第146話 仕事中にイチャイチャする奴はマジで腹立つ

 俺は今、セリスと獣人族と共に森の中を駆け抜けていた。


 早朝、寝ぼけ眼のアルカをリーガルの爺さんに嫌々ながら預け(爺さんはすこぶる嬉しそうだったが)、ゴアサバンナへと向かうと、仏頂面をして入り口の前に仁王立ちをしていたシェスカが俺達を待っていた。

 シェスカは俺達を確認するや否や不機嫌さマックスで「行くぞ」と一言告げると、何の説明もなしにいきなり走り始めたので、仕方なくそれについていっている、というわけだ。


「はぁ……はぁ……」


 隣にいるセリスの息が完全に上がっている。ゴアサバンナを出てから3時間ほど、ノンストップで走り続けているからな。俺は上級トリプル身体強化バーストを使って問題なくついていっているが、中級ダブル身体強化バーストまでしかできないセリスはきついだろうよ。他の大きな荷物を背負っている獣人達と違って、空間魔法により何も荷物をもっていないとしても、だ。


「大丈夫か?」


 俺が声をかけると、セリスは無理やり笑顔を作った。


「はぁ……はぁ……クロ様に心配かけるなんて……はぁ……はぁ……秘書として失格ですね……」


「いいんだよ。お前は頭脳労働専門なんだから気にすんな」


「……申し訳ありません」


 セリスが苦しそうな表情で顔を伏せる。俺がなんと言おうと、責任感が強いこいつは自分を責めちまうんだよな。


「それにしても……やはり、獣人族の身体能力はすごいですね……」


 枝の上を軽やかに飛び移っている奴らを見上げながらセリスが言った。


 うーん……確かにセリスの言う通りではあるんだけど、なんかなぁ……。全員が普通に上級トリプル身体強化バーストが使えてるし、全身がバネみたいで、引き締められた身体をしている。おまけに、トップがシェスカだからなのか、引き連れている獣人族はみんな女で、しかも素肌を隠す布が極端に少ないと来た。いやはやまったくもってけしからん───。


「クロ様……?」


 ゾクリッ。


 い、いや!!そんなことはどうでもいいんだよ!!ってか、森の中を進むんだから肌を隠せっ!!虫に食われるだろっ!!


 …………セリスさんは疲れていてもセリスさんですね。


 真面目な話、気になることがある。それは全員の顔に余裕がないこと。


 俺達と違ってこういう移動には慣れっこなはずなのに、一切その様子が感じられない。むしろ遅れないように一心不乱に前を目指している感すらある始末だ。


「となると原因は……」


 俺は先頭を走り、隊のペースを作っているシェスカに目をやった。流石は隊を任せられているだけあって、涼しい顔で森を進んでいやがる。だけど、なんでかこっちをチラチラ見ているんだよな。こっちってかセリスを。

 あれは、ちゃんとついて来ているか、って心配している感じじゃねぇな。そんな表情してねぇもん。つーことはふるいにかけているってことだな。明らかなオーバーペースでセリスに音を上げさせようってところか。


 ったく……本当にセリスはシェスカに何をやったって言うんだよ。あの後、セリスに確認したら、全く心当たり無いって言ってたけど、絶対に何かあるだろ。あいつの好きな男でも知らぬ間に落としたのか?


 まぁ、なんにせよあいつの思惑通りになるのは気に入らねぇな。


「……セリス、しっかりつかまってろ」


「えっ?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 俺は最上級クアドラプル身体強化バーストを発動させると、セリスの身体をひょいっと抱きかかえた。セリスが素っ頓狂な声を上げるが、気にするつもりはない。


「ちょ、ちょ、ちょっとクロ様っ!?何をしているんですかっ!?」


「何って、見ればわかるだろ」


 顔を赤く染め上げ、テンパりまくっているセリスに、俺はなるべく平静を装いながら言った。正直、深く考えたらめちゃくちゃ恥ずかしいから、なるべく頭を真っ白にする。


「お、お、おおお降ろしてくださいっ!!皆さんが見ていますっ!!」


 確かに、至る所から視線を感じるな。シェスカもこっちを見て目を見開いていたし。


「別に気にする必要ないだろ。見たい奴には見せてやればいいじゃねぇか」


 嘘です。そんなレックス君みたいに肝っ玉はでかくありません。本当は声高に「見ないでください」って叫びたいです。でも、こうでも言わないとセリスがうるさいし。

 だが、まったくの逆効果だったのか、セリスの顔がますます赤くなっていく。


「そ、そそそそんなの嫌に決まってるじゃないですかっ!!こ、ここ、ここ小屋の中でならまだしも、今は外で、しかも仕事中ですよっ!?」


 あー、相変わらずうちの秘書はお堅いですねぇ。まぁ、それがセリスなんだけど。


「うるせぇな……いいんだよ、俺は指揮官様なんだから好き勝手やれば」


「好き勝手って……!!」


「それに」


 俺はセリスから視線を外し、前を向いた。このセリフは面と向かって言うことなんてとてもできない。


「お前が苦しんでいるところを見て見ぬふりするようじゃ、恋人として失格だろ?」


「っ!?!?!?」


 俺の腕の中で暴れていたセリスが途端に大人しくなる。少しだけ目を下に向けると、俯いているのか、顔は見えなかったが、耳は夕日のように真っ赤になっていた。


「…………それは卑怯です」


 囁くような声で呟くと、セリスは俺へと身を委ねる。


「……甘えたくなっちゃうじゃないですか」


 ……セリスさんや。それはお互い様ですぞ?そんな声で言われたら、こっちもたまらなくなるだろうが。

 このまま抱きしめたい、という衝動を理性で押し殺し、俺は身体に力をこめる。


「……飛ばすぞ」


「……はい」


 俺はセリスを抱えながらぐんぐんとスピードを上げていき、あっという間にシェスカの横に並んだ。俺達を驚愕の表情で見ているシェスカに、俺は不敵な笑みを浮かべる。


「こんなスローペースでいいのか?日が暮れちまうぞ?」


「…………ちっ!!」


 シェスカは苦虫を噛みつぶしたような顔で舌打ちすると、無言で走るペースを上げた。そう簡単に音は上げねぇぞ。俺も、セリスもな。

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