第139話 無言は無敵


 チュンチュン……。


 ……朝か。


 目を開けると、窓から差し込む日差しが俺の目を刺激する。


 そうか……俺はまた朝日を拝むことができたんだな。

 なんというか清々しい気持ちだ。生まれ変わったようにさえ感じる。


 セリスは当然のように俺よりも早く起きているため、隣には寝ていない。


 俺はゆっくりと起き上がると、いつもの服に着替えて一階へと降りていく。台所ではセリスが朝ご飯を作っていた。味噌汁の味見をしていたセリスが俺に気がつき、笑みを向けてくる。


「あぁ、クロ様。おは」


「おはようございますっ!!セリス様っ!!」


 ……熱湯に手を入れると、すぐに手を引くだろ?つまりそれだ。条件反射。


 俺の身体は綺麗に90度折れ曲り、我が支配者に敬意を表する。セリスは目を丸くして俺を見たが、すぐに苦笑いを浮かべた。


「もう怒っていませんから、いつものクロ様に戻ってください。調子が狂ってしまいます」


「……本当に?」


「えぇ。ですが……」


 セリスの浮かべる笑みの温度が急激に落ちる。


「次、同じ事をされたら私は何をするかわかりません……嫉妬深いもので」


「はい、肝に銘じます」


 コンマ2秒で返答する俺。セリスの持つおたまが妖しく光った。なんの変哲も無いおたまなのに、命を刈り取る死神の鎌に見えてくるから不思議。


 と、とにかく許された。まじで助かった。昨日みたいなことになったら、俺の心が死滅する。


 えっ?昨日何があったかって?…………聞きたい?


 あの後、アルカがいるって事で俺達はすぐに大人のお店を出てセリスの家に向かったんだ。待っていたのは既に熟睡モードに入っていたアルカと、そんなアルカを抱っこしていたリーガル。

 事情を知っていたせいか、リーガルはニヤニヤと笑いながらアルカを俺へと寄越し、「そういう事はバレずにやらなきゃいかんぞ?」と耳打ちして来た。全くもってその通りだと思う。その通りなんだけど、その顔は非常に腹が立った。今度この爺さんが店に行く現場を押さえて暴露する事を強く胸に誓う。


 それで三人で小屋に帰って来て、アルカをベッドに寝かしつけてから生き地獄の始まり始まり。

 セリスは静かな声で俺に説明するように促すと、そのまま俺をじっと見つめながら黙り込んだ。俺はその視線を一身に受けながら、しどろもどろで必死に弁解したんだけど、何を言ってもセリスは無反応。

 説明を終えてもセリスは何も喋らないので、ビクビクしながら話しかけても完全に無視された。その状態が二時間ほど。まじで地獄。幻惑魔法によるお仕置きの方が百倍マシだったわ。


 憔悴しきった俺にセリスが一言。


「もうしませんか?」


 俺は首がもげるほど激しく首肯し、反省の意を示す。それを見た能面のようなセリスの顔が少しだけ緩み、説教タイムは終了となった。


 多分俺は二十歳くらい老け込んだと思う。


「おはよう……あれ?珍しくパパが早起きしてる!」


 目をこすりながら起きてきたアルカが俺を見て驚きの表情を浮かべる。俺はアルカのアタマをポンポンと叩きながら曖昧な笑みを浮かべた。そんな俺達を見てセリスがくすっと笑う。


「二人とも、早く顔を洗って歯を磨いてきてください。朝ご飯が冷めてしまいますよ」


「「はーい」」


 俺とアルカは仲良く返事をすると、いつものように洗面所へと向かった。



 朝ご飯を食べ終え、稽古も終えたアルカはそそくさと出かけていった。今日はミートタウンに行くらしい。なんでも牛の乳搾りとか羊毛刈りを体験させてくれるんだとよ。アルカの交友関係は拡大の一途を辿る。


 さて、俺もそろそろ指揮官としての仕事に戻らないとな。セリスが入れてくれた紅茶を飲みながら、洗い物をしているセリスに声をかける。


「なぁ、セリス」


「視察の話ですか?」


 相変わらず察しが良くて助かる。無駄な説明はめんどくさいからな。


「あぁ。ギガントはあの状態だからな、ジャイアンの視察は後回しにするほかないだろ」


「そうですね。ギガントの話だと、チャーミルの街が完全にもと通りになるのに、早くて一ヶ月ほどかかるみたいです」


 一ヶ月……その間ダラダラ過ごしてもいいんだけどな。多分フェルは文句言わないだろうし。でも、なんとなく俺が嫌だ。


「そうなると、違う場所に行くのが現実的だよな」


「そう思います」


 洗い物を終えたセリスがエプロンを外し、俺の隣の椅子に腰掛ける。


「まだ行っていない街は二つですね。一つはライガの治める獣人族の街、『弱肉強食の地・ゴアサバンナ』」


 弱肉強食の地とは、また随分と物騒な街だな。まぁ、街を治めている脳筋の長を考えれば納得だけどな。

 つーかライガのとこに視察か……あんまり気がすすまねぇ。なんたってあの虎野郎はなにかと俺の事を目の敵にしていやがるからな。視察がスムーズに進むなんてありえないだろ。


「そしてもう一つがピエールの治めるバンパイヤの街、『堕天使の休息所・ブラッドフルムーン』ですね」


 …………。


「すまん、よく聞こえなかった。もう一度ピエールの街を教えてくれ」


「ピエールの街ですか?『堕天使の休息所・ブラッドフルムーン』です」


 何それ怖い。厨二すぎて怖い。ってか、街の名前が厨二ってどういう事だよっ!?バンパイヤってみんなあんな感じなのか!?なんで厨二の奴は堕天使って使いたがるんだよ!!神に反逆して堕落すんのがそんなにかっこいいのか!?


「とりあえずライガの方に行くぞ。ピエールの所は保留。ってか行くかどうかすらフェルと話し合わなければならん」


「そこまでですか……気持ちはわからないでもありませんが」


 セリスは困ったような表情を浮かべながら、ゆっくりと紅茶を口へと運ぶ。そんな厨二が蔓延る魔の巣窟に行ってられるかっ!絶対腕に包帯巻いてる奴とかいんだろ!!


 とはいえ、これから行く所も中々に手強い相手。人虎ワータイガーのライガ。強さこそを絶対の正義と信じて疑わない体育会系熱血バカ。インドア冷めてる系の俺とはまじで折が合わん。

 正直、二つの街の長とは仲良くならなくていいんじゃないか、ってのが本音だ。まぁ、そんなこと許されないんだろうけどな。


 とにかく、その『弱肉強食の地・ゴアサバンナ』に行ってみるとするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る