
セリスに名前を呼ばれたことがそんなに嬉しいのか、ザンザが満面の笑みで応える。セリスの言葉を聞いた後でもその笑顔が続けばいいんだけどな。
「私とクロ様は同じテントで休みますよ?」
「…………へっ?」
おっ、笑顔のままだった。こりゃ予想外だ。てっきり驚愕の表情とか浮かべると思ったんだが。多分、こいつの矮小な脳味噌だと理解が追いついていなくて、訳がわからないまま固まっているだけだろうけど。
たっぷり10秒間、思考を巡らせたザンザが鬼のような形相を俺に向けてくる。
「てめぇ!!指揮官と秘書って立場を利用して、こんなことまで強要させてんのかっ!?」
うん、概ね想定の範囲内の反応。シェスカと一緒にいた時も同じような事言ってたし。ただし、想定はしていたが、どう対応するかは考えていない(キリッ。
「別に強要なんてしてねぇよ」
「強要しないでてめぇみたいな奴と一緒のテントなんてあり得ねぇだろうがっ!!」
事実を言っただけなのに、勝手にヒートアップしていくザンザ君。なにやら面倒くさいことになってきました。
「秘書だからって、てめぇの好きなようにしていいお人じゃねぇんだぞっ!?立場をわきまえろっ!!」
お前が立場をわきまえろ、と声を大にして言いたい。でも、言ったところで火に油を注ぐだけなので却下。既に面倒くささがMAXな状態なので、これ以上の事態の悪化はノーサンキュー。
俺が何も言わずにいると、ザンザは鼻息を荒くしながらセリスに向き直る。
「セリス様っ!!こんな野郎の近くにいたら、いつ襲われるかわかったもんじゃありませんっ!!ささっ、こちらへ!!俺がしっかりとお守り───」
「結構です」
庇うように俺とセリスの間に入ったザンザに対し、セリスはきっぱりと言い放った。
「ザンザさんのしている事は、はっきり言って余計なお世話です。私は、私の意思で、私の望みでクロ様と一緒にいるのですから」
目を点にしてぱちくりと瞬いているザンザ。だが、セリスのターンはまだ終わらない。
「襲われたって構いません。……むしろ、襲って欲しいくらいです」
「なっ!?」
……どさくさに紛れてとんでも無い事を言ってませんかね?
これ以上ないくらい目を見開かせたザンザを無視してセリスが俺へと近づき、顔を赤くしながらスルリと腕を組む。
「私はクロ様の秘書であり、恋人なんですから」
「!?!?!?!?!?!?!?!?」
トドメとばかりに放たれた言葉に、ザンザが声にならない悲鳴を上げた。
あーぁ、言っちまったよ。シェスカはともかく、ザンザには恋人である事実を伝えたくなかったんだけどなぁ。絶対に厄介な事になる。
「ということで、私達のテントを張らなければならないので、この辺で失礼させていただきます」
セリスは俺と腕を組んだまま、少しだけ勝ち誇ったような顔で、放心状態のザンザに背を向ける。
徐々に感じ始めた憎悪の視線を無視することもできず、俺は盛大にため息をついた。
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