第137話 後ろめたいことを誰かに肯定されるとその気になれる
「よし、二人とも酒は来たみたいだな。それでは……カンパーイ!」
俺は自分のグラスをギーとボーウィッドのグラスにぶつける。と、言ってもボーウィッドはお猪口だからコツン、とぶつける程度だったけど。初っ端から米酒とは、なかなかやるな兄弟。
「ぷはー!生き返るぜ!おい、ねーちゃん!ビールお代わりくれ!」
ギーは豪快にグラスを空にすると、近くを歩いていた店員のサキュバスに声をかける。サキュバスは営業スマイルを向けると、ギーからグラスを受け取り、下がっていった。
そう、ここはいつも飲んでるブラックバーではない。
セリスの話を聞いた後、すぐにアイアンブラッドに転移し、ボーウィッドを誘うついでにブラックバーに行ってみたんだけど……。
なんか、嵐の被害にあったみたいだった。
建物の柱はバキバキ、店内水浸し。三バカ声をかけようにも、復旧作業に追われててそれどころじゃなかったしな。まじで申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
だから、今回はブラックバーでは飲めないってことになってな。ギーの提案で復興も兼ねて勇者にボロボロにされたチャーミルで飲もうってなったんだ。
そんなわけで、夜の街チャーミルの飲み屋に三人で来てるっつー感じだ。
ブラックバーはかなりアットホームな雰囲気で、大衆居酒屋感がバリバリなんだが、ここはなんか高級感が半端ない。
そして、働いているのがサキュバスだから、緑のジャガイモとは比べられないほど華がある。しかも、全員肌の露出がやばいときた。
極め付けに、街を救ったことが理由なのか、その綺麗所から熱視線を感じる。多分自意識過剰じゃないはず。天国かよ、ここ。
「おいおい、クロ。モテモテじゃねーか」
お代わりのビールを持ってきた店員の後ろ姿を見ながら、ギーがニヤニヤと笑いかけてきた。
「さっき注文したねーちゃんも、今の子もお前の事チラチラ見てたぞ?ったく、隅に置けねーな」
やっぱり自意識過剰じゃなかった。こいつは短パンに上半身裸っていう騎士団に通報される格好をしているが、なぜか恋愛経験値が半端ない。まじで遊び慣れしていやがる。そんなギーが言うんだから間違いないだろ。
「……クロは……魂がかっこいいからな……異性に好かれて当然だ……」
ボーウィッド……嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。
「ツラは普通だけどな」
うるせぇよ。この緑の変態が。
とと、やばいやばい。今日の飲み会の趣旨を忘れるとこだった。俺は蜂蜜酒の入ったグラスを置き、机に両手をついた。
「ギー、ボーウィッド……本当に世話になった」
「なんだよ、藪から棒に」
「…………」
ギーはグラスを傾けながら俺に横目を向け、ボーウィッドは何も言わずに俺の顔を見つめる。
「フレデリカの事もそうだが、その前に腐ってた俺に喝を入れてくれた事もだ。あれがなきゃ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない」
本当にその通りだ。あのまま、ブラックバーで飲んだくれていたら、勇者に襲われたチャーミルは壊滅。俺はこの世で最も大切なものを失うところだった。俺は心の底から二人に感謝している。
「はんっ!そんなことかよ!」
だが、俺の話を聞いたギーはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「そんな話されても酒が不味くなるだけだろ。どうでもいいんだよ、そんなことは…………兄弟なんだからな」
最後の言葉は小声で言うと、ギーはなにかを誤魔化すようにグラスの中身を一気に飲み干す。そんなギーを見てボーウィッドが小さく笑った。
「……ギーの言う通りだ……当然の事をしただけなんだから……お礼も謝罪もいらない……」
こいつら……。目から熱いものが溢れそうになるのを必死に耐えながら、俺もギーに倣って蜂蜜酒を一気飲みする。
ギーは再び店員に追加を頼むと、期待に満ちた表情を俺に向けてきた。
「んなことよりよ、もっと面白い話しろよ。セリスとはどうなったんだ?」
ん?あぁ、そういや言ってなかったな。
ボーウィッドも関心があるみたいだ。俺は食べかけの唐揚げを皿に置くと、一つ咳払いをする。
「……おかげさまで付き合うことになりました」
なんとなく敬語になってしまった。つーかこうやって面と向かって言うのって、すげぇ恥ずかしいんだけど。
俺の言葉を聞いた二人は眉をひそめながら顔を見合わせた。
「付き合う?結婚じゃなくてか?」
心底不思議そうにギーが尋ねてくる。お前もか、ってか今の様子ならボーウィッドも同じ考えってことか。フェルもそうだったし、そんなに結婚しないのがおかしいのか?
「お前だって付き合ったりするだろ?」
「俺の場合は全部遊びだからな」
なにそれ超ムカつく。そんなセリフを言う機会なんて俺には一生訪れねぇよ。くそが。
「だけど、お前の場合は本気なんだろ?」
「まぁ……そうだけど……」
「……兄弟らしいといえば……兄弟らしいな……」
ボーウィッドはフッと笑うと、お猪口を静かに飲み干す。相変わらずのダンディズム。
「んまーそれでセリスが納得してんならいいか」
ギーが一人納得したように頷き、酒を飲む。すみません、全然納得していませんでした。ヘタレでチキンな俺はお慈悲をもらいました。
「つーことは指揮官としての仕事を再開すんのか?」
「あぁ。大分サボっちまったからな。とは言ってもちょっと問題があってよ」
「ん?なんだよ?」
ギーが熱々の串焼きにフーッフーッと息を吹きかけながら、俺の方に目をやる。
「今はギガント、いやジャイアンか。そこの視察に行ってんだけど、肝心のギガントがチャーミルの街の修復に来てるだろ?」
「あー……そういや、この店に来る時にちらっと見えたな」
「……かなり広範囲に渡って……街が壊れてしまっているからな……ギガント自ら指揮を取らないと……時間がかかってしまうんだろう……」
そうなんだよ。ボーウィッドの言う通りなんだよな。
セリスからギガントがチャーミルに来てくれている事を聞いてたから、二人との待ち合わせの時間よりも早くチャーミルに来てギガントと少し話したんだけど、三バカよりも更に忙しそうでさ。それでも話を聞いてくれるあたり、やっぱりギガントはいいやつなんだけど、正直視察どころじゃねぇんだわ。
「じゃあ、他の街に行くしかねぇだろ?」
「……やっぱそうなるよな」
俺は大きくため息をついた。行っていない街は『巨大都市・ジャイアン』を除いて二つ。そのどちらの領主も、できれば勘弁願いたい。
そんな俺の腹の中を察したのか、ギーはクックックッとさも愉快そうに笑う。
「まぁ、お前の気持ちもわかるけどな。残っているのはライガのとことピエールのとこだろ?どっちもかなり癖があるからな」
「お前も大分癖があるけどな」
「ほざけ。俺は幹部一の常識人だ」
ギーはムッとした表情を浮かべると、串焼きを一気に口の中へと押し込んだ。あほ。常識人はボーウィッド一択だ。異論は認めない。
「……ピエールの事はよくわからないが……ライガは大変だろうな……幹部の中でも一番クロに……反感を抱いている……」
あの毛むくじゃらの不良な。絶対大人しく視察なんてさせてくれねぇよ。
「その辺はセリスと話し合って決めるんだろ?」
「まぁ、そうなるだろうな」
「ならこの話は意味ねーな。クロ自慢の美人秘書様に任せるとするか」
ギーは食べ終えた串を串入れに投げ入れると、俺の方に身を乗り出して来た。
「で、話は戻るんだけどよ。今セリスと一緒に暮らしてんのか?」
「ん?あぁ……まぁ、一応な」
俺は照れ隠しで酒を口へと運ぶ。今まで全くこんな経験した事なかったから知らなかったけど、嬉しい反面、こそばゆくはあるな。惚気話なんてした日にゃ、顔から火が出るぞ。
「で?ヤったのか?」
ブーッ!!!!
顔から火が出る前に口から酒が出てきたわ!このバカはなんて事を聞いとんねん!!
「ギー……下品だぞ……」
ボーウィッドが顔をしかめながらギーを嗜める。流石は良心の塊だぜ、兄弟!この馬鹿野郎にしっかり言い聞かせてやってくれ!
「別に下品じゃねぇだろう。それに野郎が集まったらこういう話になんのは世の常ってもんだ」
「……そういうものなのか……?」
やばい……ここに来てボーウィッドのコミュ障が響いてきてやがる。常識人であっても世間の流れには疎い。
「それに、お前も興味あんだろ?なぁ、兄弟」
「……否定はしない……」
って、お前も興味あるんかーい!白銀の鎧に赤みがさしているところを見ると、ボーウィッドもかなり酔っぱらってやがる。
「……まぁ、テンパりまくってるクロの顔見りゃ、聞かなくても答えは丸わかりだけどな」
くっ、いかん!動揺のあまりポーカーフェイスを忘れている!落ち着けクロムウェル……これ以上心の内を見せるわけにはいかない!さもなければ必死に隠して来たことが明るみになってしま───。
「つーか、お前経験ないだろ?」
ばれてたぁぁぁぁぁぁ!!何故だ!?何故ばれた!!?
いや、まて。こいつはセリスじゃないんだ。俺の心を読めるわけがない。というわけで、ここで狼狽えたらこいつの思う壺になる。クールになれ俺。
俺はゆっくりと息を吐き出すと、不敵な笑みをギーに向けた。
「おおおおお前が何の話をしているのか、わ、わわ、分からないし、けけけけ、経験がどうとかも、りりりり、り、りり、理解できない」
「表情とテンパリ具合があってないぞ?」
ギーが呆れたように俺を見る。うるせぇよ。俺だって口を開いてから驚いたわ、どんだけテンパってんだって。
「まぁ、まぁ……そんな兄弟に朗報だ」
ギーは魔族に相応しい笑みを俺に向けて来た。
「俺の見立てだと……セリスも未経験だ」
…………………………何ですと?
「それは……マジな話か?」
「あぁ。まー本人に聞いたわけじゃねーから確信はないが、あいつはサキュバスにしては珍しく身持ちが固いので有名だったからな。おそらくないだろう」
まじか。まじでか。まじなのですか。
恋人がいたことがないのは知っていたが、そこはサキュバス。スポーツ感覚であっちの経験はばっちりしてると思ってた。
ギーにしては珍しく、本当にこれは朗報だ。やっぱり恋人が未経験なのは嬉しい。
「……俺もギーと同じ意見だ……セリスの浮ついた話は……全くと言っていいほど聞いたことがない……加えてあの性格だ……」
ボーウィッドのお墨付きまでもらっちまった。これは心強い。
「だがな、兄弟よ……」
ギーがわざとらしく肩をすくめながらため息をつき、残念そうな表情で顔を左右に振った。
「二人とも初心者で、上手くいくと思っているのか?」
「っ!?!?!?!?!?」
この時、俺に電流走る。
これでもか、というほど目を見開いている俺を見ながら、ギーは話を続けた。
「ああいうのはな、雰囲気が大事なんだよ。リードするべき男が下手くそで、グダグタにでもなってみろ?一瞬で冷めちまうぞ」
なんてことだ……ギーの言う通りじゃねぇか。正直な話、俺はそっちの知識が全然ない。そういう本は見たことあるが、実際に自分が、となったら身体が動く気がしない。その瞬間、ベッドの上に二匹のマグロが完成だ。絶望すぎる。
「そこで俺に提案がある」
真っ暗闇に落ちていた俺に一筋の光が差す。ギー……どうしようもない俺に救いがあるというのか?
ギーはニヤリと笑みを浮かべると、人差し指で机をトントンと叩いた。
「ここはどこだ?」
「どこってチャーミルだろ?」
「チッチッチッ……間違っちゃいないが、俺が聞きたいのはそこじゃねぇ」
ギーは指を左右に振ると、俺とボーウィッドの方へと顔を寄せる。
「魅惑の街・チャーミルだ」
「魅惑の……まさかっ!?」
そんなことが許されるというのか……?いや、許されるはずがない!……だが、そうでもしない限り、絶望の未来が待っている事は明白。
ギーは、葛藤の渦に迷い込んだ俺の肩の上に優しく手を置くと、今まで見せたことのないような笑顔を向けて来た。
「いいか、クロ。これはスポーツなんだ。どんなスポーツでも上手くやるには練習が必要だ。そして、この街にはその練習をする場所が星の数ほど存在する。何を迷うことがあるんだ?」
スポーツ……確かにそうだ。身体を動かし、汗を流す。紛うことなきスポーツなのだ。
そのスポーツを愛するパートナーと上手くやるため、内緒で練習することは悪いことだろうか?いや、むしろ相手の事を考えた結果である、と胸を張って言えるはず!
だけど、ばれたら……。
まだ踏ん切りがつかない俺に、ギーがトドメを刺した。
「セリスに嫌われてもいいのか?」
その言葉で俺は覚悟を決める。せっかく手にした大切な人に嫌われるなど、あっていいわけがない!セリスのためにも、俺は特訓に特訓を重ねる必要があるんだ!
精悍な顔つきになった俺を、ボーウィッドが心配そうに見つめる。
「……兄弟……考え直した方が……」
「いーや!兄弟!行かせてくれ!これは他でもないセリスのためなんだ!」
そうだ!これは私利私欲では断じてない!セリスに嫌われないために、セリスとこれからも歩んでいくために必要な事なのだ!決してエロいお姉さんに興味津々なんて事はない!
「……兄弟がそう言うなら……俺は止めない……」
心配してくれたんだな、兄弟……だが、案ずるな!何も起きはしない!一人の男が、一人の大人の男になるだけだ!
クロムウェル、いきまーす!!!
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